キンモクセイ「ジャパニーズポップス」 PR

キンモクセイ|再始動でたどり着いた5人にしか作れない音

キンモクセイが12月25日にニューアルバム「ジャパニーズポップス」とベストアルバム「ベスト・コンディション+レアトラックス」をリリースした。

2018年10月に約10年8カ月ぶりに活動を再開したキンモクセイ。約14年ぶりのニューアルバムには、先行配信された「セレモニー」をはじめ、メンバー5人それぞれが作詞作曲を手がけた全11曲が収められている。「僕らが聴いて育った日本のポップス史を旅するような、言うなればキンモクセイ版『ザ・ベストテン』」というコメント通り、このバンドのポップセンスが生かされた作品に仕上がっている。

音楽ナタリーではメンバー5人にインタビューを行い、活動再開のきっかけやアルバム「ジャパニーズポップス」の制作エピソード、メンバー5人の関係性などについて聞いた。

取材・文 / 森朋之 撮影 / 塚原孝顕

一丸となれる瞬間が来るはずだ

──長らく活動を休止していたキンモクセイが、昨年活動を再開したきっかけはなんだったんですか?

伊藤俊吾(Vo, G, Key)

伊藤俊吾(Vo, G, Key) 去年、地元の相模原のイベントに僕がソロで呼んでいただいたんです。せっかくのみんな同じ地元だし、キンモクセイで出たら面白いんじゃないかと思ってメンバーに声をかけたのがきっかけですね(参照:キンモクセイが“活動急始”、10年8カ月ぶりライブ)。それ以前にも「5人で集まってライブをやろうか」という話はあったんです。10周年、15周年のときも話が出たんですが、メンバー全員のコンディションが整わなくて。去年ようやく5人の波長が合ったということですね。

──伊藤さんとしては、いつか活動を再開したいという思いがあった?

伊藤 そうですね。そもそも活動休止の原因としては、メジャーの重圧と言いますか……数字を意識した作品作りに負けてしまい、そこから離れたかったのがデカくて。それ以降キンモクセイとは対峙したくなかったんですが、自分がソロ活動を始めたことで、「『二人のアカボシ』のようなヒット曲があるってありがたいことだな」と思うようになったんです。だから僕としては、10周年や15周年のタイミングでお祭り的にライブをやるのもいいんじゃないかと思っていたんだけど、白井に話したらそういうテンションではなくて。

白井雄介(B) 軽い気持ちではやれなかったんですよ。バンドに対する思い入れも強かったし、お祭り的に1回だけライブをやるのはイヤだなと。そうしちゃうと「一生懸命にやってたあの頃のことはどうなるんだ」という気持ちもあって。

──2016年に行われた佐々木さんと張替さんの40歳を祝うイベント(参照:キンモクセイ佐々木&張替、40歳の誕生日を祝うライブイベント開催)では、白井さん以外の4人が集まったんですよね。

張替智広(Dr) そうですね。

佐々木良(G, Cho) あのときも白井に声をかけたんですよ。

白井 僕は早生まれで、まだ40歳じゃなかったんで(笑)。

佐々木 そういうこと? まあ5人そろわないとキンモクセイじゃないですからね。

白井 なんていうか、みんな一丸となれる瞬間が来るはずだと思っていたんですよね。再始動はそのときでいいのかなと。

──それくらい大切な存在だったわけですよね、キンモクセイが。

白井 そうですね。家みたいな存在というか……バンドを組む前、楽器を始める前から付き合いのあるメンバーもいるので。

張替 確かにキンモクセイは別物ですね。サポートの現場で「バンドっぽくやりましょう」ということもあるんですが、本当のバンドみたいな雰囲気にはならないんですよ。キンモクセイのメンバーは付き合いが長いし、お互いのことをよく知っているので何をやっても許されるところがあって。すごく信頼できるメンバーだし、演奏するときの心持ちも違うんですよね。

後藤秀人(G)

後藤秀人(G) バンドは楽しいですよ。サポートの現場でも新しい発見があるんですけど、キンモクセイの音楽性は自分のど真ん中だし、やりたいこと、好きなことを遠慮なくやれるので。

伊藤 ミラクルが起きるんですよね。想像以上のものが生まれる。

白井 再始動したこと自体ミラクルだからね。一昨年あたりまでは「もう二度とやらないのかもな」という気持ちのほうが強かったから。

張替 後厄も終わったしね(笑)。

マーケティングより健康が大事

──改めて2008年の活動休止のことを聞きたいのですが、「ヒットを出さないといけない」というプレッシャーはそれほど強かったんでしょうか?

伊藤 そうですね。あとはレコード会社、事務所と一緒に音楽をやることに社会人として適合できていなかった。「こういう音楽をやりたい」という明確なものがあって、人を説得する力があれば、また違っていたと思うんですよ。最初のヒットが出たあと、数字を落とさないように努力しているうちに、何を作りたいのかわからなくなって。ヒットのセオリーを探す日々の中で苦しくなってしまったんです。

白井 がんばったよね。ガムシャラだったし。

伊藤 デビューしてからの数年間の思い出はつらいものばかりですね。ただバンドを離れてみてやっとわかったこともたくさんあって。活動休止してよかった、と今は言えますね。

──シーンの流れでいうと、ここ数年はシティポップが再評価されたり、歌の魅力にフォーカスが当たるようになったりしていて。この時期にキンモクセイが活動を再開したのは、いいタイミングだったと思います。

白井 そういうことは考えてないんですよ(笑)。もともと「二人のアカボシ」も当時のシーンから完全にズレた曲だったし、時代に合わせようとはしてなくて。

伊藤 マーケティング的なことを考えるのがつらくて活動休止したので(笑)。それよりもバンドの健康が大事なんですよ。ハリー(張替)がよく「みんな年を取った」って言うんですけど、年齢を重ねることでお互いの距離感や付き合い方がわかってきて。活動再開後はバンドとしてやりたいことを大事にしながら進んできたし、その結果としてここにたどり着いたというか。ひさびさに全員で集まっての最初のリハーサルで、すごく感じるものがあったのも大きかった。それぞれがいろんな現場で経験を重ねてきて、そのうえで変わらない部分も色濃く残っていて。落ち着きが出てきたと同時にふつふつと燃えるものを感じたし、一緒に演奏することで「これは面白いことになりそうだ」と期待できた。それぞれのタイム感、グルーヴ感が合わさることでキンモクセイのサウンドになるんですよね。

白井 そうだね。「ハリー(張替)のドラムはやっぱりいいな」とか「後藤のスライドギターが入ると曲に華が出るな」と改めて感じられて。良(佐々木)はプロデューサー的なところがあって、みんながのびのび演奏できる空気を作ってくれる。そんな5人じゃないと作れないものが確実にあるし、一巡してバンドって面白いなって。それは「ジャパニーズポップス」の制作中もずっと感じてました。