KREVA「Project K」インタビュー|Dr.Kの真髄を見せる現在進行形サウンド

KREVAが10枚目のオリジナルアルバム「Project K」を2月19日にリリースした。

ソロデビュー20周年の2024年に制作された今作は、全11曲、トータルタイムおよそ30分というコンパクトながらも濃密な1枚となっている。アルバム冒頭を飾るリードトラック「No Limit」を筆頭に、前半はKREVAのラッパーとしての圧倒的なスキルを、後半は既発曲「Forever Student」「Expert」などでKREVAならではのメロディセンスを存分に堪能できる構成。ラップとメロディ、その両方が絶妙なバランスで共存している快作だ。そして、新たな局面への思いをつづったラスト「New Phase」のリリックは、マネジメントの独立、実母の闘病と逝去といった激動の2024年を過ごしたKREVA自身の生活のドキュメントが起点となっている。

昨年はKREVAにとってどんな1年だったのか。トラック制作で用いた生成AIの話題やヒップホップシーンの現状に対する思いなど、アルバムの制作背景を中心にじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 内田正樹撮影 / 高田梓
スタイリスト / 藤本大輔(tas)ヘアメイク / 結城藍

俺は今、何をやりたいんだ?

──ニューアルバムのお話の前に、ソロデビュー20周年を迎えた昨年のトピックについて聞かせてください。まずは4月、所属されていたマネジメント事務所からの独立を発表されました。どういう経緯だったのでしょうか?

外目には少し急に映ったかもしれないけど、きちんと協議を重ねたうえでの独立でした。別に「いつか絶対に辞める」とか「ここにいちゃいけない」と思っていたわけじゃなかったんだけど、気付けば水が溜まっていたコップに最後の1滴が加わって中身がドバっとあふれ出る、みたいなタイミングが急に来ちゃって。恋愛でもあるじゃないですか。何かの拍子に感情がスンッと静まっちゃうようなときが。コロナ禍を経て、自分の中で人付き合いをはじめとするいろいろな価値観が変わったことも大きかったし、自分とマネジメントのルーティンが合わなくなってきたと感じる部分もあった。自分としては極めて自然な流れでした。

KREVA

──そこからご自身のオフィス“KOUJOUSHIN”にプライベートスタジオStudio B.i.B.を構えられて。コの字型に置かれた段ボールの上に機材を乗せて制作に勤しむという、簡素な状態からのスタートだったそうですね。

そう。本当に何もない部屋に小林賢太郎さんが来てくれて。「KREVA CLASS -新しいラップの教室-」の本読みをやったりしていましたね。物がないから、部屋の中を歩きながら一人稽古ができたのはよかったけど(笑)。

──6月に神奈川、大阪、東京で開催した「KREVA CLASS -新しいラップの教室-」は、コントとコンサート両方の魅力を詰め込んだ“授業型エンターテインメント”という試みでした。文字通り、ラップ教室と言える興味深い舞台で、個人的にはEテレあたりで放送してほしいなあ、と思いましたが。

それ、いろんな方から言われましたね(笑)。

──脚本家・演出家の小林賢太郎さんとのタッグは、どのような経緯で?

その頃の俺は、独立のこととか、あとでお話ししますが母ががんになったり、本当にいろんなことがあったんです。そんな中、「やれることはやりたいうちにやっておかないとダメだ」という思いが強く湧き上がってきた。そこで、「俺は今何をやりたいんだ?」と自問自答したら、まずは賢太郎さんと、がっつりと作品を作りたいと思った。公私ともに長らく仲よくさせてもらっている賢太郎さんの本拠地、つまり舞台に俺が乗り込んで何かできるのか?と、俺から提案しました。その制作の雑談の中で、「この舞台とは直接関係はないけど、次は『Forever Student』というアルバムを作ろうと思っているんですよ」と話して。その会話がちょっとしたトリガーになって、“新しいラップの教室”というコンセプトに着地した。結果的には、今回のアルバムともまったく無関係というわけじゃなかったのかもしれませんね。

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制作スタイルは“BACK TO BASICS”

──ちなみに今回の制作フローは?

基本的にはあまり手を広げず、サンプルを元にビートを組んでいくというやり方でしたね。“BACK TO BASICS”というか、とにかくサンプルに対して肉付けしていく感じ。2021年のアルバム「LOOP END / LOOP START」あたりから、spliceというサイトのサンプリング用音源を調理するのが面白くて。それにプラスして自分にしかサンプルできないものを探したかった。これもあとで触れると思いますが、AIでサンプル音源を作ってみたりもしました。

──既存のシングル曲はありつつも、本格的にアルバムの制作作業に取りかかったのは、「KREVA CLASS」のあと、初夏くらいですか?

そうですね。レコード会社との契約の結び直しとか、独立周りの細々としたことに向き合いつつ。その間、急に連絡があって母の病院に行くとか、けっこう心の浮き沈みがありました。クリエイティビティが折れないようにモチベーションをキープしなければと意識しなきゃならなかったのが本当につらかった。母の容態への感情も含めて、いろんな気持ちを維持する力が求められた期間でしたね。

KREVA

──そうした期間の中、制作はどのようなペースで?

ざっくり言うと、レーベルから提案された締め切りが、1週間に1曲ずつ仕上げていけばなんとかなるというスケジュールだったので、「まあ、とにかくやるか」と(笑)。実際にトラックが出そろったのが、10月24日だったかな。

──けっこうなハイペースですね。そうして完成した「Project K」ですが、素晴らしいアルバムだと思います。とにかく言わずもがなのスキルで繰り出される怒涛のラップとメロディアスなナンバーの絶妙な共存といい、リリックといい、トータルでものすごく芯があってカッコいい。しかも、そのカッコよさが、ベテランの経験値だけではなく、トラックの斬新さという点で“勝負感”も伝わってきて。

ありがとうございます。

KREVAと生成AIの深い関係

──全11曲入りなのにトータルタイムがおよそ30分と、フルアルバムとしてはかなり短めですよね。なのに、そう思えない濃密さがありました。

自分でもそう思います。「No Limit」なんて2分切っているし。肩でハーハー息をしながら最後まで駆け抜けたという感覚(笑)。俺自身、トータルタイムがおよそ30分とわかったときは衝撃でしたね。でも、最初から短くしようと決めて作った曲は1曲もなかったんですよ。短すぎるから少し足そうという作業こそあったけど、カットする作業は1つもなかった。まあ長ければいいってもんでもないし、1曲ごとの質量や濃密さを高く成立させられたうえでこの短さだったのは、ちょっとうれしかったです。

──さらに、アルバム後半のメロディアスなナンバーは、これまでとやや質感が異なるように感じられます。いわゆる“歌モノ”に対して、ご自身の中に意識の変化などは生じましたか?

実は「Expert」(2023年9月リリース)を作ったあと、ちょっと歌モノが“面倒臭い”という気持ちになって。「Expert」がすごくよく仕上った反動だったのかもしれないけど、あくまで自己評価として、どうも歌モノはライブパフォーマンスのクオリティという点でラップとは圧倒的な差があるように感じられてしまったんです。

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──意外な告白ですね。

やっぱり、「俺ってラッパーなんだな」と痛感させられたというか。それもあって、ちょっと歌モノっぽいものを避ける感覚があったのかもしれない。「Forever Student」も、これまでならうまく歌おうと何度も録ったと思うけど、今回は1、2回しか歌わなかったし、ピッチも直さなかった。「ラップの中にメロディがある」というモードにシフトしている、という感じなのかな。例えば、7曲目の「Knock」の最後に出てくるメロディとか、俺、偉そうな意味じゃなく、ああいうのはマジですぐに出てくるんです。あのメロディを使うためにサンプルをチョップフリップ(※フレーズの切り刻みと順列入れ替え)していたくらいだし。でも、今回は自分からすぐに出てくるものだけじゃなく、より偶発性を欲したというか。まあ、いつも偶発性を欲してはいるんですけどね。思ってもみなかったプラグインの使い方もそうだし、特に今回は「AI、ありがとう」と。

──主に、BACHLOGICのプロデュース曲「口から 今、心。」で使われた生成AIのことですね。

生成じゃないAIはコロナ禍以前からあったし、自分はスーパーポジティブに捉えてガンガン使っていました。ノイズだけを除去してくれる機能とかね。魚の小骨を1本1本手で抜いていく面倒臭さが解消されるんだったら、そりゃ使うじゃないですか。だから生成AIにもネガティブな感情は一切なかった。ただ、生成AIが作り出したものをそのまま自分の曲にするような発想は毛頭なくて。いざ使ってみたら、世の中に存在する楽曲の傾向を思った以上に把握していることがわかったので、それなら自分が欲しいサンプリングソースをAIで作れるんじゃないか?と思いついたんです。

──生成AIから出てきたネタをさらにサンプリングするわけですね。

そう。音楽生成AIを使ってこんな曲がでてきましたと発表している人はいても、生成AIから出てきたネタをサンプリングしている人はたぶんまだいないだろうと。そう思った瞬間、俺と生成AIの深い関係が始まって(笑)。最初にBACHLOGICからもらったこの曲のビートには、有名なヒップホップの声ネタがリファレンスとして入っていて、併せて「KREVAさんが書いた歌詞に合う声ネタをここに入れたい」というリクエストをもらっていたんです。でも、自分の過去の楽曲を含め、どれだけ探しても歌詞にハマるネタが見当たらない。そもそも俺の曲にオールドスクールヒップホップ感はないし、オールドスクールからサンプリングしたフレーバーは、オールドスクールをサンプリングするしかない。「口から 今、心。」という言葉を英語に翻訳して、そういうことを歌っているオールドスクールヒップホップの曲が存在したら最高じゃないですか。それをAIに作らせたんですね。

KREVA

──そういう発想がさすがの“Dr.K”ですね。

そのためには前段となるプロンプトのさじ加減が重要になる。つまり、AIに対してどんな時代のどんなヒップホップなのかを指示するこちらの知識や力量が問われるんです。例えばアメリカのどの地域なのかまで指定したら、それを加味した答えが出てくるので。いわゆるド真ん中のアトランタじゃなくて、テネシーなのか、それともブルックリンなのか、という指定の違いでもかなり答えが変わってくる。今どきは炊飯器でも硬め・柔らかめ・おかゆと指定して米を炊ける時代だから、生成AIの音楽だって米の特性や水の相性のように細かく気を配れば、けっこういいセンまで行けますね。音質も“エモみ”と捉えて、あえてシャバい感じもよしとしている。

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KREVA流生成AI活用術

2025年2月19日更新