ナタリー PowerPush - iLL

多作な作家ナカコーが語る モノを作っていく意味

コラボレーションアルバム「∀(ターンエー)」からわずか4カ月、iLLから5枚目のオリジナルアルバム「Minimal Maximum」が届けられた。「ミニマルテクノのデザインされた音色に触発された」という本作は、精緻なサウンドメイクと“構築美”と形容するにふさわしい音の位相、そしてシンプルで美しいボーカルラインが絶妙のバランスで共存する作品に仕上がっている。高い作家性と開かれたポップネスを同時に体感させてくれるこのアルバムについて、ナカコーにじっくり語ってもらった。

取材・文/森朋之

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アーティストイメージはないほうがいい

──前作「∀」からわずか4カ月で早くもニューアルバムをリリース。2008年以降、かなり多作になってますよね。

そうですね。まあ、たくさん出すほうがいいなと思ってるので。もう慣れちゃったというか、これが普通なんですけどね。

──制作のスピードが上がってることに関しては、何か理由があるんですか?

うーん……。まず、サイクルが早いことかな。それは情報のサイクルってことなんですけど。あとは、いろんなことをやるのが好きっていうことですよね。多作なアーティストのCDを聴くのも好きだし。いくつか理由が重なってますね。

──4thアルバム「Force」のときは、「誰でも聴けるポップなものにしたかった」という趣旨の発言がありましたが、その手応えについてはどんなふうに感じてますか?

まあ、何かあるにはあるんでしょうけど、僕はまだ……。何かが劇的に変わったわけでもないので。徐々に徐々に「ああいうものもポップスとしていいんだな」って思うようにしています。

──世間のポップスの解釈を広げた、と。

うん、結果的にもうちょっと広がればいいなと思ってますけど。ポップの具体的な基準ってハッキリしてなくて、イメージだったりするんですよね。それは強いものでも脆いものでもあって、なんとでもできるんじゃないかなっていう。結構どんなものでも“ポップ”って言ってしまえる状況になってきたのは面白いなって思いますけどね。

──表現の場所としても面白いですよね。しかもiLLの場合、リリースごとに作風が大きく変化するし、アーティストとしてのイメージも固定されないっていう。

ないほうがいいんですよ、それは。何もないほうがいい。限定されたイメージだったり、その作家なりバンドなりのストーリーが重要視されることって、あまり好きではないです。そうではなくて、今は作家がコントロールしながらモノを作っていくっていうのを見せていきたいですね。

気持ちが軽くなる作品にしたかった

──なるほど。今回の「Minimal Maximum」については、制作当初、どんなイメージを持ってたんですか?

自分としては、気持ちが軽くなるようなものになったらいいな、と。ライトな内容って言うんですかね。そういうものを作りたいと思ってました。

──シリアスではないもの、という意味?

いや、ちょっと違いますね。作るときって、ライトとかへビーってことをよく考えるんですよ。聴いてる人がディープだったりコアな方向に行きそうなものが“へビー”で、単純に楽しく聴けるものが“ライト”っていう。さらに、制作してるときの気持ちにもへビーとライトがあるんですけど、今回はどっちもライトだったんですよね。

──聴いていて単純に楽しい……それって、世の中の雰囲気とも関係ありますか?

関係ないとは言えないですけどね。なんて言うか、アルバム単位で聴くというより、僕はどちらかというと“1曲1曲”のほうがいいなって思ってるんですよ、今。「このアーティストのこの曲が聴きたい。だから気軽に配信で買おう」とか、そっちのほうが好きになってきた。健全っていうか、背負い込んでないじゃないですか、そのアーティストのストーリーみたいなものを。拠りどころは家族とか友達で、音楽は単に楽しむものっていう。それでいいんだと思う部分もありますね。

──最近は「ぜひアルバム全体でじっくり聴いてほしい」って発言するアーティストも多いですけどね。

うん、その気持ちも全然わかりますよ。ただ、それが一番いいってわけでもないなって。単に選択肢が増えただけですからね、買うという行為の。それぞれの好きな形で買えばいいと思うし、それを念頭に置いた作品作りもいいんじゃないかなとは思いますね。

──音楽を拠りどころにされたくない、と?

まあ、それが一番大事な人もいるだろうし、否定はしません。ただ僕自身、そういうことはあまりなかったですね。曲を聴いてカッコいいと思っても、興味があるのは「こいつ、どうやって作ってるんだろう?」っていうことだったし。「こいつの考えてることはすごい」って感じたときも、それをどうやって自分なりに解釈するかってことを考えるというか。

──10代のときから?

そうですね、曲を作り始めてからデビューするまでのタームが短かったし。音楽への思い入れが深くなる思春期の後半くらいは、曲をいっぱい書くっていう作業をやってた。だから、どうしても研究しながら聴くっていう方向に行ってましたね。

──音楽に救われた、という経験もなく。

映画とか本ではあるかもしれないですけどね、「すごいな」って。まあ、音楽は自分のやってる職業でもあるし、救われたっていう感覚にはなりにくいです。でも音楽で救われる可能性があることは否定しません。

ニューアルバム「Minimal Maximum」 / 2010年10月13日発売 / 3059円(税込) / Ki/oon Records / KSCL-1636

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CD収録曲
  1. Eden
  2. On The Run
  3. Distortion
  4. Good Day
  5. Seagull
  6. Downer
  7. Love
  8. Living On Dance
  9. Zero
  10. With U
  11. Bad Dreams
iLL(いる)

2005年に解散したロックバンド・SUPERCARのフロントマン、中村弘二による音楽プロジェクト。2006年5月に全曲インストゥルメンタルによるアルバム「Sound by iLL」をリリースし、「FUJI ROCK FESTIVAL'06」ではレーザーを駆使した演出と自然との共演で高い評価を得る。2007年1月には文化庁メディア芸術祭10周年記念展にて演奏。その後も精力的なリリースとライブ活動を展開し、2009年7月には砂原良徳プロデュースのシングル「Deadly Lovely」を、8月には4枚目のアルバム「Force」を発表。2010年夏の「FUJI ROCK FESTIVAL'10」への出演も決定した。CM音楽の制作やリミックスなどでもその才能を発揮している。