映画『この世界の片隅に』さらにいくつものサウンドトラック」特集コトリンゴ×のん×片渕須直|新規シーンと新曲で描き出す、さらにいくつもの魅力

コトリンゴが音楽を担当した大ヒット映画「この世界の片隅に」に約30分の新たなシーンを加えた新作映画「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が12月20日に公開される。本作の公開にあたり、コトリンゴは4曲を新たに書き下ろし、エンディングテーマ「たんぽぽ」の新バージョンを制作した。映画公開に先駆けて、12月18日にサウンドトラック「映画『この世界の片隅に』さらにいくつものサウンドトラック」がリリースされる。

これを記念して音楽ナタリーではコトリンゴ、主人公のすずを演じたのん、監督の片渕須直にインタビューを実施。すずが嫁ぎ先の呉の遊郭で出会う同世代の女性・リンとの交流を描いた昭和19年秋と昭和20年冬から春にかけてのエピソードなどが追加された「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の魅力と、コトリンゴによる劇伴について話を聞いた。

取材・文 / 臼杵成晃、清本千尋 撮影 / 曽我美芽

新作映画だと言える

──2016年に公開された映画「この世界の片隅に」に約30分の新たなシーンを加えた「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が12月20日に公開されます。公開を目前に控えた今のお気持ちを聞かせてください。

片渕須直 実はまだ制作中なんです(笑)。試写で観ていただいたものよりも5分くらい延びる予定でして(取材は11月下旬)。

──なんと。11月にはワールドプレミアも行われましたよね。

片渕 長い映画なので「トイレ行きたくなったらどうするんだ」とか言われていたんですが、その日は誰も行っていなかったですね。僕は行きましたけど(笑)、トイレは空っぽでした。真剣に観てもらえてうれしかったです。意外な場所にもシーンを追加したので、皆さんにはそれも楽しんでいただきたいです。

コトリンゴ 私は音楽を新しく制作する箇所のビデオは拝見していたのですが、通してはまだで。なので仕上がりがすごく楽しみです。

のん 私はワールドプレミアで上映されたバージョンを観たんですが、新作映画と言える作品になったと思います。前作にもあったシーンなのに、新たなシーンが追加されたことによってセリフの響きが全然違いましたし、「すずさんはこのときこう思ってたんだ」とハッとするシーンもたくさんありました。もともとあったシーンに新しいシーンが加わってそれぞれが影響し合うことで、言葉のやり取りに新たな意味が生まれたりして。すごく衝撃的でした。

左から片渕須直、コトリンゴ、のん。

追加シーンによって意味深くなるあのシーン

──2016年版は、原作からすずさん、周作さん、リンさんの関係を描いた部分をバッサリ外したことで、北條家の人たちとの関係性がよくわかる内容だったと思います。

片渕 そうですね。特に周作のお姉さんの径子とすずさんの関係を描きました。2016年版ですずさんはぼーっとしている人だと思われていたけど、今回はそのぼーっとしているように見えたとき、すずさんがどんなことを考えていたのか、悩んでいたのかを描きました。

──でも、すずさん側の心の動きは言葉や音楽で表現されましたが、周作さんやリンさんの心の中はわからないまま。

片渕 それはこの作品がすずさん目線で描かれているからなんですよね。周作さんの心の中までは覗けない。2016年版よりも周作という人が自分の外にいる個人として、大事な人という位置付けになった。それによってより「うちを見つけてくれてありがとう」という言葉が響いてくると思います。

──のんさんは3年ぶりにすずさんを演じました。新たに声を入れた中で印象に残っているシーンがあれば教えて下さい。

のん

のん すずさんとリンさんとの会話の中で、嫁の義務として跡継ぎを産まなくてはいけないということを話しているシーンです。2016年版でもそうでしたけど、最後に“シラミの子”を連れて帰りますよね。そのシーンがリンさんとのシーンがあることによってすごく意味深くなったなと思いました。

片渕 のんちゃんだけがずっと“シラミの子”と呼んでいるんだよね(笑)。3年間ずっと。

コトリンゴ ヨーコちゃんっていう名前がありましたよね?

のん はい。でも“シラミの子”って言うとわかりやすいので(笑)。前作のアフレコのときも監督が「この子と出会って連れて帰ることによってすずさんは母親になるんだ」とお話ししてくださって。

片渕 のんちゃんにとって、あの場面のすずさんは生まれて初めての母親役だったんだよね。

のん はい。前回も「そういうことなんだ」と納得していたんですけど、今回のシーンが加わってそれがすごく腑に落ちました。すずさんは嫁としての役割を果たすため、北條家に自分の居場所を見つけるために必死になっていたのに産めなくて。そんな中で終戦を迎えて、自分はここで生きていくんだ、今の自分の居場所は呉なんだと決めてあの子を連れて帰ったところに強い意思を感じました。

──のんさんはお子さんを産んだ経験はありませんが、母親役を演じるのは難しくなかったですか?

のん うーん、日が経つにつれて母性が出てくる感じというか、子供を愛でる感覚がわかってきましたね。あ、あと今回付け足されたシーンでいうと、テルちゃんとのやり取りのシーンで監督から「お母さんみたいな感じで」という演出指示がありまして。

片渕 風邪ひいてる人に「おでこ、ぬくいねえ」なんてお母さんじゃないと言わないですから。

のん はい。あとは……自分の話でいうと、この3年の間に同い年の従姉妹が赤ちゃんを産んだんです。その子にアンパンマンのおもちゃを買ってあげたりしていて、赤ちゃんってかわいいなという気持ちが募った状態で今回のアフレコに臨みました。

同じように間が抜けていて同じようにかわいらしい

──前作と同様に今回もすずさんとリンさんのシーンは、リンさん役の岩井七世さんと一緒に収録されたそうですね。

のん はい。今回は前回よりもじっくりやれたのでありがたかったです。相手の方がいると影響し合って演技ができるので刺激的な時間でした。

片渕須直

片渕 僕はリンさんを、すずさんと同じような性格の人なのに違う道を歩んでいるという感じに捉えてたんですね。だから特に色っぽさも必要なくて、すずさんと同じくらいボケボケしている感じがよかった。そんな2人のアンサンブルを伝えたかったので、すずさんとリンさんのシーンは必ず一緒に収録しました。すずさんとリンさんは同じように間が抜けていて、そこが同じようにかわいらしい。でもそれが途中からそれぞれ生き方が違うんだというのが見えてくる。実は七世ちゃん、3年前のレコーディングにしっかり役作りしてこられて。

コトリンゴ 最初はどんな声だったんですか?

片渕 ちょっと色っぽさのある声を作ってきてくれたんですよね。遊郭にいる人という設定もありましたから。でもね、そんなに色っぽい大人な女性にすずさんは近付けない(笑)。七世ちゃんの素の声を気に入ってリンさんの声をお願いしていたので「それはちょっと違うかもしれない」と伝えたら、七世ちゃんは「私が普段の感じでそのままそこに存在すればいいんですね」と僕の意図を理解して演じてくださいました。