「Yuki Kajiura LIVE」を支える凄腕たち
──「Kaji Fes.」の主役は多彩なボーカリストだと思いますが、バックバンドならぬ「FRONT BAND MEMBERS」の方々の演奏も最高でした。
もうね、皆さんうまいですから、演奏を観ているだけでも全然飽きない。私のライブはバンドの皆さんと歌姫さんたちを「すごいでしょ?」と自慢しているようなものです。
──個人的に、パーカッションの中島オバヲさんはワイプで常時映してほしいと思いました。中島さんが映るたびに「その楽器は何? 何を振っているの?」などと気になってしまって。
シェケレという、大きな壺みたいな打楽器がなぜかお客さんに非常に人気で、オバヲさんが壺を振りだすと、みんなざわつく(笑)。そういったプレイヤーさんに光が当てられるのも、「Yuki Kajiura LIVE」の特徴かもしれません。やはりもとはプレイヤーと、ボーカル入りの曲でも歌のパートは8小節しかなかったりして、真の主役はバイオリンの今野均さん率いるセクション弦やフルートの赤木りえさん、アコーディオンの佐藤芳明さんだったりする曲もけっこう多いですから。
──いずれもNHK連続テレビ小説「花子とアン」(2014年放送)の劇伴曲である「My Story」と「希望の光」などでフィーチャーされていた、イーリアンパイプスの中原直生さんも素晴らしかったです。イーリアンパイプスって、吹かなくていいバグパイプなんですか?
そうなんです。肘に取り付けたフイゴで空気を送るので、やろうと思えば歌いながら演奏できるパイプなんですよ。しかもイーリアンパイプスって、ああいったパイプ系の楽器の中でもとてもチューニングしやすく、アンサンブルに向いているんです。以前、バグパイプを使ったこともあるんですけど、基本的にチューニングできないので、オケと合わせるのが難しくて。特にワールドミュージック系の楽器には、もともとチューニングをする気がない楽器がけっこうあるんです。
──雅楽で使われる笙などもそういう感じですよね。
まさに。でも、イーリアンパイプスは合奏と相性がいいし、それでいてちゃんとパイプ系の楽器らしい音がするので、弦やバンド、歌と同居できるんですよね。
──そのイーリアンパイプスやアコーディオン、パーカッション、フルートといった楽器が、梶浦さんの楽曲のメロディやリズムに内在していたワールドミュージック感を増幅させているのを、映像を観てより強く感じました。
アコーディオンほど便利な楽器もなかなかないというか、動き回りながらオケの上から下まで演奏できる楽器って、アコーディオンぐらいで。そのうえリード楽器なので、情緒を奏でられる。例えばピアノは打楽器だから鍵盤を叩いちゃえばもう消えるだけですけれど、アコーディオンは弾いたあとでもリード楽器ならではのロングトーンの美しさを醸せるのがたまらないですよね。そういった意味で、イーリアンパイプスやアコーディオンは異国感を出せるうえに、ほかのオケと混在させやすくライブでも扱いやすいので、非常にありがたい楽器です。ただフルートに関してはもう特殊で、あれはもう私にとって「フルート」というよりは「赤木りえ」というか……。
──赤木さんはすごく攻撃的な音を出しますよね。
そうなんですよ。もちろんフルートらしい旋律もたくさん奏でていただいていますけれど、普通だったらフルートにはお願いしないことを、赤木さんだからお願い!ということもよくあります。だからフルートに関しては、フルートに適したメロディラインを奏でてもらう部分と、“得体の知れない笛を持った赤木りえというプレイヤー”みたいな部分があって(笑)。レコーディングやミックスをしているときも、フルートのトラックというよりは、もはや「赤木りえ」というトラックだと認識しています。
──DAY 2のアンコールで演奏された「red rose」では、今言及した楽器に加え、バイオリンの今野均さんやチェロの奥泉貴圭さんのソロもたっぷり聴けるという。
もともと「red rose」は自分のソロアルバム(2003年8月発売の1stアルバム「FICTION」)のために、ほとんど遊びで作った曲なんですよ。ある作品の劇伴でイーリアンパイプスを使いたかったんですが、当時はまだ日本で見つからなかったので、ニューヨークまでレコーディングしに行くことになって。1曲録るだけじゃもったいないから、アルバム用にイーリアンパイプスを使った曲を作っちゃおうと。ちょうどその頃、デジタルサウンドにワールドものを乗っけるのが流行っていて、ループの上で自由にイーリアンパイプスでリール(フォークダンス用の舞曲)を吹いてもらうために、ものすごくお手軽に楽しく好き勝手に作った曲が「red rose」だったんです。
──へええ。
その後、時間が経って日本でもイーリアンパイプスのプレイヤーさんが増えて来て。中原直生さんにお会いできて。「1回ライブでやろう」という話になり、やってみたらけっこう面白くて。「じゃあ、ほかの楽器も参加して、ユニゾンでリールやっちゃったらどうなる?」なんて言って試してみたら、それがなんだかやたらカッコいいぞと(笑)。いつの間にかライブの定番曲になっていたという、大出世をした曲です(笑)。
──大出世(笑)。
ライブアレンジってそういうのが面白いんですよ。いろんな楽器が自由に、本来加わるはずじゃなかった曲にも加わってくれると、ギターの是永さんが「じゃあ、俺もここで弾かせて?」とか言い出してくれたり。そうやってみんながちょっとずつ出しゃばってくれることによって、全然違う曲になったりする。私は作曲家だから、基本的にレコーディングまでは全部自分の意思の行き届く範囲でやっているんです。もちろんプレイヤーさんが想像を超える名演奏をしてくれるようなことはありますけど、そこに知らない楽器の人が飛び込んでくることはないし、レコーディングが終われば私と曲との付き合いも基本的には終わり。それがライブになると、自分の意思を超えたところでいろんなことが始まるし、そこからインスピレーションもらって次の活動に生かせることも多々ある。だから特にライブでは、自分の曲は、自分1人の腕では抱えきれなくなってからが本番みたいなところもありますね。
今伝えたいことは今、全部伝えておかないと
──梶浦さんはDAY 2最後のMCで4人のレギュラーボーカル、すなわちKAORIさん、KEIKOさん、YURIKO KAIDAさん、Joelleさんのことを「すごい」とおっしゃっていましたが、本当にすごいですね。
本当にすごいんですよ。半端じゃない。
──ソロでもゴリゴリに歌える方々ですし、4人でのハーモニーはもちろん、ゲストボーカルをサポートする能力も半端ないです。
もう、あの4人はなんだか私から見ても覚醒しちゃって。もちろん1人ひとりが抜きん出た歌い手であることは間違いないんですが、集団じゃなく4人で4声ハモるのって相当難しいんですよ。私は旋律だけじゃなく下の人にも力いっぱい歌ってほしいとディレクションするほうだし、そういうハモを書くし。なので、たぶんFictionJunctionのハモ、コーラスって、一般的な4声とは結構違っていて。各々がまったく異なるパートを思い切り歌いながら今はこの人とハーモニー、でも次の小節からは私とね、でもオペラの重唱ほど1人ひとりが自由かと言われればそうでもなく、全部縦は合わせてね、的な。なんだか申し訳なくなってきた……。だから「Yuki Kajiura LIVE」ではバンドリハが始まる前に、歌姫さん4人だけで歌リハを何度も何度もやっているんです。その録音を毎度送ってくれて、いつも聞かせてもらっています。そこで本当に細部まで合わせてくるし、さらにゲストボーカルさんを迎えるとなると、またゲストさん1人ひとりに完璧に合わせてくる。
──例えばDAY 1の、「朝が来る」(2021年から2022年にかけて放送されたアニメ「鬼滅の刃 遊郭編」エンディングテーマ)を歌うAimerさんを支えるKEIKOさんの下ハモ、ヤバすぎます。
KEIKOちゃんは、Aimerさんの声にしか聞こえないような声でハモってくるんですよ。「Aimerさんが2人いません?」というような。彼女は歌心をちゃんと理解したうえで歌をアゲてくれるし、事前に音源をものすごく聴き込んで、研究してくるんです。自分がメインボーカルのときはもちろん、ハモるならハモるという仕事を完璧にこなそうとする。だから本当にぴったり合わせてくるし、また仮に誰か1人のハモがズレようものなら、ほかの3人が許さない。
──許さない(笑)。
けっこう厳しいですよ、言葉は穏やかなままだけれど4人ともものすごい完璧主義だし、小さな違和感を絶対そのままにしてはおかない。「Yuki Kajiura LIVE」は武道館の時点で19回目ですけど、彼女たちの姿勢こそが「Yuki Kajiura LIVE」を楽しく美しくしてくれる一番のファクターだと思っていますし、そこにいつも助けられています。
──DAY 1の、4人で歌う「in the land of twilight, under the moon」(アニメ「.hack//SIGN」劇伴曲)もすさまじかったです。まだ序盤なのに、一気にクライマックスまでブチ上げた感があって。
この曲は「かえるのうた」を作ろうと思って(笑)。だから基本は追いかけっこするメロディに、上と下にそれぞれ違うメロディがあって、誰1人同じメロディを歌っていないのに、ハモっているように聞こえる。彼女たちにとっては練習しやすいメロディなのか、たまに楽屋でアカペラで4人で歌っているんですよ。
──すごい楽屋ですね。
聴いていてとっても楽しいですよ。誰かが歌い始めると、いつの間にかみんなでハモっているんですけど、引くほどうまい(笑)。
──実際、あれだけ歌えたら気持ちいいだろうなって思います。それはゲストボーカルの皆さんも含めて。
私もいつも思っていますね。ゲストの方々は皆さんソロボーカリストとして本当に素晴らしいんです。だけど、レギュラーの4人には、Joelleさんが加入したのは比較的最近ではありますが、ここに至るまで何十回と積み重ねてきた、あの4人にしか歌えない歌があるんですよ。そこは、どんなにすごいソロボーカリストも絶対に敵わない部分で。逆に、ひと声発するだけですべてを圧倒してしまうようなすさまじいソロボーカリストさんもいて、そういう人たちが入れ替わり立ち替わり出てくるからこそ面白いんですよね。でも、やっぱりこの2日間を締めくくる最後の曲は、あの4人で歌ってほしくて「Parade」(アルバム「PARADE」収録曲)という曲を持ってきました。私は、彼女たちが長い時間をかけて築き上げてくれた歌を本当に愛しているし、それを音源という形できちんと残したいという気持ちもあって、「Parade」をあの4人でレコーディングできたのが本当に幸せだった。この曲で「Kaji Fes.」の最後を、30年間の音楽活動における1つのゴールを飾れたのは、本当にうれしかったですね。
──「Parade」の歌詞の最後に「祝祭の歌声 空に届け」とありますが、「Fes.」と銘打っているだけのことはあるといいますか、文字通りの「祝祭」でしたね。
ちょっとできすぎな気もするんですけどね(笑)。あの歌詞は当然、「Kaji Fes.」のことは考えていなくて。ひさしぶりに、自分でも恥ずかしいほど素直に書いてしまったんですよ。結果、打ち上げ花火っぽい言葉で終わっていたのが「Kaji Fes.」のラストナンバーとしても妙にフィットして。30年間向き合ってきた音楽に対する気持ちをストレートにつづった曲を、30周年の締めくくりとして演奏できたわけで、こんなに幸せな作曲家はいないんじゃないかと勝手に思っています。
──現在、梶浦さんは全国ツアー「Yuki Kajiura LIVE vol.#20~日本語封印20th Special~」の真っ最中です。1つのゴールを迎えたからといって、別にやることは変わらないというか……。
本当にそうです。ただ、けっこう「Kaji Fes.」でやり切ってしまって「次、どうしよう?」みたいな感じになったんですよ。なので初心に帰って「日本語封印」という一番マニアックな、一番お客さんが減る形でツアーを始めています(笑)。でも、相変わらずライブはとてもとても楽しいですね。
──次に「Kaji Fes.」をやるとしたら、また10年後なんでしょうか?
年齢を考えると……身内から、「10年後、4時間いけるか自信ありません」という意見も出てきていて(笑)。そういう意味では、今回の「Kaji Fes.」は本当にはしゃいだし、バンドの皆さんにも歌い手さんたちにも無茶をさせたんですよね。私も無茶をして、2日間の演奏を終えたら爪がバキッと割れていたし、そういう無茶なライブをもう一度やるんだったら、遅くとも5年後じゃないと無理かもしれないですね。本当に、ライブもですけれど、変わらないことはないから。去年と今年は必ず何かが大きく変わっているんですよね。同じことをやりたくても何もかも同じには絶対にならない。だからこそ、そのときにやれることはやり切っておかないといけなくて。今年できていることを来年もできるとは限らないという実感がすでにあるし、いろんな意味で覚悟しなきゃいけない年齢でもあるんですよ(笑)。
──現実的な話になってきましたね。
視点を変えて、もし「『Yuki Kajiura LIVE』にいつかは行きたいな」と思ってくださる方がいらっしゃるなら、今日来ないと明日はないかもしれない(笑)。実際、明日の自分がどうなっているかなんて、自分自身にもわからないじゃないですか。だから決してネガティブな意味じゃなくて、いつまで続けられるかわからない、ひょっとしたら次はないかもしれないからこそ、後悔しないように、今やりたいことは全部やって。伝えたいことは全部伝えておかないといけないですよね。
ライブ情報
Yuki Kajiura LIVE vol.#20~日本語封印20th Special~
- 2024年6月2日(日)東京都 昭和女子大学人見記念講堂
- 2024年6月9日(日)神奈川県 神奈川県民ホール
- 2024年6月23日(日)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
- 2024年6月29日(土)大阪府 NHK大阪ホール
- 2024年6月30日(日)大阪府 NHK大阪ホール
- 2024年7月6日(土)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
- 2024年8月3日(土)埼玉県 大宮ソニックシティ大ホール
2024年11月に上海、広州、タイ・バンコク、マレーシア・クアラルンプールを巡るアジア公演も決定。詳細は後日発表。
プロフィール
梶浦由記(カジウラユキ)
1993年にユニットSee-Sawでデビュー。約2年の活動ののちソロ活動を開始し、テレビ、CM、映画、アニメ、ゲームなどさまざまな分野の楽曲提供、サウンドプロデュースを手がける。2002年には石川智晶とSee-Sawの活動を再開し、テレビアニメ「NOIR」「.hack」関連の楽曲を担当した。2003年7月にはアメリカで1stソロアルバム「FICTION」を発表。同年よりFictionJunction名義のプロジェクトをスタートさせ、2008年からはボーカルユニットKalafinaの全面プロデュースを務める。「Yuki Kajiura LIVE」と題したライブを不定期に行っている。近年はアニメ「鬼滅の刃」シリーズの劇伴および主題歌を手がけ、海外でも高い評価を得る。2023年にデビュー30周年を迎え、4月にFictionJunctionとして9年ぶりのアルバム「PARADE」を発表。12月には東京・日本武道館でライブイベント「Kaji Fes. 2023」を行い、その模様を収録したライブ映像作品「Kaji Fes.2023」を2024年5月にリリースした。
FictionJunction - 作曲家 梶浦由記オフィシャルサイト
梶浦由記 Yuki Kajiura (@Fion0806) | X