音楽ナタリー Power Push - KEMURI

伊藤ふみおがワールドツアーで見つけた「今、歌うべきこと」

アメリカ大統領選を目の当たりに

──そしてMVになった1曲目の「THUMBS UP!」。冒頭で「もっと混ざっていこうぜ」というメッセージがあるとおっしゃっていましたが、人種差別などのシリアスな状況を、明るいスカパンクのサウンドに乗せて歌っている。「スカパンクってそういうものだったな」って思いました。

ちょっと余談になるんですけど……今作は歌詞をほとんど書いてない状態でアメリカツアーに行って、そのままレコーディングしたんだけど、レコーディングはアメリカの大統領選の3日ぐらい前だったの。

──ああ、ちょうどその時期だったんですね。

伊藤ふみお(Vo)

レコーディングスタジオの人はみんな反トランプ派で。ライブ会場の近くでも毎晩数千人規模の反トランプのデモが行われていた。その中にはいろんな人がいた。70、80歳ぐらいの人、マイノリティの人、移民……親に連れられた子供が「fxxk Trump」って書かれたプラカードを掲げている姿もあって。そういうのを目の当たりにして、僕らはなんて言うか………ベルリンの壁が壊れたり、天安門事件があったりするたびに、世界が動いているっていうことをずっと感じてきたわけなんだけど、インターネットが出てきて「グローバリゼーション」って言葉が声高に叫ばれるようになった。そこからまた時間が経過して人々のライフスタイルが多様なものにチェンジしていって。今、アメリカはどういうふうに舵を切ろうとしているかというと、「アメリカ・ファースト」っていう、グローバリゼーションと逆の感じになっている。反トランプのデモを目の当たりにして、僕は誰が正しいかと思うわけではなく……外国人だからね。それをただ眺めながら「あれだけグローバリゼーションって言っていたアメリカが今はこんな状態で、あの頃はなんだったのかな?」って考えたりするわけ。これからは、アメリカに夢を求めてやってきた人たちが置き去りにされようとしている。それがかわいそうとか間違ってるって話じゃなくて、いろんなことがコロコロ変わるんだなってことにリアリティがあった。「そこで何を歌いたいか」を考えたときに、アメリカがどうとかトランプがどうとかじゃなかった。もうちょっと俯瞰して、いろんなことを超えていくようなもので。

──普遍性というか……?

時代によって価値観って変わっていくんだけど、英語をあまりしゃべれないような我々とアメリカ人の観客が音楽でつながれるっていうことは、真実としてわかってる。だからそれをやるべきだよなって強く思ったんです。そこには笑顔だったり、泣いた顔だったり、怒った顔だったりがあって。今回、MVでそれを佐藤隆太が表現してくれたけど、自分たちも音楽で元気のない人に元気を与えるとか……そういうことをするべきだと改めて思った。「FREEDOMOSH」は、そういう思いのうえにできあがったアルバムなのね。だから変な言い方だけど、デモを見たのは幸運だった。この年齢になってそういう思いに気付いて、結成当初のような気持ちが自然に歌詞に出せた。そしてこのアルバムができた。

──KEMURIの音楽は時代や政治に対してのメッセージは歌ってないけど、でも時代を見ているから出てくる歌詞だと思います。時代そのものじゃなくて、その時代の中でどう生きるのかっていう。

「好きなことやれよ」「言いたいこと言えよ」ってことなんですけどね。ミュージシャンは、そういうメッセージを高らかに言える立場にいるんだしね。世界の歴史から見たら人間の人生なんて一瞬で、その中でどれだけ自分がブルブル震えて燃えられるかっていう。それをとことん求めて歌詞を書いた。スカパンクという音楽、KEMURIという音楽の中でね。

──現実を生きているってことを自覚してるからこそ、現実を超えていけるという歌詞になったんだと思います。

アメリカは時期が時期だったからかもしれないけど、人々がカリカリとして、何かに抑圧されているようなムードはライブ会場でも感じたのね。で、前作「F」に入ってる「HATE」や2ndアルバム「77days」(1998年9月発売)に入ってる「Heart Beat」をやったら泣いてしまうお客さんもいたんですよ。ライブが終わってからも「あの曲が聴けてよかった」って言ってくれて。「HATE」は曲が終わってからも、お客さんがサビを歌ってましたからね。メンバーみんなびっくりして。アレは感動したな。

──「HATE」はポップだけど、歌詞には怒りがある。

そういう曲で泣いたり歌ったりするお客さんの姿を目の当たりにしてるから。いろんな場所にはいろんな人がいて、音楽によっていろんなことが起こる。だからわざわざアメリカまで、わざわざイギリスまで出かけるんです。いろんな場所に行った実体験を、自分の目で見て感じたものを、音楽にしてみんなに届けたいっていう思いもあるし。

飾らないでやることがKEMURIの存在価値

──KEMURIの掲げる「肯定的精神姿勢(PMA)」は、今とても必要だと思うし、持ち続ける必要があると思う。今作はそれをいろんな表情で見せてくれています。

改めて言葉にするとこっ恥ずかしいけど、世の中や他人の「いいところを見たい」「いいところを探したい」って思いなのね。小学校の道徳の授業で言うことのようだけど、そういうことなんですよ。

──変わっていく世の中では希望という軸を持っていないと潰れると思うし。堂々と希望を歌うKEMURIから勇気をもらっているという人はたくさんいると思います。

伊藤ふみお(Vo)

ありがとうございます。でもね、不安もありますよ。今回のツアーはバスを借りて、バスで寝泊まりしてたんです。3段ベッドでね、いろんなことを考えたんです。「何かを求めて音楽をやってるはずだけど、何を求めてるんだろう? 何がやりたいんだろう?」とか「好きなことをやり遂げた、その行き着く先に何があるんだろう?」って。その中で、今のKEMURIは、不安や喜びの1つひとつを言葉にして共有していけるし、メンバー同士、ライブで目が合った瞬間にニヤッとできる。そういうバンドになっていってるのは確かなことで。そういう瞬間を増やしたいなと思った。あとね、この先何があるかわからないけど、確実に言えるのは、今この瞬間に僕らが消えたとしてもKEMURIの音楽は残る。自分とは別個のところでこの世界にKEMURIの音楽は存在してるんです。

──そうですね。

実際ね、20年前にインドネシアで販売されてたKEMURIのカセットテープを、アメリカのライブ会場に持ってきたヤツがいたの。「サインしてくれ」って。そんなの持ってるなんてこっちがびっくりしたんだけど。そうやって、世界のどこかしらで自分たちの音楽が存在しているリアリティっていうか、それはちょっと身震いがするような体験で。それがある意味、やり続けることの安心感につながっているんですね。

──なるほど。

カセットテープだけじゃなく、ライブで見た場面だってその人の中で心象風景として残っていくものだから。それは信じていることだし、真実だし。だから音楽っていうものは、時代が変化していってもそれを越えていけるって信じてるわけ。で、安心して好きなことをやろうって思える。再結成したとき「どういうメロディ、どういうリズム、どういう歌詞がいいか」って考えたのね。「今の時代に合うような音楽はどういうものか」って。でもね、それより大事なのは時代やリスナーに合わせるんじゃなくて、「自分を応援してくれる曲かどうか」だったんだよね。自分を飾らないで、そのままの自分たちでやることでしか、KEMURIみたいなバンドは存在価値がないんじゃないかって。だからそれをやるんです。

伊藤ふみお(Vo)
ニューアルバム「FREEDOMOSH」 / 2017年3月1日発売 / ONECIRCLE
ニューアルバム「FREEDOMOSH」
CD+DVD / 4968円 / CTCD-20052/B
CD / 3240円 / CTCD-20053
CD収録曲
  1. THUMBS UP!
  2. GO! GO! GO! GO! GLOW!
  3. CHOCOLATE
  4. DIAMOND
  5. My Best Friend
  6. SAKURA
  7. AWE
  8. SPIRAL
  9. Dancing in MOON LIGHT
  10. RAINDROP
  11. SHOUT
  12. サラバ アタエラレン
DVD収録内容
  1. THUMBS UP! -MUSIC VIDEO-
  2. サラバ アタエラレン -MUSIC VIDEO-
  3. I am proud(Bristol,UK)
  4. SUNNY SIDE UP!(Sheffield,UK)
  5. Crappy Go Happy(Birmingham,UK)
  6. Dancing in MOON LIGHT(London,UK)
  7. HATE(Atlanta, US)
  8. PMA (Positive mental Attitude)(Orlando,US)
  9. New Generation(St.Petersburg,US)
  10. サラバ アタエラレン(Tokyo,JP)
  11. Heart Beat(Tokyo,JP)
  12. Ato-Ichinen(Tokyo,JP)

KEMURI Tour 2017「FREEDOMOSH」

2017年4月1日(土)長崎県 DRUM Be-7
2017年4月2日(日)福岡県 DRUM LOGOS
2017年4月7日(金)石川県 Kanazawa AZ
2017年4月8日(土)長野県 Sound Hall a.C
2017年4月14日(金)千葉県 KASHIWA PALOOZA
2017年4月15日(土)愛知県 DIAMOND HALL
2017年4月22日(土)滋賀県 SHIGA U★STONE
2017年4月23日(日)兵庫県 神戸VARIT.
2017年5月13日(土)北海道 CASINO DRIVE
2017年5月14日(日)北海道 札幌PENNY LANE24
2017年5月19日(金)埼玉県 HEAVEN'S ROCK さいたま新都心 VJ-3
2017年5月20日(土)埼玉県 HEAVEN'S ROCK Kumagaya VJ-1
2017年5月21日(日)千葉県 千葉LOOK
2017年5月26日(金)栃木県 HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2
2017年5月27日(土)宮城県 Rensa
2017年5月28日(日)岩手県 Club Change WAVE
2017年6月2日(金)大阪府 なんばHatch
2017年6月10日(土)広島県 広島CLUB QUATTRO
2017年6月16日(金)新潟県 新潟LOTS
2017年6月17日(土)福島県 郡山HIP SHOT JAPAN
2017年6月24日(土)静岡県 LiveHouse 浜松 窓枠
2017年7月1日(土)香川県 DIME
2017年7月2日(日)愛媛県 松山サロンキティ
2017年7月9日(日)東京都 新木場STUDIO COAST
KEMURI(ケムリ)
KEMURI

1995年結成のスカコアバンド。「P.M.A(Positive Mental Attitude/肯定的精神姿勢)」をバンドの哲学として、活動を展開する。当初からアメリカのレーベルと契約していたため、「アメリカからの逆輸入バンド」として話題となった。ハードコアやパンク、レゲエといった要素を取り入れたサウンドが特徴で、日本のスカコアシーンの代表的存在。2007年12月9日の東京・Zepp Tokyoでのライブを最後に解散したが、2012年9月、Hi-STANDARDからの呼びかけに応じ、「AIR JAM 2012」にて約5年ぶりに復活を果たす。2013年1月、南英紀(G / 現 Ken Yokoyama Band)の脱退と初代ギタリスト・田中‘T’幸彦の復帰を発表。その後、ツアーや音源リリースなどを重ね、精力的に活動をする。結成20周年を迎えた2015年6月にベストアルバム「SKA BRAVO」を、7月に11thアルバム「F」をリリース。同年10月にサポートメンバーだった河村光博(Tp)と須賀裕之(Tb)が正式加入した。2016年6月に13年ぶりのシングル「サラバ アタエラレン」を発表し、2017年3月にニューアルバム「FREEDOMOSH」をリリースする。