清竜人 × ミッキー吉野|次の時代へとつなぐ浪漫のバトン

生きていれば生まれ変われるんだよ

──竜人さんはアルバムを完成させたあと、たびたび「もう音楽はやらないかもしれない」とおっしゃってますよね。形を変えながら音楽を続けてきた先輩として、ミッキーさんに聞いておきたいことなどありますか?

清竜人

竜人 僕は今デビューして10年目で、来年でちょうど10周年なんです。それでもミッキーさんの活動と比べると半分も行ってない。継続することの大変さと尊さを、10年やってきたからこそ、ペーペーなりによくわかるところがあって。来年には三十路にもなるんですけど、体力の衰えというのもありますよね。そのへんミッキーさんがどうやって乗り越えてきたのか気になりますね。

吉野 ドラマーじゃないから体力はそんなには問題じゃないよ(笑)。でも一番パワーがあったなと自分で思うのは四十前後のときかな。その頃が一番いい演奏をしてたと思うんだけど、それ以降は脳梗塞になったりとかいろいろあって、そこから考え直しましたね。昔のように左手が動かないんだったら、作風自体を変えちゃえばいいんだって。大学に行って(ミッキーはゴダイゴ結成前、アメリカ・バークリー音楽大学に留学した)実感したのは、理論は自分で作るものだってこと。いろんな音楽理論を習うんだけどさ、その中からどういうシステムを組めるのかが大事なわけ。それが自分の理論になっていくから。間違えないように弾くスケールを考えるとかさ。「CMaj7はB♭以外弾かなきゃ平気だな」とか、そんなことを構築していくと自分なりの理論ができて、その“理論”が自分の“スタイル”に変わる。

竜人 なるほど。面白いですね。

吉野 十代の頃から「自分は音楽のために生きているんだ」と思っていたけど、どこかで変わったんだよね。「生きるために音楽をやっているんだ」って。そう考えてからラクになったし、生きるためなら人間は変われると思うんだよね。早くに亡くなっちゃうアーティストもいるけど、死んだら生き返れない。でも、生きていれば生まれ変われるんだよ。

竜人 アルバムを出すと毎度のこと「もうこれで辞めようと思ってる」と言っているのは半分冗談ながら、半分は本気なんです。もちろん音楽は好きなんですけど、音楽が最終目的という感覚もなくて、どちらかと言うと手段なんですよ。それはよくも悪くもあるなあと自分なりに分析しているんですけど、音楽が大好きで音楽をしたくて……というのではなく、自分が評価されるために一番攻撃力の高い武器が音楽なんだなと。もう少し歳をとって、例えばですけど「次は音楽じゃないな、ダンスだな」と思うかもしれない。

吉野 うん。それがアーティストなんだよ。ミュージシャンではなくアーティストなんだと思う。大事なのは表現だもんね。

左から清竜人、ミッキー吉野。

──竜人さんは近年、ほかのアーティストへの楽曲提供も増えてきていますよね。そのことにはどう向き合っているんでしょうか。

竜人 楽しいし、やりがいもありますよ。まあ僕に話を振っている時点で、ある程度冒険しようとしているんだと思うので(笑)、挑戦したい、新しい一面を引き出してもらいたいという先方の思いがある中で、その枠組からどんな新しい価値観が生み出せるのかを考えるのはやりがいがありますね。それが半分で、あとの半分は小遣い稼ぎです(笑)。

──ミッキーさんが楽曲を依頼される際も、きっと同じですよね。「ミッキーさんの色が欲しい」という。

吉野 そうだね。イメージを変えたいときに僕を使うというのはけっこう多かったと思う。でもね、これだけ長くやってると、自分からやりたいことってあまりないんですよ。今は人に求められたときのほうがやりがいがある。求められないとできないことっていっぱいあるんだよね。自分がやりたいことって案外どうでもよかったりするじゃん(笑)。そういう意味では、今回のオファーは本当に感謝してる。こういう形で彼みたいなアーティストに関わることができて。

平成の終わりにもの思う、冷静の男

──平成が終わりゆく中で、レコードやCDの時代も変化して音楽配信が主流になりつつある流れもあります。アルバム単位という概念すら変わってしまいそうなメディアの変化について、ミッキーさんはどんなふうに感じていますか?

ミッキー吉野

吉野 僕が昔から望んでいたのは、アルバムを作っても「どの曲も全部売れたらいいな」ということだから、あまり関係ないですね。コンセプチュアルなアルバムもあるけど、作っている人はどの曲も売れたらいいと思っているし、1枚のアルバムからどんどんシングルカットされたらいいなと思うし。1曲1曲いいものを作るというのが大事だし、そこは変わらないよね。それに尽きるんじゃないかな。でも今回彼が作っている曲がアルバムとして形になれば、「平成」という1つのくくりがより明確になるから満足感はあると思うし、バラバラに聴いても楽しめるためにはある程度ポップでなくちゃね。でもこの間のライブで聴いた限り、どの曲もポップじゃん。

竜人 そうですね。

吉野 僕は原田真二という男はかなりポップだなと思っていて。いわゆる歌謡曲よりもポップな歌謡曲が作れる。清くんには若いのも年寄りもみんな使ってどんどんポップなものを作ってほしい。音楽は本当に年齢関係ないものだと思うから、これがいいと思ったものはどんどん取り入れていってほしいですね。

竜人 ミッキーさんのような方がこうして柔軟に僕の話も聞いてくださって、日程だとか予算だとかいろんなしがらみがある中で柔軟に対応してくださって、今回この作品ができたことはすごく感慨深いです。手前味噌な部分もありますが、僕とミッキーさんがコラボレーションすること自体が今の音楽シーンに対するメッセージになると思っていて。一般のリスナーはもちろん、同業者にも刺激を与えられる作品になったんじゃないかな。すごく意味のあるコラボレーションができたと思っています。

吉野 非常に冷静だよね。「平成の男」というよりは「冷静の男」(笑)。いや、平成という時代そのものがさ、元号が変わったとき「ああ、これで平らに成すのかな」と思ったのがその通りになったよね。みんなハミ出なくて平らでしょ。テレビを観ていてもみんな謝ってばっかりいるしさ。今はつらいよね。これは時代が変わったほうがいいということだと思う。もっとハミ出す人間が出てこないとつまんないよ。

──ある意味好き放題で乱暴な作品に「平成の男」と名付けるのはなかなかの皮肉ですね。

吉野 そうだね。30年という区切りも面白くて……僕は2人のドラマーに「30年続ければ平気だよ」と言われたことがあって。1人はビリー・コブハム(マイルス・デイヴィスやジョージ・ベンソン、ジェームス・ブラウンとの共演で知られるドラマー。多数のリーダー作も持つ)で、もう1人は田邊昭知(ザ・スパイダースのリーダー。のちに芸能事務所・田辺エージェンシーを設立した)。あの言葉は当時はよくわからなかったけど、今はよくわかる。30年経つと、何が起きても平気になるんだよね。だからきっと平成も平気になるんじゃないかな。つなぎの時代だったのかもしれないし、昭和からつながる本当の時代はこれからくるのかもしれない。

竜人 道徳観とか倫理観が、今は過渡期に入っている気がしていて。少しずつ成熟していっているとは思うんですけど、定まっていないからこそ過剰になってしまっていることがよくも悪くも散見されるので、次の時代にはもう少しまとまるんじゃないかなと。それは芸術にとってもいいことだと思うんですよね。

吉野 怒ったら負けの時代でしょ。そうすると喜怒哀楽がなくなっちゃうから“平成”なんだよね。平らに成しちゃう。喜怒哀楽がないと生きていることを楽しめないよね。いいことも悪いこともひっくるめてOKにしないと。今日話したことのヒントになるようなアルバムができたらいいよね。次の時代へのステップとして。

竜人 うん、そうですね。ちょうど時代をまたぐタイミングでアルバムが出せたらなと考えています。

左から清竜人、ミッキー吉野。

※特集公開時より一部表現を変更しました。

ツアー情報
清 竜人ツアー 2018 夏
  • 2018年7月25日(水) 東京都 WWW X
  • 2018年7月30日(月) 東京都 WWW X
  • 2018年8月1日(水) 愛知県 THE BOTTOM LINE
  • 2018年8月2日(木) 大阪府 ユニバース
清 竜人 歌謡祭
  • 2018年8月26日(日) 東京都 東京キネマ倶楽部
    出演者 清竜人 / 吉澤嘉代子

2018年7月31日更新