オタクとしての第三者目線
──「ダーリンダンス」「バレリーコ」「flos」「乙女解剖」の4曲はファン投票をもとに選ばれた楽曲です。どの曲も人気のボカロ曲であり、すでにファンの間に定着している曲を今歌う難しさもあると感じました。
既出の“歌ってみた”とはちょっと違う質感にしてみようというのはエンジニアさんたちともよく話していました。例えば「flos」。この曲は花の名前を羅列する歌詞が印象的なんですが、歌い方というかつぶやき方を、ちょっとほかでは聴いたことがない感じを意識しています。「質感」というのは「MUSICALOID #38」シリーズを通してのキーワードかもしれないですね。ただ、ほかの“歌ってみた”に気を取られてもそれはそれでもったいないので、「乙女解剖」のようなずっと長い期間聴いてきた曲は、自分が最初に聴いたときの印象を思い出しながら“本家っぽさ”を意識して歌いました。
──いろんな曲に触れる中で、神田さんがボカロ曲をカバーする際に一番意識していることはなんですか?
やっぱり作家さんの意図と、作られたときの初期衝動みたいなものを感じ取って歌うようにしています。曲によってはキーを変えて歌うんですけど、「この曲は原曲キーであることに意味があるんだな」と感じたらなるべく原曲キーで歌うようにしていますし。
──今作の収録曲で言うと「乙女解剖」は原曲キーで歌われていますね。
「乙女解剖」のトップ音の高さはボカロならではの要素だと思いますし、特に原曲キーにこだわりたかった曲です。前作の収録曲だと「妄想感傷代償連盟」とか、直感的なものですけど「これは原キーだろ」みたいな感覚が自分の中にあるんです。ただ、原曲キーにこだわりすぎて聴き苦しいものを収録するわけにもいかないときがあって、自分が歌いやすくて耳障りのいいキーを探ることもしています。上のキーも下のキーも試して、トップの音が出ないわけじゃないけどもう1個下のキーにしたほうがおしゃれだなとか。「サイレス」はあえて下のキーで歌うことでちょっとおしゃれな感じになった曲ですね。
──神田さんが表現する“おしゃれな感じ”というのは、歌い手としてのこだわりなんですか?
こだわりとはちょっと違うんです。私、ソロだとボーカリストとしての自我が本当にないんですよ(笑)。よくないことだとは思うんですが、「私の歌を聴け!」みたいな欲求がまったくなくて。ただオタクとして「この曲はこういうふうに聞こえたらいいな」という第三者目線だけは強く持っています。なんでしょう、自分の声を素材としか考えていないんですよね。
──ボカロのカバーだからこその感覚かもしれないですね。人間が歌う曲をカバーするボーカリストだったら、もしかしたらそうは思っていないかもしれませんし。
そうなのかもしれないですね。自分でもこだわりがないのはよくないとは思っているんですよ(笑)。だけどオタク的に聴きたい曲を自分で再現できるので、こうして好きな曲をいろんなアプローチで歌えるのは本当に面白いし、ずっと続けていきたいですね。
3作目だからこそ選べた曲たち
──「ビターチョコデコレーション」のカバーは原曲のボカロバージョンとも制作者のsyudouさんによるセルフカバーとも異なる解釈を感じさせる音源に仕上がっていると感じました。
「ビターチョコデコレーション」を歌う際にいろんな方の“歌ってみた”に触れてみて、けっこうエモーショナルに歌われる方もいれば、ボカロっぽく無気力な感じで歌われる方もいらっしゃる曲だと感じたんです。実はディレクターさんが不在のタイミングで試しに私もエモく歌うバージョンを録ってみたんですが、それがちょっと面白い感じになっちゃったからボツにして(笑)。かと言って無気力に歌ってもしっくりこなかったので、反骨精神をなくしていないけれどもちょっとあきらめている、ちょうどいい塩梅の気持ちの入れ方を意識しながら歌入れしてみました。
──1曲に対していろんな歌い方のアプローチを試しているんですね。
試しますね。誰にも聴かせたくないくらいのけっこうヤバいテイクもあります(笑)。
──「ビターチョコデコレーション」に限らず「死んでしまったのだろうか」「愛してはいけない」など神田さん自身が選曲したボカロ曲はシリアスなテーマの曲が多い印象があります。
3作目ならではの選曲になったと思います。2枚目のときにはまだ選べなかった曲を、3作目だからこそ選べた感覚はありますね。今振り返ると1作目は振れ幅の大きさをイメージして曲を選んでいたし、2作目はちょっとエモい曲が多かったのかな。3作目はかわいい曲とメジャーな曲が入っているからちょっとシリアスな曲やおしゃれな曲を入れてバランスを取ってる感じですね。
──分け隔てなくいろんなボカロ曲を聴いているからこその選曲になっているのが3作目の特徴だと感じました。
こうやってボカロ曲のカバーをするのは、曲と出会ったときに感じた気持ちを記録する備忘録みたいな意味合いもあるんだと感じているんです。「死んでしまったのだろうか」とかはネットサーフィンしているときに出会って、こういう気持ちになったことがあると自覚したし、私以外のいろんな人たちも同じ気持ちを感じたことがあると思って。この曲に関しては、初めて聴いたときに感じた切実さを表現したくて、自分の音域的にはギリギリの高さを攻めています。
あやねるに好きに歌ってもらったコラボ曲
──収録曲のうち「しんでしまうとはなさけない!」にはゲストボーカリストとして佐倉綾音さんが参加しています。佐倉さんを起用した理由は?
単純に親交があったからというのが大きいですね。これまでもゲストの方に参加してもらう曲を1曲入れていて、1作目では私の師匠である速水奨さんや江口拓也さん、新田恵海さんに、2作目では声優界のレジェンドである緒方恵美さんに参加していただきました。3作目はこれまでとはちょっと違うアプローチでリアルに親交の深い方に参加してもらいたくて、年齢は下だけど趣味がいろいろ合うあやねるに声をかけてみました。普段から仲のいい人とかけ合いしたらどんなふうになるのかなって、すごく楽しみにしてた1曲です。
──どういう役割分担で「しんでしまうとはなさけない!」をレコーディングしたんですか?
これもまた私のよくないところなんですが、声をかけておきながら自分で「こうやりたい」みたいのはなくて(笑)。まず最初にあやねるに全部レコーディングしてもらって、それをくまなく聴いて、自分でできるところを埋めていくんです。主旋律と最低限のハモりとコーラスを録っていただいて、あとは自分がそこに合う形に絡みにいく。
──てっきりディレクションをしてデュエットを作り上げているのかと思っていました。
あやねるからも「どう録ったらいいですか?」と聞かれたんですが、本当に「あやねるが歌いやすいキーで好きに歌ってもらって大丈夫」としか言わなかった(笑)。ここでも役に立つのはオタクの気持ちで、あやねるの声を聴いてどう合いの手を入れたら面白いか、2人の声が際立つならどの音域で歌ったらいいかとかを考えながら自分で調節しました。私はそのほうがやりやすいんですが、あやねるはやりにくそうだったかな(笑)。まだ完成してからお話できていないので、完成版の感想を聞くのがすごく楽しみです。
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薄い本はエロくなきゃダメ