久保田利伸|“King of Japanese R&B”が「the Beat of Life」に刻んだ「時の積層」

久保田利伸

堂々とした人生の1コマ1コマを映像に

──アレンジは森大輔さんと共同名義ですが、どのようなやりとりをしたんですか?

今話したドラムとベースの作り方は森くんのアイデアです。ダッキングという手法だそうなんだけど、今回、森くんは「シンプルなビートだからクセの強いものにしたい」とずっと言っていて。その中の1つとして、「こういう処理をしたらクセが強いし、ビートのヨレが堂々としますよ。実験してみていいですか?」と言われて初めてやってみたんです。わかりやすく言うと、キックとベースが一緒に鳴るところに強いコンプレッサーをかける。そうするとキックの音が一番大きくなったときにベースが圧迫されてしまう。それでベースが「圧迫されちゃったー」と後ろに逃げて、キックの音が終わった瞬間に鳴り出す仕組みなんです。

──なるほど、そういうことだったんですね。そのベースの処理が粘っこさを出していて、重さやタメにもつながっていますよね。

今回はすごい粘っこいです。そのリズムを聴きながら歌っているから、歌はけっこうタメた歌い方になっちゃってるんですが、そのタメ具合がところどころで変わっているんです。すごくタメてるところと、わりとオンビートなところがありますね。

──ミュージックビデオはどのようなコンセプトで撮ったんですか?

監督と打ち合わせをしたときに曲のタイトルは決まっていたし、「人は時に磨かれる」とか「LAYERS of TIME」というテーマは最初から決まっていたので、堂々とした人生の1コマ1コマが映し出されるような画があるといいなと。ちょっとした人生のドキュメントを切り取るようなシーンがあってもいいんじゃないかということで、ああいうビデオになりました。

──だから、演奏シーンや曲作りをしているようなシーンがあるんですね。

そういうことです。

──屋上のシーンはどこで撮影したんですか?

都内です。代々木にある建物の屋上。ビル群は東京を象徴している感じがするんですが、いい画ですよね。「the Beat of Life」という大きいテーマと夕景が合ってる感じがする。あのシーンは僕も「これ好きだな。気持ちいいな」と思いました。

久保田利伸のマンハッタン時代

──「人は時に磨かれる」というテーマに絡めた質問ですが、久保田さん自身が音楽活動で、時を積み重ねることで磨かれた、鍛えられたと思うことはなんですか?

ちっちゃい頃からやってみたかったニューヨーク生活、アメリカでの音楽活動に飛び込んでみたことですね。歌い込んだりとか、売り込んだりとか、10年くらいはどっぷり浸かってやっていたので。音楽的にいろいろ勉強したことも大きいけど、それ以上にNYは人種のるつぼと言われるくらい世界の縮図でもあったので、いろんな思いをしたし、あんな考え方もある、こんな考え方もあると、日本だけに住んでたら気が付かないことに気付けた。マンハッタンにいるだけで世界を感じられたんですよね。そこで後悔のないように思い切りやってみるっていうのはデカい経験でした。

──久保田利伸はマンハッタン時代に磨かれたと。

いいね、マンハッタン時代って言葉。NY時代よりマンハッタン時代がいいな(笑)。マンハッタンっていう言葉が好きなんですよ、僕。

──9月に始まる全国ツアーは2019年以来の王道ツアーとのことですが、久保田さんはその間にボサノバとラヴァーズロックで構成したスペシャルライブ「Bossa & Lovers Rock Night」を2020年と2023年に行いました。やってみた感想を教えてください。

「Bossa & Lovers Rock Night」はコロナ禍で生まれたものです。観ていて楽しいのに大騒ぎしなくても変じゃないという。ボサノバや軽いラヴァーズロックを聴くときは、ゆったり音楽を楽しむラウンジ的なところがいいと思っていたので、それならブルーノートのような会場がいいと。

──2020年はブルーノート東京で6日間、計12ステージが開催されました。ブルーノートのステージに立つのは初めてだったとのことでしたが、観客との距離感はどうでしたか?

最前列の人が目の前にいるから最初はやりにくかったですね。正面の一番遠い人でも10m以内で近いし、お客さんの顔どころか表情まで見える。いつもの会場の規模だと最前列の人の表情すら定かじゃないことがあるのに。だけど、そのうちにお客さんと対話しながら歌っていく心地よさを感じてきて、これはいいなと。遠くに向かって大声で伝えるんじゃなくて、語りかけるように歌えるので、自分の好きな音楽を、価値観を違わずにやれているよさがありました。だからまたタイミングがあったらやりたいです。

久保田利伸

──今回のツアータイトル「佐藤さん、いつものでよろしいですか?」は、とてもユニークですが、どんな経緯で付いたんですか?

今回はニューアルバムを引っさげたツアーではないですし、観に来る人が「ひさびさのツアーで何やるんだろう?」と不安がるとかわいそうだと思ったんで、いつもの、ずっと長年続けている、僕っぽいスタイルの音楽ですと。それくらいお知らせしないとチケットを買いにくいだろうと思ったので(笑)、「いつものですけど、よろしかったらどうぞ」という意味合いでストレートに「いつものでよろしいですか?」と付けたんです。でも、それだけじゃつまらないと思ったので、冗談で舞台監督と事務所の社長に「佐藤さん」を付けたらどうですか?と言ったら大ウケしたので、そのまま採用と。

──ちなみに、日本で一番多い苗字は?

結果、佐藤さんだったんです。一番多いのは鈴木さんかなと思ってたんだけど、調べてみたら佐藤さんでした。

──“いつもの感じ”というのをもう少し具体的に教えてください。今回のツアーはどんな選曲になりそうですか?

ボサノバとかラヴァーズロックじゃないというだけ。

──大ファンキー大会?

でもない。僕には親しみやすいバラード系もあるし、ミディアムテンポのR&Bも僕のスタイルだし、ヒットしたファンキーポップスも僕のスタイルなので、それら全部をひっくるめて。僕のアルバムやシングルを聴いたときに「あ、これ、久保田利伸だよな」と思うタイプの曲をやろうとしてるんですが、実はまだ1曲も決めてないです。

──シングルベスト的な選曲でもない?

シングルベスト的にはならないです。それだけは言っておきます。それを期待されちゃうと違ってくるだろうから。ベスト盤の再生みたいなことではなく、久保田利伸らしい選曲でお届けしたいと考えています。

久保田利伸

久保田利伸は100歳になってもファンク

──最後に、今回はCITIZENブランド100周年のタイアップということで、「100」という数字に絡めた質問をいくつか用意しました。久保田さんはタイムマシンがあったら100年前と100年後、どっちに行きたいですか?

どっちにも行きたいけど、単純に答えるなら自分が歴史を知ってる100年前のほうが面白いんじゃないですか? 100年前は明治の初期?

──1924年は、大正13年です。

じゃあ、全然そっち。100年前の日本ですね。大正ロマンを見てみたい。

──それでは、100年後の世界はどうなっていてほしいですか?

5年、10年先っていうのはよく考えるけど、100年後か……。まともな答えになっちゃうけど、今、世界はちょっとヤバいと思うんで。100年後と考えると1回、2回は大戦を挟みそうな気がするんですよ。1回そうならないと人間は反省しないような気がするので。でも、そういうことは起こらないでほしいし、人々が描いた理想の100年後になっていてもらいたいです。

──100円ショップに行ったことはありますか?

ありますよ。えっと、何を買ったっけな。ちょんまげがほどけないようにするためのゴムとかヘアワックスを入れる小瓶とか。あと、布製の小銭入れ。

──まさか久保田さんが100均で小銭入れを買ってるとは思わなかったです(笑)。

車に乗ってると駐車場とかで小銭が必要なんですよ。あと、軽いほうがいいんです。とにかく重いのが嫌で。ブランドものの革製品とかだと重いじゃないですか。そもそも小銭は入れるだけで重いし。ちゃんとファスナーの具合とか布が破れないかとか耐久性を確かめてから買いましたよ。銭を入れるもんですから。

──これが最後の質問です。もしも100歳まで生きられたら何をしていたいですか?

健康でいたいです。健康なまま100歳っていうのはなかなかないケースだと思うので。世の中で起こってる楽しいことに参加できるくらいの健康。例えばブルーノートに自分の好きなアーティストが来ていて、ゆっくり座って観ることができるくらいの健康。

──それはかなり健康ですね。

でしょ? 100歳ってなかなか奇跡的なことなんで。自分の親の世代を考えると忘れ物が多くなったとか、あそこが痛い、ここが痛い、やれ入院だとか、いろいろある。でも、中には畑仕事しながら元気に長生きしている方もいるじゃないですか。だからもしも100まで生きるんだったら、好きな音楽を聴いていたいですね。

──100歳でもファンクっていう。

うん。ファンクミュージックを聴いてる100歳がいいですね。ちゃんとリズムに乗っちゃったりしてね(笑)。

公演情報

TOSHINOBU KUBOTA CONCERT TOUR 2024-2025
「佐藤さん、いつものでよろしいですか?」

  • 2024年9月14日(土)埼玉県 三郷市文化会館
  • 2024年9月26日(木)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
  • 2024年9月27日(金)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
  • 2024年10月16日(水)東京都 NHKホール
  • 2024年10月17日(木)東京都 NHKホール
  • 2024年12月04日(水)神奈川県 神奈川県民ホール
  • 2024年12月05日(木)神奈川県 神奈川県民ホール
  • 2024年12月21日(土)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
  • 2024年12月22日(日)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
  • 2025年1月04日(土)福岡県 福岡サンパレス
  • 2025年1月05日(日)福岡県 福岡サンパレス
  • 2025年1月21日(火)大阪府 フェスティバルホール
  • 2025年1月22日(水)大阪府 フェスティバルホール

プロフィール

久保田利伸(クボタトシノブ)

静岡出身の男性R&Bシンガー。1985年に作曲家としてデビューを果たし、田原俊彦や鈴木雅之、小泉今日子、高橋真梨子などさまざまなアーティストに楽曲を提供する。1986年にシングル「失意のダウンタウン」でソロシンガーとしてメジャーデビュー。圧倒的な歌唱力とクオリティの高い楽曲、卓越したリズム感が音楽ファンから高く評価される。代表曲は「流星のサドル」「Missing」「You were mine」「GODDESS~新しい女神~」「LA・LA・LA LOVE SONG」「AHHHHH!」など。1995年にはアメリカのメジャーレーベルと契約し、3作のアルバムを同国を中心に海外でリリース。日本人ボーカリストとして初めてアメリカの老舗番組「SOUL TRAIN」に出演する。また近年は海外アーティストのみならず、KREVA、MISIA、EXILE ATSUSHI、AIなど、日本の若手アーティストとのコラボレーションも積極的に行っており、2016年11月にはデビュー30周年を記念したコラボベストアルバム「THE BADDEST~Collaboration~」を発売。2017年9月には初のライブ盤「3周まわって素でLive! ~THE HOUSE PARTY!~」、2019年11月には約4年ぶりのアルバム「Beautiful People」をリリースした。2020年10月に配信シングル「Boogie Ride / 空の詩」をリリースし、同時に過去作品のストリーミングサービスでの配信を解禁。2024年6月に約3年8カ月ぶりの新曲「the Beat of Life」をリリースした。9月から全国ツアー「佐藤さん、いつものでよろしいですか?」を行う。