BTSのメンバーであるJ-HOPEの音楽ドキュメンタリー「j-hope IN THE BOX」が2月17日よりディズニープラスのスターにて配信されている。
本作は昨年7月にリリースされた彼のソロアルバム「Jack In The Box」の制作過程や、同月、J-HOPEがヘッドライナーを務めたアメリカの音楽フェスティバル「Lollapalooza(ロラパルーザ)」の舞台裏に密着したドキュメンタリー。創作活動に苦悩し葛藤する様子、理想の実現に向けて惜しみなく努力をする姿など、多くの人が思い浮かべるJ-HOPEの明るいキャラクターとは異なる一面が切り取られている。
音楽ナタリーでは「j-hope IN THE BOX」の配信を記念して、K-POPに造詣の深い音楽ライター・宮崎敬太が本作を紐解くレビュー企画を展開。映像に映し出されるJ-HOPEのキャラクターや音楽面での注目ポイントなどにフォーカスし、ドキュメンタリーの見どころを解説してもらった。
文 / 宮崎敬太
- 「j-hope IN THE BOX」
- ディズニープラス「スター」にて配信中
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解説
BTSのメンバー・J-HOPEのソロ活動に密着した音楽ドキュメンタリー。2022年7月にリリースされたソロアルバム「Jack In The Box」の制作や、同月にヘッドライナーとして出演したアメリカ・シカゴの音楽フェスティバル「Lollapalooza」への挑戦の舞台裏にカメラが密着し、普段見ることができないJ-HOPEの素顔が映し出される。
出演:J-HOPE
スタッフ:パク・ジュンス
BTSフィーバーに沸いた1年の最後、
J-HOPEは1人スタジオで行き詰まっていた
「アニョハセヨ! I'm your hope、You're my hope、I'm……」──。J-HOPEと言えば、多くの人はBTSの精神的支柱である、彼の明るいキャラクターを思い浮かべるだろう。だがディズニープラスで配信された音楽ドキュメンタリー「j-hope IN THE BOX」で捉えられていたのは、自分自身を表現するために内面と向き合い、苦悩し、努力する誠実な青年の姿だった。
本作の映像は2022年7月31日にJ-HOPEがヘッドライナーとして出演したアメリカの音楽フェスティバル「Lollapalooza」からさかのぼること221日前、2021年12月23日からスタートする。最初にカメラが回った瞬間、彼はスタジオで1人、ソロアルバム「Jack In The Box」を制作していた。笑顔はない。
2021年。世界はまだ新型コロナウイルスの強い影響下にあった。制限された日常に飽き飽きしていた人々はBTSの音楽性とストーリー、清らかなキャラクターに希望の光を見出した。音楽シーンの指標であるアメリカの音楽専門メディア「ビルボード」によると、BTSはHOT100において「Butter」で10回、「Permission to Dance」で1回、Cold Play×BTS「My Universe」で6回も1位を獲った。また年末に集計した決算チャートでもTop Artists – Duo/GroupやHot 100 Artists – Duo/Groupをはじめとする9部門で1位を獲得した。
スタジオでのワンシーン。J-HOPEは余裕のない表情でああでもないこうでもないと試行錯誤していた。年末だからか、お父さんがソウルに来ていたようだ。しかしその誘いを断った。「ごめん。今日はスタジオなんだ。曲を作らなきゃいけない」。世界で一番人気のあるグループのメンバーなら、リリースのスケジュールなんていくらでも伸ばせるはずだ。しかも完全に個人作業。いつでも切り上げられる。だがJ-HOPEはそうしない。「ぶっちゃけた話をすると、別にこれほど自分を追い込まなくても暮らしていけると思います。でも自分の性格上、それができないんです」。
マイノリティとして世界に立ち向かった
当事者の1人だからこそ書けた言葉
BTSのファンからすると「Jack In The Box」は意外な作品だったかもしれない。J-HOPEがダンスをしない。サウンドはレイドバックしたヒップホップで、リリックは内省的。自分の新しい面を見せようとしていた。彼がBTSとして世界中で見てきた景色、経験を「= (Equal Sign)」でこう歌う。
「Hate'll paralyze your mind Gotta see the other side. It costs ya nothin' to be kind. Not so different you and I. Lookin' for love in a different light Until we find that equal sign.(ヘイトは君の心を麻痺させる。反対の立場も見なきゃ。親切にお金はかからないよ。君と僕はそれほど違わない。別の光で愛を探してる。平等な記号が見つかるまで)」
今こそ世界的にK-POPの旋風が巻き起こされているが、歌って踊るアジアのアーティストを欧米人が観たとき、最初は見慣れないものとして抵抗もあっただろう。だがBTSは結果的に音楽で世界中を納得させた。少し前の日本で吹き荒れていた“嫌韓”なんて概念もすっかり吹き飛ばした。世界中に「君と僕はそれほど違わない」ことを証明してみせた。マイノリティとして世界に立ち向かった当事者の1人であるからこそ、このリリックには重みがあった。
同時に「Safety Zone」では「Where's my safe zone?(僕の安全地帯はどこだ?)」と赤裸々に歌ってもいる。現代のグローバルアイドル、特にK-POPアイドルはやや特殊な存在だ。無頼がブランディングになるラッパーや、自由気ままな生活が芸術の糧と思ってもらえるアーティストとも違う。音楽的なクオリティと同時に、ライフスタイルにも清潔さが求められる。Instagramの投稿、ミュージックビデオの表現、衣装……ほんの小さな見落としも許されない。SNS時代のグローバルスターは365日、24時間体制で品行方正さを要求される。BTSはその最も極端な例だ。
「Jack In The Box」はJ-HOPEの心境を飾らない言葉で落とし込んだ作品だ。ポジティブにしろ、ネガティブにしろ、ラッパーのリリックは常に等身大(リアル)でなければならない。借り物じゃない自分の言葉。しかも説得力が必要だ。「それはお前が歌うべきトピックじゃない」と思われてはいけない。それがヒップホップのルールなのだ。だからこそJ-HOPEはあれほどスタジオで悩んでいた。
「J-HOPEさんは一貫して謙遜されていてすごく優しい」
本編には「Jack In The Box」のリスニングパーティの準備から当日までの舞台裏の模様が収められている。リスニングパーティとはファッションショーのようなニュアンスを想像してもらえばいいだろう。各界のセレブリティを集めて、自身の作品をいち早く聴いてもらう場所。J-HOPEは「Jack In The Box」を名刺代わりに、国内のミュージシャンたちを招いて交流を図りたいという意図があったようだ。実際、会場にはBTSのメンバーはもちろん、ZICO、Tiger JK、ファン・ソユン(SE SO NEON)、BIBI、HEIZE、キッド・ミリ、Gaeko、GIRIBOYなど、そうそうたるゲストが遊びに来ていた。
印象的だったのは、J-HOPEが音響はもちろん、合間を縫ってフードやドリンクまでを自分でチェックしていること。彼にとってはパーティのオーガナイズも表現の1つ。ディテールにこだわる。このドキュメンタリーを観ると、我々が目にする華やかな部分は活動のほんの一部でしかないことがわかる。それ以外は常に生みの苦しみと向き合っていた。パーティが終わるとスタッフ1人ずつに挨拶していた。彼からすると、セレブリティだろうが、配膳係だろうが関係ない。そんなフラットな姿勢が垣間見えた。
また本編でも少し触れているが、J-HOPEはリスニングパーティの前日にYouTube番組「IUの Palette」に出演している。ここでIUが興味深い発言をしていた。「J-HOPEさんはすごく謙遜されていると思います」「(番組出演はJ-HOPEにとってプロモーション)スケジュール(の一環)じゃないですか。だから別に全力を尽くさなくてもいいのに。でも今回J-HOPEさんが番組に参加してくれる姿を見て、一貫して謙遜されていてすごく優しいんです。だから(「Jack In The Box」のような)歌詞が出てくるんだろうなと思いました」。ちなみにJ-HOPEは収録前に時間を作って、番組に登場するバンドと練習室で一緒に事前セッションをした。これは番組史上初のことだという。
ムードメーカー・J-HOPEと素のチョン・ホソク
ドキュメンタリーの後半を占めるのは、J-HOPEが「Lollapalooza」の出演に向けて準備する様子だ。「Lollapalooza」はアメリカの音楽的ダイバーシティを体現したフェスである。90年代にスタートしたフェスということもあり、ロックバンドが中心だが、近年はオルタナティブなスタンスのラッパーもたくさん出演している。
過去のヘッドライナーはケンドリック・ラマー、ポール・マッカートニー、Metallica、Radiohead、Arctic Monkeys、Vampire Weekend、The Strokes、チャイルディッシュ・ガンビーノ、Foo Fightersなどなど。つまりJ-HOPE、そしてBTSは世界的にこのレベルと同格として捉えられている。ちなみに2022年はJ-HOPEの裏がGreen Dayだった。
そんな大スターであるにもかかわらず、J-HOPEは誰かといるときはいつも笑顔だ。思い詰めた表情を見せるのは1人のときだけ。食事のシーンではみんなに食べ物を分ける姿も。練習シーンでもみんなの前では常にムードメイカーだった。厳しさを向ける対象は己のみ。
「BTSとしていつも悩んでいました。(J-HOPEとしての)ソロコンサートはなかったので、果たしてソロとしての初公演で主役(ヘッドライナー)を務めていいのか。そういう怖さはありました。目標も大きかったんです。“僕は今回の音楽でなら観客と十分に通じ合える”“うまく見せられる”という自信がありました。自信過剰かもしれませんが」BTSとしての悩みを音楽に昇華した「Jack In The Box」を通してなら観客とも通じ合える。「Jack In The Box」のルーツを探るうえで重要なシーンがある。それはJ-HOPEの出番の前日。バックステージでフェスを楽しんでいた。そしてロールモデルとしてリスペクトする人物に挨拶に行く。それがJ. コールだ。
J. コールに挨拶するJ-HOPEの姿は、ただの“ヘッズ(ヒップホップ好きを指す言葉)”チョン・ホソク(J-HOPEの本名)だった。「一緒に写真撮ってもいいですか?」「『Friday Night Lights』が大好きです!」などと興奮して話す様子は微笑ましかった。純粋に音楽が好きなんだろうなと思った。ちなみにこの「Friday Night Lights」はJ. コールが2010年に発表した最初のミックステープ。J. コールはUSヒップホップのスキャンダラスでバイオレンスな表現と一定の距離を保ちながら、自身のクリエイティビティを貫いてトップアーティストになった数少ないラッパーの1人だ。思えば「Jack In The Box」のサウンド感やノリは、90'sのUSヒップホップをベースに現行のサウンドを表現するDreamvilleのバイブスにかなり近い。J-HOPEが目指す次のステージのヒントはこのあたりにあるのかもしれない。
「運命に任せてここまで来た」の裏にあるJ-HOPEの人柄
J-HOPEは不安なときほど人となりが出るように思う。例えば、シカゴに到着して現地のダンサーとセッションしたとき。ノリやシンクロの面で納得できるクオリティではなかった。だがダンサーたちには嫌な表情ひとつ見せなかった。これはバンドや映像チームに対しても同様で、ディテールの修正ポイントだけ指示して、あとはチームの力を信じる。時間がない中での練習でも、ダンサーたちを気遣い、終わったあとは1人ひとりに丁寧に挨拶した。その結果、直前のリハまでにチームはJ-HOPEを満足させるクオリティに仕上げてきた。
またこんなシーンもある。「Lollapalooza」の当日。緊張のせいか、J-HOPEは「朝、リハをやりすぎたかな」と浮かない表情を見せていた。リハをしすぎて本番で声が枯れてしまうのではないかと不安になってしまったという。そこにBTSのメンバー・JIMINが訪れる。JIMINが「そろそろ(楽屋を)出ようと思ってたんだ。ナーバスになってるから」と言うと、それを遮ってJ-HOPEは「僕はむしろ楽になれるよ」と、結局本番直前までずっと一緒にいた。翌日のインタビューで、JIMINが来てくれたおかげで不安がどこかに吹き飛んでしまったと話していた。
「j-hope THE BOX」を観た多くの人は、彼の謙虚で真面目で人懐っこい姿に驚くだろう。自信はあるが傲慢ではない。本人は「運命に任せてここまで来た」と謙遜していたが、その裏には努力とこだわり、信念、不安、悲しみが間違いなくあった。そうでなければ「Jack In The Box」のような歌詞は書けない。「j-hope IN THE BOX」にはBTSがダイバーシティを包摂した2020年代のアイコンとなった理由の一端が描かれている。現在のK-POPを取り巻く世界的な状況と、その裏側を同時に観ることができる貴重な作品だ。
同じくディズニープラスではBTSのLA公演「BTS: PERMISSION TO DANCE ON STAGE – LA」も見放題配信中。ぜひ合わせてご鑑賞を!
プロフィール
J-HOPE(ジェイホープ)
1994年2月18日生まれ。韓国・光州広域市出身のダンサー、ラッパー、歌手。本名はチョン・ホソク。芸名であるJ-HOPEは、自身の名前の頭文字である“J”と希望を意味する“HOPE”を掛け合わせたもの。2010年にBig Hit Entertainment(現:BIGHIT MUSIC)に練習生として入所し、2013年に防弾少年団(現:BTS)のメンバーとしてデビューを果たす。BTSのメンバーとして活動する傍ら、2018年にはミックステープ「Hope World」、ベッキー・Gを迎えたシングル「Chicken Noodle Soup」を発表するなど、ソロ活動も精力的に行う。2022年7月には、1stソロアルバム「Jack In The Box」をリリース。同月にはアメリカ・シカゴで開催される音楽フェスティバル「Lollapalooza」に出演し、同フェスの30年の歴史の中で初めて、韓国人アーティストとしてメインステージのヘッドライナーを務めた。