音楽ナタリー Power Push - イナメトオル
8年目の大きな挑戦 40mPがシンガーソングライターになった理由
ひと言で説明できるくらいテーマがはっきりした歌詞
──今回のアルバムは、どんな作品にしようとイメージしていましたか?
先ほども言ったように自分はコンポーザーだっていう意識が第1にあるので、「イナメトオルっていうアーティストをプロデュースをするなら、どんなアルバムにしたらいいか」ってことを考えながら作ってました。なので、40mPとしてボカロ曲を書くときと、曲を作るスタンスはあんまり変わってないかな。ボカロのアルバムのときもそうなんですけど、僕は全体を通して見て「こういうテイストの曲が足りないから補わなきゃ」みたいなことを考えながら曲を作るんです。作家的な視点で作った曲に、シンガーとしてイナメトオルが歌を入れる、みたいなアルバムになったと思います。
──「歌いたいことがあるから曲を作る」という動機とは少し違って、プロデューサーとしての自分が歌手としての自分をプロデュースしている状態なんですね。たぶん一般的なシンガーソングライターがアルバムを作るときに、そういう考え方をする人は少ないんじゃないかなという気がします。
まあ、自分が作った曲を自分で歌うんだから、あえて意識しなくても当然自分らしい曲になるだろうとは思うので。何を歌いたいかということよりも、できあがるものが一辺倒にならないように、自分のいろんな引き出しを開けることを意識しました。
──それは確かに感じました。新曲について言うと、冒頭の3曲は“40mP節”というか、みんなが好きであろう40mPさんのテイストだなと感じたんですが、中盤の新曲は今までにない引き出しを積極的に開けている印象があって。
そうですね。よく聴いていただいてありがとうございます(笑)。特に「エイリアンガールフレンド」「エム」は、今までやったことのない曲に挑戦してみようって考えながら作りました。
──やっぱりそうなんですね。「エイリアン~」は四つ打ちのダンスロックだし、「エム」のほうはエッジーなギターロックで、どちらもこれまでにないアプローチだなと思いました。ちなみに曲調だけでなく、歌詞についても「いろんな引き出しを開ける」という狙いはあったんですか?
歌詞はどの曲に関しても、「これはこういう曲です」ってひと言で説明できるくらいテーマがはっきりしたものにしようと意識してます。「エム」だったら「ドMな男の子の歌」とか。今まで自分が作ってきた曲は、明確なテーマが確立しているものと、自分の心情を叙情的に歌ったものの2種類に分かれるんですけど、今回のアルバムにはテーマ性が強いものだけを入れています。
──ああ、そういえば。
あと実は全曲、一人称を「僕」、二人称を「君」に統一しているんです。その「君」の対象は恋人であったり我が子であったり曲によって違いますけど、どの曲にも「僕と君」の2人がいるんですよ。やっぱりボカロに歌わせるとどうしてもボカロの視点の曲になっちゃうんですけど、今回は僕自身の声で歌うので、自分の大切な人をイメージしながら「君」って歌えたらいいなと思って曲を書きました。
自分の声について哲学的なくらい考え込んでた
──もともと自分が歌うつもりで作ったわけではない過去のボカロ曲を、改めて自分で歌ったことで発見したことは何かありますか?
ありますね。最後の「少年と魔法のロボット」は歌うのが難しい曲だな、とか。というのも、これはボカロが歌うことによって完成する曲なので、それを人間が歌うときにどう歌えばいいのかがわからなくて。
──ああ、確かに。
結局着地点として、原曲のアンサーソング的なイメージで歌いました。この曲は「ロボット」はVOCALOID、「少年」はボカロPのことをそれぞれ比喩してるんですけど、ボカロPである自分の立場でVOCALOIDことを思いながら歌えばいいんじゃないかって。
──「少年と魔法のロボット」を最後に置いたのは、やっぱりこの曲に特別な思い入れがあるからですか?
そうですね。「ボカロと出会うことによって音楽の楽しさを知る」っていう曲のテーマが、完全に今の自分そのものなので。「選曲しないわけにはいかない」ってくらいの位置付けの曲ですね。
──歌ってみて自分の中で手応えを感じた曲はありますか?
「からくりピエロ」はホントに、今まで何回リメイクしたんだってぐらい録音して、ライブでも何度も演奏してる曲なので、最近は逆に演奏しすぎてどういう曲なのかを見失いそうになっていたんです。録り直すにあたって歌詞を自分の中でももう1回消化して、「失恋の歌だよな」っていう前提から再認識した上で、それを自分の声で表現するにはどんな歌い方がいいんだろうって考えたんです。4月にYouTubeにMVをアップしたんですけど、実は今回のアルバムに収録するにあたって何回も何回も歌い直してて。
──あ、そうなんですか。
全体的に録り直しました。MVの音源はまだ歌い方を模索してる段階のものだったから、比べて聴くとアルバムの音源とはけっこう違います。より歌詞の内容を表現できる歌にできたかなっていう意味で、「からくりピエロ」は自分の中では手応えはありますね。あとは「エイリアンガールフレンド」も手応えというか、完成度が高いものにできたと感じてます。この曲だけバンドでレコーディングしていなくて、打ち込みとギターだけなんです。ずっとバンドサウンドで曲を作り続けてきたから、そういう作り方をあんまりやったことなかったので。リズムも生ドラムじゃなくてシンセドラムの音色を選んでダンス調にしてみたんですが、わりといい感じになったなって満足してます。
──いろんな引き出しを開けながらこのアルバム完成させて、「イナメトオルってこんなボーカリストなんだな」っていうのは自分の中でつかめましたか?
自分の声にちゃんと向き合い始めてから1年も経ってないぐらいだから、まだちゃんとはつかめてないです。歌い方もまだ定まってないし。さっき言ったように「からくりピエロ」は何回も歌い直したんですが、そうしているうちに「自分の声ってなんなんだろう?」ってことを哲学的なくらい考え込んじゃって(笑)。でもそれぐらい煮詰めただけあって、「イナメトオルってこういう声なのかな」っていうのをちゃんと音源にできたかなって思ってます。だから次からはきっと、作曲の段階で自分の声をちゃんと意識しながら作れるんじゃないかな。まあ今回は、あんまり声に縛られないで曲を作れたので、むしろいい面もあったとは思うんですけど。
──ボーカルの個性は、今後ライブを重ねていけばさらに定まってくるかもしれないですね。
うん、そうですね。
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- メジャーデビューアルバム「1.7m」 / 2015年11月4日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
- 「1.7m」
- 初回限定盤 [CD2枚組] 3240円 / GNCL-1260
- 通常盤 [CD] 2700円 / GNCL-1261
収録曲
- 始発電車
- 神様のおくりもの
- 恋愛マニュアル
- シリョクケンサ
- 夢の中の恋人
- ジェンガ
- はじめての涙
- エイリアンガールフレンド
- エム
- 恋愛裁判
- からくりピエロ
- ブラウンシュガー
- 少年と魔法のロボット
初回限定盤付属CD収録内容
- 夢地図
- 恋愛マニュアル
- 春に一番近い街
- からくりピエロ
- 少年と魔法のロボット
イナメトオル / 40mP
(イナメトオル / ヨンジュウメートルピー)
2008年からニコニコ動画にVOCALOIDを使用したオリジナル曲の投稿を開始。「Melody in the sky」の動画で使用された初音ミクのイラストが、周囲の建物と比較して巨大に見えると視聴者に指摘されたことから「40mP」と呼ばれるようになる。以降は人気ボカロPの1人として「からくりピエロ」など数多くのポップソングを発表。2012年からは、7人の歌い手と生バンド、ストリングス、ブラス、コーラス隊を率いたホールコンサート「虹色オーケストラ」を不定期で開催する。2013年夏にはNHK「みんなのうた」のオンエア曲に「少年と魔法のロボット」が選ばれ、ボカロ曲の採用が番組史上初ということもあって大きな話題になる。2015年からは「イナメトオル」名義でシンガーソングライターとしての活動を開始。「虹色オーケストラ」でタッグを組んでいる盟友・事務員G(Piano)や[TEST](G)、mao(B)、ショボン(Dr)をバンドメンバーに迎えて、同年11月にNBCユニバーサル・エンターテイメントからメジャーデビューアルバム「1.7m」をリリースした。