答えが出ないようなモヤッとした感覚をそのままアウトプットしたかった
──「考え続けよう」というメッセージを歌う「Keep Thinking」も今まであまり書いてこなかったタイプの楽曲ですね。
今回はアルバム全体として、答えが出ないようなモヤッとした感覚をそのままアウトプットしたかったんです。「Keep Thinking」も「考え続けよう」という歌詞で終わりますけど、確かに考えることは面倒なことではあって。コスパとかタイパみたいに、過程をいかに短くして結果にたどり着けるかみたいな考え方が今増えてるのはそれが理由でもあると思う。
──蓄積したり、思考したりする時間は無駄だ、みたいな「ファスト教養」的な考えも最近はありますね。
YouTubeでも「正解教えます!」みたいなものが多いじゃないですか。
──その“正解”が本当に正しいかどうかを判断するには、過程や教養が必要だと思うけど、それをすっ飛ばしてしまうから、“大声で言われる正解らしきもの”にシンパが集まりがちになる。
そもそも「正解と間違い」「白と黒」にくっきり分けられるほど、世の中は簡単じゃないし、いろんな意見や考え方がある。年齢を重ねるごとにその複雑さに気付いて、「これが答えです!」と言い切れなくなっている自分に気付くようになって。確かに尖った物言いのほうがメッセージとしてわかりやすいし、そういう明快なメッセージが書けなくなってることが、自分の中でコンプレックスにもなっていたんですよ。
──特にラップは、明確なメッセージが求められる部分も強いですし。
でも、ある瞬間「この迷いをそのまま書けばいいんじゃないか?」と思ったんです。だからこそ「世の中わからないことだらけで、ずっと考えながら生きていかないといけないよね」「いろんな意見がある、それぞれ考えてみよう」ということを「Keep Thinking」では書こうと。
──それが“思慮”でもありますよね。
そして、それをきちんと伝えるのが、今の自分の役割でもあるのかなと思うんです。
叶わなかった夢が人生の輝きにつながる
──「Dreams」では、10代でのラップとの出会いから今に至るまでの流れがドキュメント的に描かれていますが、「全然物足りない」という渇望の感情も同時に描かれていますよね。
「叶わなかった夢の数だけ人生は光り輝く」みたいな言葉を何かで読んで、そこから「Dreams」のイメージが湧いて。すべて満たされたと思ったら、そこで終わってしまうだろうし、自分がラッパーとして叶えられたことは、もちろんたくさんあるんですけど、まだ叶えてないことや、叶わなかったこともたくさんある。でも、その紆余曲折を肯定したり、乗り越えてきたりしたからこそ、今こうやって活動できているのかなと思うんです。「叶わなかったこと」はネガティブな要素かも知れないけど、それがあるからまだ夢を見られたり、そのおかげで今の自分がある、そしてそれが人生の輝きにつながるんじゃないかな、ということを書いてみようと。
──だから“老成、達観した男の物語”ではないし、まだあがいてるんだ、というのが伝わってきました。個人的には「そこだけじゃない」の「それはもう川ですらないと言っとく」という歌詞の、「言っとく」という表現のYOU THE ROCK★さんっぽさが唐突で面白くて(笑)。
ははは。確かに「とか言っとく」みがありますね(笑)。
──「Back City」もYOU THE ROCK★さんの「BACK CITY BLUES」を連想させますね。
いわゆる“Back In The Daysモノ”はずっと書いてきたし、「Birthday Cake」も似たようなところがあるけど、もしも最後の作品を出すとしたら、自分の現状を書きたいなと思って。今まではラップを始めるまでを書いた歌詞が多かったけど、今回はラップを始めた先のことを含めた構成になりましたね。
──過去に起こった事実は不変だけど、自分の変化によって、その事実に対する見方は変わりますよね。だから、KEN THE 390が活動を続ける限り、何曲“Back In The Daysモノ”もの書いても、その感触と景色は変わっていくんだろうなと。
確かに。そのためにも変化を生んでいきたいですね。
年相応のアルバムになることを意識した
──アルバムは「種を撒く」で閉じられますが、すごく壮大なテーマですね。
こういう“語り”っぽい曲もあまり書いてこなかったので、自分でも意外な1曲になりました。アルバムの最後なので、アゲて終わりたいなと思って、もうちょっとアッパーなビートに言葉を乗せてみたけど、しっくりこなくて。それでテンポを落として語りっぽくしました。
──それも含め、「破壊と再生」みたいなものも今作の1つのテーマになっているのかなって。
なるほど。この曲は「たとえ明日、世界が滅びるとも、私は今日、林檎の木を植える」という言葉(注:ドイツの神学者マルティン・ルターの言葉として伝えられている)がインスピレーション源です。あの言葉はいろんな捉え方ができるけど、僕は「何かをクリエイトすること」だと思ったんですよね。もし明日、地球が終わるとしても、それでも見返りや報酬を考えずに、とにかく何かをクリエイトするということは大事だなって。
──リンゴの実は実らないかも知れないけど、まずは何かを作ろうとする意思と、その過程を信じるという。
そうですね。結果に結び付く──例えば“売れる”みたいなことは自分の作品についてはわからないけど、単純にクリエイトすることが好きだから、続けていくし、続けるし、きっとそのバトンは誰かにつながれていくんだろうなって。
──その意味でも、今作は年相応のアルバムになったと思います。
それは今回めっちゃ意識しましたね。
──日本語ラップファンの中でも、このアルバムに共感する人はたくさんいると思います。ラップやヒップホップはユースカルチャーの側面は強いと思うけど、年を重ねたからこそのラップ、ヒップホップは存在するわけで。
年相応のヒップホップをやりたいということもそうなんですけど、自分に正直に曲を書くのがいいのかなと思って。そうすることで、結果的に年相応な“今の自分”が反映された作品になったんですよね。
──奇しくもKENさんと同い年であるANARCHYさんも昨年リリースしたアルバムに「LAST」というタイトルを付けていましたね。
あのタイトルを知る前から「Last Note」と付けようと思っていたので驚いたし、世代的にみんな同じようなことを考えるのかな。もうベテラン枠ですからね、僕らは。