「SUGA: Road to D-DAY」BTS・SUGAの旅路をたどる

BTSのメンバーであるSUGAの音楽ドキュメンタリー「SUGA: Road to D-DAY」が4月21日よりディズニープラスのスターにて配信されている。

本作はSUGAが現在取り組んでいるソロアルバム制作やコンサートツアーを同時に行うプロジェクトの一環として、世界を旅する彼の姿を収めたロードムービー。SUGAは韓国のソウルや平昌、春川のほか、アメリカ・ラスベガスや東京などを訪れ、各地の人々との交流を通じてソロアーティストとして新しい音楽ジャンルを探求するとともに、自身の夢や新たな目標を手繰り寄せていく。

音楽ナタリーでは「SUGA: Road to D-DAY」の配信を記念し、本作の“副読本”として楽しめる特集を展開。SUGAが訪れた都市を描いたワールドマップ、彼の音楽面での歩みを記した年表、そして音楽ライター・宮崎敬太によるレビュー企画、という3つのコンテンツをお届けする。

文 / 宮崎敬太

「SUGA's ROAD TRIP」
「SUGA: Road to D-DAY」
ディズニープラス「スター」にて配信中
© 2023 BIGHIT MUSIC & HYBE. All rights reserved.
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解説

BTSのリードラッパーであるSUGAに焦点を当てた音楽ドキュメンタリー。ソロプロジェクトの一環として韓国のソウルや平昌、春川のほか、アメリカ・ラスベガスや東京を訪れるSUGAの“音楽の旅”に密着する。旅の中で出会う人々との交流を通じて、SUGAがソロアーティストとして新しい音楽ジャンルを探求するとともに、自身の夢や新たな目標を手繰り寄せる姿が映し出される。

SUGA's ROAD TRIP

「SUGA: Road to D-DAY」は、SUGAの“音楽の旅”を追ったロードムービー。彼は韓国・春川に始まり、アメリカ、日本の各所へ足を運び、現地の人々やアーティストとの交流を通じて自身のソロアルバム「D-DAY」を作り上げていく。

SUGA's ROAD TRIP

History

1993.3.9

韓国生まれ。小学校5年生からラップを書き始める。

2010

ラップオーディションに参加。合格してBig Hit Entertainmentに練習生として入所。

2013.6.13

BTSのデビューシングル 「2 COOL 4 SKOOL」にてSUGAとしてデビュー。タイトル曲「No More Dream」の作詞をRM、J-HOPEらとともに手がける。

2015.4.29

BTSの3rdミニアルバム「花様年華Pt.1」がリリースされる。タイトル曲「I NEED U」のほか、アルバム内の過半数の作曲を手がける。同年11月には「花様年華pt.2」を発表。大ブレイクのきっかけとなった。翌年5月にはリパッケージアルバム「花様年華 Young Forever」を発表。

2016.8.16

Agust D名義でソロミックステープ「Agust D」をストリーミングサイトに無料公開。オールドスクールからトラップまで、自身のクリエイティブのルーツであるヒップホップ楽曲が収録された。

2017.12.2

プロデューサーとして「2017 Melon Music Awards」ホットトレンド賞を受賞。

2018.1.31

KOMCA(韓国音楽著作権協会)の正会員に昇格。

2020.5.22

Agust D名義で2作目のミックステープ「D-2」をストリーミングサイトに無料公開。タイトル曲「Daechwita」で韓国伝統楽器・大吹打をサンプリングし、Billboard Hot 100とBillboard 200への同時ランクインを初めて果たした韓国ソロアーティストとなる。

2023.2.15

SUGAワールドツアー「SUGA | Agust D TOUR」開催決定。4月26日から6月25日まで、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、オークランド、ジャカルタ、バンコク、シンガポール、横浜、ソウルで公演を行うことを発表。

SUGA
2023.2.20

BTSのグラビアプロジェクト「Special 8 Photo-Folio」において、SUGAのソログラビア「Wholly or Whole me」公開。翌月にはSUGAの考え方や嗜好が反映された写真集「Special 8 Photo-Folio Me, Myself, and SUGA 'Wholly or Whole me'」が発売された。

2023.4.21

ソロアルバム「D-DAY」リリース。
ドキュメンタリー「SUGA: Road to D-DAY」配信開始。

REVIEW

「やりたいことがないのが悩みです」

「SUGA: Road to D-DAY」はSUGAの衝撃的な独白から始まる。ある種の燃え尽き症候群かもしれないし、誰にでも訪れる停滞期なのかもしれない。彼は「D-DAY」の制作が進まないことに苦悩していた。本作には、そんなSUGAが気分転換を兼ねて音楽とともに世界を旅する様子がとらえられている。

「j-hope IN THE BOX」にも似たシーンがあったが、BTSは世界中で公演を行っているものの、街を散歩したり、名所を観光したり、ゆっくりと時間を過ごすことがほとんどなかったようだ。SUGAがデビューしてからプライベートで旅行するのは今回が初めて。「ラスベガスは1年中暑いのかと思ってた」と話す。これまではホテル、スタジオ、会場を絶え間なく車で移動していたのだろう。何気ないひと言から我々が愛するK-POPスターの過酷なライフスタイルを垣間見ることができる。

彼はアメリカの広大な景色を見たあと「僕は出歩くのが好きじゃないと思っていました。誰にも止められてないのに、長期休暇でもどこにも行かずアルバム作りをしてました。なぜ自分で自分の行動を制限するのかな?」と自問自答した。

そんなSUGAの姿勢を象徴するかのようなシーンがある。BTSのバラエティ番組「IN THE SOOP」の撮影で春川に来ていたとき、空き時間にSUGAは小さな控え室で独り作曲作業をしていた。JIMINが「怒涛の録音中?」と尋ねてくる。その瞬間、SUGAは張り詰めた作曲モードから解放される。おそらくSUGAはどこでもこんな感じなのだろう。常にMacBookを開いてなんらかの作業をしている。このドキュメンタリーでもほとんどのシーンで愛用のMacBookを開いている。

© 2023 BIGHIT MUSIC & HYBE. All rights reserved.

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SUGAはシンプルに音楽や作曲が好きなのだろう。BTSの世界的大ブレイクを「まったく想像してなかった」と語る。その言葉に偽りがないのは表情から読み取れた。自分たちの音楽がアメリカで評価されたら誰だってうれしい。アジア人ならなおさらだ。アメリカでは現地の在外韓国人に「韓国を広めてくれてありがとう」「あなたは誇りだ」と称賛された。この気持ちは同じアジア人である僕らにもわかる。

だがそれは同時にSUGAの音楽に「まったく想像してなかった」類の責任が付帯することでもあった。「最初は目標に向かって進んでても、気付けば別のことをやってる」。SUGAはBTSで誠実に活動するためにソロプロジェクト・Agust Dを始めた。そんな自分が何をすべきか、「1つに絞る必要はない」と頭ではわかっているものの、道はまだ見えなかった。

旅先で彼はミュージシャンたちのもとにも足を運んだ。ロサンゼルスでは巨大なトラポリンから特注の機材だらけのスタジオまで備えたスティーヴ・アオキの邸宅へ、マリブではささやかなホームパーティを開催してくれたホールジーのところへ。アンダーソン・パークはSUGAが到着するなり頬にキスし、何杯も焼酎で乾杯し、音楽談義に華を咲かせた。帰り際にSUGAは赤ら顔で「(アンダーソン・パークは)ホールジーに匹敵する天使だ」と語った。

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SUGAは勉強の一環として彼らのスタジオに行ったのだろう。実際、「実は彼らのスタジオを訪れる必要はなかったんです。韓国に戻ったほうが落ち着いて作業できます。だけどアメリカのポップミュージックは世界一だからね。曲が生まれる環境を見てみたいと思ったんです」と話していた。

もちろん創作に産みの苦しみはつきものだ。だが、それだけじゃない。SUGAはエンジョイしていた。「韓国でもあんな雰囲気で曲作りはできるはず。ノリのいい人はいるから」──そうして「D-DAY」への大きなヒントを得た。

だがやはりSUGAはうまく制作を進めることができない。とにかく真面目なのだ。「曲の流行のサイクルは早いから作り続けないと。すぐに忘れられる」「ミュージシャンの寿命は短い。アイドルの寿命は7年と言われています。実際に7年売れ続けるのは難しいです」という焦燥が念頭にあるからだ。彼は自身が常に制作に取り組んでいる理由について、ストックさえあればアイデアが出ない状況に陥ってもすぐに対応できるから、とも語っている。

さらにコラボレーションについて相手への配慮も欠かさない。「ほかのアーティストたちがどんなスタイルを求めているのか確認しながら作業を進めています。それに聴く人にも僕がプロデュースした曲を“いいね”と思ってほしい。実力を証明したいという思いもあります。どれくらいやるべきかを考えると多すぎて言葉が出ません」。SUGAは目の前にあるMacBookの画面を遠い目で見つめた。

© 2023 BIGHIT MUSIC & HYBE. All rights reserved.

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SUGAは自然あふれる平昌の一軒家に仲間のミュージシャンを集めて「D-DAY」の仕上げを行った。アンダーソン・パークがやっていたように、リラックスして、みんなでお酒を飲んで、ごはんを食べて、会話しながら作っていく。

「成功して稼いで時計や車を手に入れてもちっとも心が満たされません。成功者だからそう言えると思われるかもしれないけど、実際楽しくないんです。でも仲間と曲を作ることは楽しんでます。1日のうち12時間も打ち込めることなんてそう多くない。幸せなことです。“音楽をやめたい”と1日に何度も考えるのに、みんなで集まると長時間集中できます」

そんな彼は日本に滞在した際、坂本龍一を訪ねる。シャイなSUGAは挨拶もそこそこに「先輩からインスピレーションを受けた曲です」と「D-DAY」の収録曲「Snooze」を聴いてもらった。韓国語がわからない坂本は歌詞の意味を尋ねる。すると「居眠りをしても大丈夫だという内容です。『堕落が怖いなら受け止める』という歌詞など(もあります)。ミュージシャンは決して楽な仕事ではありません。食事や睡眠の時間を犠牲にして働いてる若い後輩も多いです。ときどき、そんな後輩たちが僕やBTSを見て夢を抱いたと言ってくれます。僕の曲を聴いて音楽を始めたと言ってくれる後輩もいます。そんな後輩に伝えたい曲です」と説明した。

すると坂本は「素晴らしい」と話し、「同時に自分に対してもケンチャナと言ってるようにも感じるな」とSUGAを笑顔で包み込んだ。2人はさまざまな話をした。すると、ドキュメンタリーの冒頭では「やりたいことがない」と語っていたSUGAが夢を語り始める。その内容は本編で確認してほしい。坂本は「自分も同じだ」と、とても穏やかな表情で話していた。この対話がSUGAの悩みに対するアンサーになったように思える。つらいけど好き。好きだけどつらい。SUGAの中にあるアンビバレンスが対話によって解消された。そのままでいいんだ、と。その帰り道、SUGAは「先輩のようにずっと音楽をやっていたい」と噛み締めるように話していた。

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アメリカでスティーヴ・アオキ、ホールジー、アンダーソン・パークに会ったあと、SUGAはこう言っていた。「普通の人でした」と。先輩も自分とそれほど変わらなかった。みんな、音楽が好きな“普通の人”だった。

SUGAは「D-DAY」というアルバムで、自分と音楽の距離感を見つめ直したかったのではないだろうか? 自分はただ音楽を作るのが好きな“普通の人”なのに、世の中は自分にシンプルな二元論を強いていくるように感じる。だけど自分はもっと複雑なレイヤーで構成されている。白のときもあれば、黒のときもあるし、グラデーションを描いているときもある。おそらくSUGAはその複雑さを肯定する音楽を形にしたかった。

「SUGA: Road to D-DAY」は対話とセッションを経てSUGAが「D-DAY」を紡ぐまでの記録映像だ。アルバムタイトルには「ネガティブな思考から解放される日」という思いが込められている。ひと口にネガティブな感情と言っても、それは単純なものではない。本作ではSUGAの苦悩の日々が描かれたあと、そのアンサーとなる楽曲がスペシャルなバンドセッションバージョンで挿入される。しかも字幕付きなので曲に込められたメッセージや感情の機微をダイレクトに感じることができるのだ。

SUGAは現代の思想家であると思う。個人的には「今はクリック1つで情報を得られる時代です。人々は想像しなくなり考えなくなりました。(『D-DAY』は)そんな情報社会からの解放でもあります。技術の発展によって世界中の出来事をすぐ知ることができます。でもむしろその状況が僕らの生活を縛りつけているように感じました。人目を感じず好きに生きなきゃ」という発言に感銘を受けた。

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そして「Haegeum」ではこうも歌っている。「僕らを縛るのはなんだ 僕ら自身かも 資本の奴隷 金の奴隷 憎悪と偏見の奴隷 YouTubeの奴隷 自慢の奴隷 エゴと欲望が暴れる 目を閉じれば楽 利益で別れる見解 嫉妬で分別を失う 互いに足かせをはめて情報の波に飲み込まれるな 自由と身勝手は違うものだから」。どの言葉も我々の心に刺さる。現代社会において自由と想像力は不可分なのだ。

さらにSUGAは「不安は友達です」とも話す。「予想以上の結果も不安でした。ツアーの中止も、『Dynamite』のヒットも不安でした」「未来を知らないので(今も)不安です」と。行動すれば不安になる。じゃあ何もしないで独り部屋にこもっているのが幸せなのか? 残念ながら人間は独りで生きられない。

では私たちはどうすればいいのか。その答えが「SUGA: Road to D-DAY」なのだと思う。シャイで不器用なSUGAはいつも独りで音楽を作っていた。そんな彼が旅に出た。友達と話した。乾杯した。また仕事をした。悩んだ。先輩に相談した。「ケンチャナヨ」。それでも不安はいなくならないが、なんだか救われた気がした。結局、私たちは目の前の暮らしに全力を尽くすしかないということだ。「不安は友達」──生真面目で繊細なSUGAらしい表現だ。先のことなんて誰もわからない。ならば今を好きに生きる。特別な人なんていない。みんな普通の人。そんな想像を促すために、SUGAはこのドキュメンタリーを作ったような気がする。ARMYはもちろんだが、K-POPに興味を持ち始めたばかりの人、日々違和感にさいなまれている人にも観てもらいたい。

プロフィール

SUGA(シュガ)

1993年3月9日生まれ。韓国・大邱広域市出身の歌手。本名はミン・ユンギ。2010年にBig Hit Entertainment(現:BIGHIT MUSIC)に入所し、2013年に防弾少年団(現:BTS)のメンバーとしてデビューを果たす。2016年にソロでの活動名であるAgust D名義でソロミックステープ「Agust D」をストリーミングサイトに無料公開。2023年4月にはこの名義でソロアルバム「D-DAY」をリリースした。同月より6月下旬にかけて世界を巡るワールドツアー「SUGA | Agust D TOUR」を開催する。


2023年4月27日更新