キンモクセイ|再始動でたどり着いた5人にしか作れない音

キンモクセイみたいな曲を作りたい

──では、「ジャパニーズポップス」について聞かせてください。アルバムに先駆けて「セレモニー」が配信リリースされましたが、これが最初に制作された楽曲ですか?

伊藤 はい。もともとはライブで演奏するために作ったんですよ。活動再開してから相模原のイベントを中心に「出演してほしい」と声をかけてもらえることが増えたんですが、「自分たち主催のワンマンライブをやらないと示しが付かない」と思って10月に相模原市民会館でワンマンをやって(参照:キンモクセイが11年ぶり“ちゃんとしたワンマン”開催、新曲披露も予定)。そのときに披露するために作ったのが「セレモニー」ですね。

白井 会場を押さえてくれたのは佐々木なんですが、日程が連休明けの平日の火曜日で。最初は「埋まるわけないよ」と思った(笑)。でも活動再開を喜んでくれている人もいるし、地方から来てくれる人もいるので、なんとしても成功させなくては、って。そこで一丸となった感じはあります。

佐々木 そうだね。

伊藤 過去のキンモクセイの曲は「〇〇っぽくしたい」「あの曲みたいなアレンジで」と往年の名曲を例に出すことが多かったんですよ。でも「セレモニー」はそうじゃなくて、初めて「キンモクセイみたいな曲を作りたい」と思ったんです。白井に「この曲のベースは(山下)達郎さんみたいな感じかな?」と言われたんだけど、そのときも「キンモクセイみたいな感じとしか言いようがない」と答えました。フラットな状態でキンモクセイを俯瞰しながら制作できたというか。

張替 「キンモクセイらしい曲」というテーマがありつつ、あとはメンバーそれぞれ「こういう感じでやりたい」ということを試して。ドラムはマイケル・ジャクソンのイメージなんですよ。

伊藤 「Rock With You」のドラムを叩いているジョン・ロビンソンだよね? 前にも「あのドラムを研究してる」って聞いたことがあるんですけど、「セレモニー」のドラムはまさにそんな感じで。

白井 ベースはSteely Danを意識しました。そういう実験ができる場なんですよね、キンモクセイは。

茨城の自宅に集まって好きな音で録れた

伊藤 レコーディングもすごく楽しかった。アルバムの楽曲はすべて僕の自宅。今は茨城に移住していて、家をスタジオに改造したんです。好みの音で録れたし、うまくいきましたね。

白井 伊藤がエンジニアをやったことも大きかったよね。

──メンバー全員、茨城に集まって演奏したんですか?

伊藤 そうですね。というのも……僕が離婚しまして。大型犬2頭を連れて移住したのですが、すごく寂しかったんですよ。見ず知らずの土地で知り合いもいないから常に誰かにいてほしくて(笑)。「ウチで録ろうよ!」とメンバーに圧をかけてました。

白井 (笑)。5人でアイデアを出し合って、いろいろ工夫しながら録れたのもよかったよね。

佐々木良(G, Cho)

佐々木 5人そろう日は限られていたから、全員がいるときにベーシックを録って、あとは1人とか2人くらいで行ってダビングして。それも伊藤の家だからできたんです。レコーディングスタジオとエンジニアのスケジュールを押さえてたら、そういうやり方はできないので。しかもすごくいい音ですからね。「クオリティは足りないけれど、仕方なくメンバーで録った」ではなくて、好きな音で録れたことが一番よかったなと。休止前のレコーディングは根を詰めて朝まで平気でやってたんだけど、そういうこともなくなりました。夕食前には終わらせるというか、「これ以上やっても疲れるだけ」と見極められるようになって。

伊藤 そこで無理すると、また活動休止だから(笑)。

後藤 「セレモニー」に関しては、5人でベーシックを一発録りした日にギターのダビングも行って。ほかの曲はしっかりフレーズを考えてから録りました。早く飲みたいから、あらかじめフレーズを決めておいたほうがいいなと(笑)。

白井 後藤は仕事人ですからね。

伊藤 うん。「あとは後藤になんとかしてもらおう」という曲も多かったし。

全員曲を書くことが条件

──アルバムには5人それぞれが作詞作曲した楽曲が収録されていて、伊藤さんの作曲が3曲、白井さん、張替さん、佐々木さん、後藤さんの作曲が2曲ずつとバランスが取れていますね。

伊藤 全員の曲を均等に入れることは最初から決めていました。去年の相模原のイベントのとき、キンモクセイとしての物販が何もなくて、僕のソロアルバムを持っていったんですよ。それが完売しちゃって、メンバー間にギャラ格差が出てしまって。

全員 ははははは(笑)。

伊藤 僕が物販している間に、ほかのメンバーは取材を受けたりラジオに出たりしていて、疲れていたように見えたんです。これは僕の勘違いでメンバーは全然気にしてなかったんですけど、「お金の問題が出てくるとバンドがうまくいかなくなる」と思ってしまって。もう一度バンドをやることに不安を感じていた時期だし、すごく慎重だった。それでアルバムは5等分にしようと思って、みんなにも曲を書いてもらったんです。1人2曲ずつ書けば、それだけで10曲になるので。

白井 全員が曲を書くというのが最初の条件だったんです。僕は「伊藤が書けばいいのに」と思ってたんだけど(笑)。

佐々木 まず「セレモニー」ができて、そのあとハリーが3曲くらい出してきて。ハリーはほかのアーティストに楽曲提供もしているし「プロはすげえな」と思いながら(笑)、白井に「曲、書いた?」って連絡したり。でも、先に伊藤とハリーの曲があったから「こういう曲が足りないかも」と意識して制作できたのはよかったですね。

白井 お互いの持ち味もわかってるし、自然と被らないようにしてたのかも。