木村カエラ「MAGNETIC」インタビュー|豪華メンバーと引かれ合い、引き寄せ合って完成した約3年半ぶりアルバム

木村カエラの11thアルバム「MAGNETIC」がリリースされた。

木村にとって約3年半ぶりのオリジナルアルバムとなる「MAGNETIC」。“人を引き付ける”というテーマのもと制作された本作には、AI、ミト(クラムボン)、マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)、iri、Open Reel Ensemble、SANABAGUN.、玉置周啓(MONO NO AWARE)といった豪華メンバーとのコラボ曲を含む10曲が収録されている。音楽ナタリーは木村へインタビューを行い、本作の制作背景について1曲ずつじっくり語ってもらった。

取材・文 / 秦野邦彦撮影 / 須田卓馬

引かれ合うこと、引き寄せること

──「MAGNETIC」は3年5カ月ぶりのフルアルバムです。デビュー15周年を記念して作られた「いちご」のリリース時、「15周年の節目にすべてを壊してゼロにしたい。これからは新しいこともどんどんやっていきたい」というお話をされて、まさにこれからという矢先にコロナ禍が始まり、予定していた活動もままならなかったと思います。この3年間、カエラさんはどんなことを考えていたんでしょうか?

私は自分の変化に気付けるよう常に自分を見ている部分があるので、いろんなことが起きて自分を保つのが難しいなと思ったんです。2020年3月に「ZIG ZAG feat. BIM」というBIMくんとの曲をリリースするタイミングでコロナの感染者が増え、予定していた自分のライブが全部中止になって、歌う場所がなくなったのは大きかったですね。私は歌うことで精神を安定させているので、まずその時点でヤバいと思って、なるべく普段から歌うようにして家で過ごしていました。慣れない生活をしていく中で、「ああ、外に出れないんだ。キツいね」って気分が落ちていくだけなのは嫌だなと思っていて。今だからこそ見つけられる喜びや幸せを探したり、コロナが明けたときに自分がどうなっていたいかということをポジティブに考えたりするようになって、それが今回のアルバムに向かうきっかけになった気がしています。

木村カエラ

──アルバムを通して聴くと、タイトルの「MAGNETIC」という言葉は本作のコンセプトにぴったりだと思いました。どういうところから思い付かれたんですか?

コロナの時期って外に出ることも人と直接関わることもできなかったじゃないですか。情報を得る手段がニュースしかない。だけどニュースを見ると悲しいことだったり、それに加えて誹謗中傷だったり……いいニュースが全然なくて、ずっと見てたらおかしくなりそうな感じがしたんです。だからまずニュースを見るのをやめて、ネガティブなものを遠ざけることで「自分を保てるような状況を作ろう」「自分が楽しいと思うことをしよう」と考えるようになったんですね。もともと「次に曲を出すとしたらAIちゃんと一緒にやりたい」という思いが、2年ぐらい前から漠然とあったんですけど、直接人と会って、何かを作ったり、話したり、情報交換したり……そういう人と人との空気感をすごく恋しく感じるようになったことで、「AIちゃんと一緒にやりたい」という思いが強くなってきて。

──アルバムのリードトラック「MAGNETIC feat. AI」は、ある意味コロナ禍の影響で生み落とされた作品でもあると。

世の中のみんなが苦しい時期に「楽しんでもいいんだよ」「自分が楽しいと思うことをやっていいんだよ」というメッセージや、人との関わりの中で「引かれ合うこと、引き寄せることってすごい大事だよね?」ということを歌いたいなと思って。

──そういったメッセージがアルバム全体のテーマにもなっていったわけですね。

そうですね。もう1つは、アルバムを作るうえで、「コラボアルバムにしたい」というイメージが自分の中にあったんです。それがなぜなのかずっとわからなかったんですけど、きっと人と関わって、お互いを高めていくことが自分にとってすごく重要だったんですね。だから「MAGNETIC」という言葉を見つけた瞬間に「これだ!」と思って。周りの人に影響されて自分が悩むことがあっても、自分にとって一番の幸せは何か、一番自分らしくいられる場所は何かって考えがあれば、そこに惑わされることもない。自分の気持ちを裏返せば離れていくし、また裏返せば引き寄せることができる。ニュースを見るも見ないも自分の自由だし、ポジティブに生きていれば前を向いて進んで行けるけど、悲しいままでいたら過去の中にずっと留まる。いろんなことがポンポンポンポンってこの言葉に全部くっ付いていく感覚があって、もう「MAGNETICだ!」と思ったんです。それで「『MAGNETIC』って曲をAIちゃんとやればいいんだ」と思って、すぐオファーして。この言葉が見つかった瞬間、自分がやりたかったことが見えて、そこから一気にアルバム制作がスムーズに進みました。

木村カエラ

そうそう! 求めていたのはこれです!

──お話いただいた思いがそれぞれの曲に形を変えて反映されていますよね。ここからは、ぜひ1曲ずつお話を聞かせてください。「MAGNETIC feat. AI」は、お話にあった通りアルバムのテーマでもある楽曲です。AIさんのデビュー20周年記念のときにカエラさんはお祝いのコメントを出されていましたが(参照:AI メジャーデビュー20周年記念|AIを愛する10人のハピネス広がるプレイリスト)、AIさんはカエラさんのことを「おチビ」って呼んでるんですね。

そうなんです。身長は私とあまり変わらないと思うんですけど、なぜか「おチビ」と呼ばれてて(笑)。この曲を作り始めるときに、AIちゃんがツアーで忙しい中、会いに来てくれたんですよ。そのときに「『MAGNETIC』という曲を作りたい。これはAIちゃんとやらなきゃ意味がないと思ってるから、ぜひ一緒に歌ってほしい」という気持ちを全部伝えて。私たちは長くやってきているし、1人で歌う曲に関しては、リスナーの期待を裏切りたくないという思いもあるんですけど、2人で歌う曲では思いっ切り楽しくやりたいんです。一緒にレコーディングしたときも、すごく楽しくて「音を楽しむってこれじゃん!」と思ったし、AIちゃんが「私たちマジでMAGNETICだね」ってずっと言っていて、幸せな時間が流れていました。ほかの曲もすごく素敵なんですけど、この曲ができたことは私の中で大きかったです。それこそ15周年のときにお話ししていた「どう思われてもいいから、とにかく楽しみたいし、楽しんでることを人に伝えたい。カッコつけたり、いいこと言ったりとかじゃなく、楽しいっていうことを伝えたい」というのをすごく表現できた気がして。だからとても満足です。

──作曲はクラムボンのミトさんです。カエラさんがこういうレゲトンっぽいトラックで歌うのは新鮮ですね。

ジャンルでいうとムーンバートンって言うんですけど、私の中で明確なメロディとテンポ、ジャンプできるような感じの音のイメージがあったんです。キックの音はどんな感じがいいかとか、メロディの繰り返しはどんなのがいいかとか。それから「MAGNETIC」とか「You make me happy(あなたが私を幸せにするんだよ)」というワードを絶対に入れたいとか、いろいろお話しさせてもらって。そういうやりとりも自分の中でめちゃくちゃ明確に見えていたんです。やっぱり2年間ほぼ休んでるから、頭の中がすっごいクリアで(笑)。コロナは大変だったし、いろんなことがつらかったけど、そのおかげで成長できたとも思っていて。だからこそ形にできるものがあって、ましてやそれを楽しめる。「そうそう! 求めていたのはこれです!」って感じでした。

木村カエラ

──3曲目の「井の頭DAYS feat. SANABAGUN.」はSANABAGUN.とのコラボ曲です。初回限定盤のBlu-rayに収録されている今年2月に開催された「KAELA presents "KAELAB" Billboard Live 2022」のバンドメンバーにSANABAGUN.の澤村一平さん(Dr)、大樋祐大さん(Key)、高橋紘一さん(Tp、Flh)、谷本大河さん(Sax、Fl)が参加されていましたね。

この曲のもととなるデモがあって、これを誰にアレンジしてもらったらカッコいいかなと考えたときに、「SANABAだ……」と思ったんです。そのデモにラップのパートを足してもらって、この曲ができました。

──歌い出しの「井の頭線に乗って渋谷から下北まで いつもの仲間と同じ場所で落ち合う」という歌詞はカエラさんの実体験ですか?

そうなんです。最初のデモではサビの「どうしてわたしを焦らせるの?」の部分が「金はないのに夢はあるの 夢はあるのに金はないの」みたいなふざけた歌詞だったんです(笑)。そこからのインスピレーションで、「お金がない時期ってつらいけど、やっぱり夢を追いかけてるからハチャメチャですごくよかったよね」って歌にしようと思って。実際そこにいる時期はつらさしかないけど、そこから抜け出して夢を叶えられた今の自分と、その当時の自分を比べてみると、輝きが全然違う気がするんですよね。メラメラしてる感じとか戦ってる感じが。がむしゃらで、ぶっきらぼうで、大人なんて……みたいな感じで「私だったら絶対やれる、誰にも負けない!」みたいな気持ちで毎日過ごしてて。私、学校が終わったらすぐ井の頭線で下北沢に行って、スタジオでデモテープを作って、家に帰って、という日々を送っていたんです。若いときに通ってた場所っていいな、未完成なまま何かを追い求める姿はすごく美しいなって。

──カエラさん自身もその頃の自分と今の自分とで、変化を実感しているということでしょうか。

そうですね。デビューしてから時間が経てば経つほど完璧を求めるようになるし、人の期待に応えようとしてより完璧にしようとするけど、それってすごくつまらないことだなと思うんです。だから今回は“未完成であること”にフィーチャーして、思いっ切り楽しもうと。「ありえないかも」で同じ歌詞が2回出てきても全然気にしない。それは私の体から出てきた言葉だから。自分の中でこの曲の歌詞はこのアルバムの2個目のテーマなんです。完璧な人間よりも、未完成な部分があるほうが魅力的だなって。

──未完成であることの輝きを歌詞に込めたんですね。

SANABAの岩間(俊樹 / MC)さんと打ち合わせをした際に「お金がないときに食べていたものってなんですか? 私、白菜鍋です」みたいな会話をして(笑)。そういうワードを入れようかという案も出たんですけど、書いているうちにだんだん未完成なことが重要な気がすると思って、そこにすべてを集約させました。この曲で歌っていることは、自分が若かった頃の話に限らず、今にも通じることのような気がするんです。Instagramとか、みんな華やかな場面しか載せないじゃないですか。美しくない部分は載せない。それは私もそうだし。そういう、人が載せた華やかな写真と自分を比べてしまうことも多いけど、別に誰かと比べる必要なんてない。そういうメッセージが、いろんな人に届けばいいなと思います。

2022年12月15日更新