音楽ナタリー Power Push - イナメトオル
8年目の大きな挑戦 40mPがシンガーソングライターになった理由
「からくりピエロ」など数々のVOCALOID楽曲を生み出したボカロP、40mPが「イナメトオル」名義でシンガーソングライターとしての活動を開始。NBCユニバーサル・エンターテイメントからメジャーデビューアルバム「1.7m」をリリースした。
このアルバムにはイナメトオルとしてのオリジナル曲のほか、過去にVOCALOID楽曲として発表された「シリョクケンサ」「ジェンガ」「からくりピエロ」「少年と魔法のロボット」などの人気曲のセルフカバーも収録。ボカロPとしての活動を通して広く知られるようになったソングライティングのセンスのみならず、これまであまり知られていなかったボーカリストとしての彼の魅力も感じさせる1枚になっている。
自身が監修するホールコンサート「虹色オーケストラ」でステージに立つことはあったものの、「自分はあくまでもコンポーザー」という思いから、フロントマンになることに対してかつては消極的な姿勢を見せていた40mP。そんな彼がなぜ自らマイクを持ち、ソロシンガーとしてデビューするに至ったのか、本人から詳しく話を聞いた。
取材・文 / 橋本尚平
自分の曲を自分自身で届けることがすごく楽しいって気付いた
──ボカロPとして活動を開始した人が後に自分でも歌い始めるっていう例は今までもありましたけど、それをまさか40mPさんがやるとは思わなかったので、すごくビックリしたんです。
はい。
──というのも、2013年の「虹色オーケストラ」神戸公演で40mPさんが「はじめての涙」を歌っていて、それについて僕が翌日のインタビューで「いい歌声だったと思うんですが、全曲自分で歌うことには興味ないですか?」と聞いたら、「今のところないですね。自分はあくまでもコンポーザーだから」と断言していたので(参考:40mP & 事務員G「虹色オーケストラ」インタビュー)。
そうですね。言いましたね。
──何がきっかけでボーカリストになろうと思ったんですか?
虹オケで歌ったことは、大きなきっかけの1つだったなと思ってます。それまで人前で歌ったことはほとんどなかったし、きっかけも勇気もなかったからチャレンジする気もなかったんですけど、虹オケを通して自分の曲を自分自身で届けることがすごく楽しいって初めて実感できたので。そして去年の6月に、軽い気持ちで「恋愛裁判」の“歌ってみた”を自分でアップしてみたんです。それが思った以上に受け入れられた感触があって。それが自信になって、「また歌に挑戦してみよう」と思って始めたのがイナメトオルなんです。
──「自分はあくまでもコンポーザー」という気持ちに変化があったんですか?
それは今も変わってないです。イナメトオルの活動も「自分の歌声をみんなに聴いてほしい」というよりも「自分の曲をみんなに届ける手段として、自分の声も選択肢にあるならそれに挑戦してみたい」という気持ちで始めました。僕は死ぬまでずっと曲を作り続けていきたいっていう思いが大前提にあって、そのためには今後ボカロだけでなくいろんな可能性を広げる必要があると思うので。
顔を隠して活動するわけにはいかないだろう
──なるほど。とは言っても、今までずっと顔の露出も極力控えながら活動していた人が、ソロアーティストとして一気に表舞台に出てきたわけで。その1歩を踏み出すのは簡単に決断できることじゃなかっただろうなと思いますが。
そうですね(笑)。まあリアルな事情を言うと、サラリーマンをやっていた時代は顔を出せなかったっていうのがあるんですけど。でも確かにイナメトオルを始めたら、今までと比べものにならないくらい自分の姿の露出が増えましたよね。自分の中でイナメトオルは、ボカロPでも歌い手でもなく、シンガーソングライターとして挑戦したいと思っていたんです。だとすれば、顔を隠して活動するわけにはいかないだろうって。
──そもそも虹オケがなかったら今も顔出しをしていなかったかもしれませんね。VOCALOIDと出会ったことで一変した人生が、虹オケを始めたことでまた大きく変わった、という感じでしょうか。
それは間違いないですね。挑戦するまでもなくあきらめていたことに、「ちょっと1回やってみようかな」という気持ちにさせてくれたのは、やっぱり虹オケだったので。
──ちなみに「シンガーソングライターになろうと思う」っていう話をしたときに、家族やメンバーなど周りの反応はどうでしたか?
自然に受け入れてくれたんじゃないかなと思います。この活動を始めるときに一番相談したのが事務員Gさんなんですけど、事務員さん含めバンドメンバーから背中を押してもらったという感覚があるので。ただ、ここまで本格的にやろうとしてるって思ってた人はあんまりいなかったかもしれないです。実はけっこう真剣に活動しようとしてる、っていうのは、みんな徐々に「あー、そうだったんだ」って気付いたんじゃないかな(笑)。
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- メジャーデビューアルバム「1.7m」 / 2015年11月4日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
- 「1.7m」
- 初回限定盤 [CD2枚組] 3240円 / GNCL-1260
- 通常盤 [CD] 2700円 / GNCL-1261
収録曲
- 始発電車
- 神様のおくりもの
- 恋愛マニュアル
- シリョクケンサ
- 夢の中の恋人
- ジェンガ
- はじめての涙
- エイリアンガールフレンド
- エム
- 恋愛裁判
- からくりピエロ
- ブラウンシュガー
- 少年と魔法のロボット
初回限定盤付属CD収録内容
- 夢地図
- 恋愛マニュアル
- 春に一番近い街
- からくりピエロ
- 少年と魔法のロボット
イナメトオル / 40mP
(イナメトオル / ヨンジュウメートルピー)
2008年からニコニコ動画にVOCALOIDを使用したオリジナル曲の投稿を開始。「Melody in the sky」の動画で使用された初音ミクのイラストが、周囲の建物と比較して巨大に見えると視聴者に指摘されたことから「40mP」と呼ばれるようになる。以降は人気ボカロPの1人として「からくりピエロ」など数多くのポップソングを発表。2012年からは、7人の歌い手と生バンド、ストリングス、ブラス、コーラス隊を率いたホールコンサート「虹色オーケストラ」を不定期で開催する。2013年夏にはNHK「みんなのうた」のオンエア曲に「少年と魔法のロボット」が選ばれ、ボカロ曲の採用が番組史上初ということもあって大きな話題になる。2015年からは「イナメトオル」名義でシンガーソングライターとしての活動を開始。「虹色オーケストラ」でタッグを組んでいる盟友・事務員G(Piano)や[TEST](G)、mao(B)、ショボン(Dr)をバンドメンバーに迎えて、同年11月にNBCユニバーサル・エンターテイメントからメジャーデビューアルバム「1.7m」をリリースした。