久保田利伸|“King of Japanese R&B”が「the Beat of Life」に刻んだ「時の積層」

久保田利伸

日本の“King of R&B”こと久保田利伸が、約3年8カ月ぶりとなる新曲「the Beat of Life」を配信リリースした。

今回の楽曲は、時計ブランドCITIZEN初の製品となる懐中時計の誕生100周年を記念したブランド横断コレクション「LAYERS of TIME」のCMソング。100年という歴史の重みとリンクする、太くてどっしりとしたビートが印象的なミドルR&Bに仕上がっており、歌詞には久保田自身の人生観ともクロスオーバーする力強いメッセージが込められている。これまでの苦楽を受け入れ、「まったく悔いはない」と堂々と宣言する歌詞は、どのような体験からつづられたのか。楽曲制作の背景やサウンドメイクでのこだわり、さらに100周年にちなんで100という数字に絡めた質問にも答えてもらった。

取材・文 / 猪又孝

堂々としたビート、堂々とした音質……

──新曲「the Beat of Life」の制作は、CITIZENからのCMソングのオファーがきっかけで始まったんでしょうか。

そうです。その時点で、100周年に合わせて“人生を含めた時間の積み重ね”を表現したいというお話があって。自分の人生については、今回に限らずいろいろと楽曲を作りながら考えてきたことなので、そういうことを集約して表現できる曲を作れるかなと思い、引き受けることにしました。

──「LAYERS of TIME」というキーワードをどのように解釈していったんですか?

CITIZENさんは「LAYERS of TIME」を「時の積層」と訳していたんですが、僕の中では喜怒哀楽、悲喜交々、Good DayとBad Dayの積み重ねが人生を作ると考えました。ひいては自分が作っていく音楽のことなので、それをビートになぞらえて「the Beat of Life」というふうにイメージを膨らませていきました。

──作詞作業とサウンドの方向決めは、どちらから先に着手したんですか?

歌詞もメロディもない状態でサウンドイメージから考えました。それって僕にしては珍しいんですよ。歌詞があとになることは多いけど、普段はメロディとサウンドイメージが同時にできていくんです。けど、今回はトラックから。

──どんな方向性を考えたんですか?

音については、CITIZENさんからミディアムテンポというリクエストだけあったんです。ミディアムは一番、僕の好きなテンポなんですよ。タイアップの場合、アップテンポとか染み入るバラードをというリクエストが多いけど、ミディアムテンポってあまり言われないのでうれしくなっちゃって。

──大好物が向こうからやってきたぞと(笑)。

そう。どう聴いてもミディアムテンポの曲という視点から、自分の中で勝手に「堂々としたミディアムテンポ」と転換して、堂々としたビート、堂々とした音質というふうに考えていったんです。普段、曲を作るときは、自分の好きな洋楽をヒントにして、イマドキのビートかなとか、オールドスクールビートかなとか、自分の頭で鳴ってるものを探していくんだけど、今回はドンピシャのものがなくて。なので、作曲用のコンピューターの前に座って、それを触りながら音を作っていきました。「ミディアムテンポどっぷり」というところから、まずベースラインを作ったんです。「どっ、ぷり、どっ、ぷり」だから、ベースは「♪ドッ、ベ、ドッ、ベ♪」でいけばいいと(笑)。そのあとメロディをぼんやり考えて、長い時間をかけて歌詞を作りました。歌詞を書きながらメロディを細かく構築していったという流れですね。

久保田利伸

「Go Cry」と自信を持って言える

──サビ始まりの頭から「まったく悔いはない」と歌っていて、力強く前に進んでいく印象を強く受けました。「時の積層」というテーマの曲ですが、これまでを振り返るばかりではなく“Go Ahead感”があるなと。

それ、いい言葉ですね。引退するわけでもないから、人生を振り返るにしても「振り返ってこうだったな。よかったな」とか「よし、ここまではOK、俺はもういい」っていうことには、最初からしたくなかったんです。人生は続いてるし、これまでのことはこれからの肥やしになるというGo Ahead感を出したかったんです。

──かといってポジティブさを前面に打ち出しているわけでもない。

歌詞を書いているうちに、振り返っている感じになっていったんですよね。結果、「そうかそうか。ということはこれから先もこう考えていけばいいか」とか思ったり、「あんなちっちゃい瞬間も振り返ると大きなことだったな」と回想したりしていくことになって。あと、歌詞を書き進めていく中で「こうだ」と言い切ってしまいたくなる瞬間もあったんですが、「そういうものかもね」みたいな気持ちで言葉を考えていきました。というのも、死ぬまで疑問は残ると思うんですよ。人生はあくまで“過程”という感じがするから。逆にそう思えてしまっているところに開き直りの堂々感が出るかもしれないぞと思ったんです。強がらなくていいというか、わからないことがいっぱいあっていい。わからないことがいっぱいあると言えることが今回の堂々感につながってるのかもしれないです。

──過去を全肯定する感じですよね。ダメな俺も肯定していくという強さを感じました。

“ダメ”があったほうがいいんでしょうね。自分のことを考えても、人の様子を見ていても。ダメがいくつもあるヤツのほうが信頼できたりしますよね(笑)。

──人間味が出ますよね。

味は出ます、絶対。

──一方で、世の中には経年劣化なんて言葉もありますが。

それもアリなんですよ。劣化に抗わないでいい場面もあるし、劣化する分、何かを見つけたり、工夫したりする。そういうことも考えられるキャリアになってきました。

──我ながらうまく書けたとか、表現できたなと思う歌詞はどこですか?

ここまで徹底して人生観をつづった歌詞はこれまでなかったので、いっぱいあるんだけど、「描いたままのかたちになるもんじゃない そこがおもしろい」というところかな。あとはタイトルにもなっている「the Beat of Life」というフレーズ。人生の中でどんどん形を成していく1本のビートになぞらえて付けたんです。生きてればへっこみたくなる瞬間もいっぱいあるけど、へっこみ続けることはなくて、いろいろあることがビートの強さとか太さを増す、ということを表現できてよかったなと。ちょっと前だったら「涙流さないでがんばろう」みたいなメッセージにしていたかもしれないけど、「Go Cry(泣いてしまえ)」と自信を持って言えるキャリアになったんだなと思いますね。

──その部分は、「So Bright, Go Fly」「All Right, Go Cry」とライミングされていて小気味よいです。

そこはライミングばっちりなんですが、一番大事なサビの1、2行目がライミングされていない。ここが問題なんですよ(笑)。

──あはは。

そこは書き上げるまでに1週間かかったんです。だけど、言葉の響きや言いたいことのほうを取っちゃって。だから、歌い方を工夫しています。本当だったら、“a”の母音を強調して、「ない」「Fly」「Cry」といくんだけど、「まったく悔いはない」の“い”を少し強調して「Breathe」の“りー”と、「Beat」の“いー”を合わせるという。自分としてはそこで折り合いをつけました(笑)。

──ところで、2019年にリリースされたアルバム「Beautiful People」にも「LIFE」という人生観を歌った曲が入っていました。「LIFE」と今回の曲には、どんな違いがありますか?

「LIFE」も当時の自分が思うこと、経験を振り返りながら書いたんですが、「LIFE」は相手がいますね。でも今回の曲は相手に言ってるようで自分に言ってる。この曲を書きながら「LIFE」を思い出してもいたんです。「そうか、この行は同じようなことを言ってるな」というセグメントも1、2行あったりするから、言葉がかぶらないように気を付けました。

久保田利伸

シンセで表現した「時間の積層」

──サウンドプロダクションはどんな部分にこだわりましたか?

ベースラインは「ドッ、ベ」以外の細かいフレーズは入れない。4分ずっと「ドッ、ベ」でいいと。そう決めたら思った以上に堂々とした曲になりそうだったので、じゃあもっと堂々としちゃえと。そこから、普段の曲ではあまり入れない分厚いホーンのシンセを入れました。生のホーンとシンセのホーン、それから、ここ5、6年使っているアンビエントシンセというのかな、加工処理したシンセも入れて4つくらい楽器を重ねて。それがトラックの個性になっていると思います。あと、“声ネタ”を使って浮遊感のあるアンビエントボイスを全編にちりばめてます。それが“変わりゆく変わらないR&B”のポイント。そこに今の匂いが出てる。それがなかったらミッドエイジの骨太R&Bくらいの感じだけど、今風の浮遊感のあるネタが歌と同じくらいの存在感で入ってるのが個性なんじゃないかと思います。

──シンセを重ねるアイデアは、「LAYER」という言葉から着想したんですか?

そういうふうに導かれたんです。漠然としたテーマから曲作りに入ってアレンジをしていったら分厚いシンセが4層にレイヤーされた。そうか、これは「LAYERS of SOUND」だと。結果そうなったんです。

──あと、今回はビートがすごくどっしりしていますよね。タメの深いビートということもあって、一歩一歩足を踏みならしているパワフルさもある。

ここ半年くらい、なんとなくそういうものを作りたいなと思っていたんです。そこに今回のミドルテンポとか、堂々とした歴史感みたいなテーマを与えられたので、これはもう「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ」と刻むビートでいいと。今だったらダラッとしたトラップとかアフロビーツとか流行りのビートはいっぱいあるけど、そういうのじゃなくていい。リズムの種類でグルーヴを作るんじゃなくて、リズムはただのテンポだけ。ドッ、ドッというテンポを伝えるだけという。

──ちなみに、今回のドラムのキック音は逆再生したものを使っているんですか?

いや、使ってないです。キックは2種類の音を重ねているけど。

──キックの立ち上がりが「ンァ、ンァ」と遅れて鳴ってるように感じたんです。今回は「時間の積層」がテーマになっているからトラックには逆再生=時間を巻き戻すような要素を入れつつ、歌詞は前に進むという二層構造を考えたのかなと思ったんです。

深くまで聴いてくれてありがとう。それはキックじゃなくてベース音が遅く立ち上がるようにしているんです。今回は「ドッ、ベ、ドッ、ベ」というベースラインだからキックとタイミングが同じなんですね。だけど、「ドッ」のタイミングよりもベースがスロウフェイドして鳴り始めるから、どれくらい立ち上がりを遅くするかの具合があって。あまり極端にやると酔っちゃうような感じになると思ったので(笑)、一聴して普通に聞こえる程度にしたんです。