ナカコーが戻ってきた——中村弘二のソロユニット=iLLの新作、その名もずばりの「ROCK ALBUM」を聴いて、そう快哉を叫ぶファンは多いだろう。
エレクトロニックでアンビエントな全曲インストの1stアルバム「Sound By iLL」と、それに続き雨のフジロックフェスティバルで行われた勝井祐二(ROVO)との無限回廊を彷徨うようなアブストラクトなノイズ音響演奏から2年。まるでヴェルヴェット・アンダーグラウンドのような内省的で陰鬱な前作「Dead Wonderland」を経て、ほぼ全曲が歌もので占められた「ROCK ALBUM」は、スーパーカー解散以来あえて封印していた、甘美な毒を感じさせるサイケデリックなギターサウンド、違和感と心地よさが絶妙に同居するコードワーク、美しくポップだが決して俗っぽくならない、翳りを帯びた歌メロが満載の、まさに「これぞナカコー!」と言いたくなるような、彼ならではの「黄金律」がたっぷりと味わえる作品だ。それはおそらくデビュー以来10年、初めて彼が聴き手というものを意識した結果である。
スーパーカー解散から3年。長いようで短く、短いようで長かった時間を経て、この境地に至った中村の心境とは。インタビューを読んでいただければわかる通り、まだ彼の中には整理しきれない複雑な思いも残っているようだ。だが今は、「絶対にリスナーのほうなんて向きたくなかった」と頑なだった彼が、とにかく聴き手が喜ぶようなものを作ろうと意識した、その変化(個人的には「成長」と言い切りたい)を、心から喜びたいと思う。
取材・文/小野島大
どうやってわかりやすい音楽に戻るかを考えていた
——昔からのファンなら、ようやく戻ってきてくれた、と思うんじゃないでしょうか。
うーん。そう思う人もいるかなあとは思います。どっちでもいいです。戻ってきたって思われてもいいし。それ以外でも。
——今回は前作から5カ月しかたってないですよね。
うん。まあ、両方とも去年、制作してたので。前のアルバムから3、4カ月遅れで制作はしてて。曲自体のレコーディングは去年の段階で済ませてはいたので。今年の頭にミックスをしたり、で、でき上がりましたね。
——つまり1stから2nd、それから今回のアルバムの流れは、ある程度最初から見えてたってことですか。
うん。詳しい内容は見えてないですけど、1、2、3ってパッパッパって出したかったっていうのはありましたけどね、作品を。
——最初のアルバムは、ああいう形のインストで。私、一昨年のフジロックで勝井さんと2人でやってるライブをみて。そのときに思ったのは、長年スーパーカーっていうポップなバンドをやってきて、次に進むためには、一旦はここまで極端に実験的な方向に振れないとダメなんだろうなってことでした。あのとき、将来的なビジョンとしては、どんなことを考えてましたか。
うーん……、本当はすぐ2ndを出したかったんですよ。だから、あのときから、わりとこういう(新作のような)タイプっていうか、ある意味でわかりやすいタイプの音楽にどうやって戻るか、持っていくか、考えてましたね。1stみたいなアルバムを作っちゃうと、もう一方ではそうじゃないアルバムっていうのを考えてるし。
——ええ。
なんていうんだろう。目指す着地点はわかってるんだけど、行く方向性はあるんだけど。そこに行くまでの過程はすごく難しいっていうか。フジのライブやったときも、すでに歌のある曲は書いてたから。歌ものは最初から書いてたんですよ。それをいかにどうやって見せていくかっていう。
音だけで成立するなら歌は必要ない
——最初から歌ものを出さなかったのはどうしてなんですか。
(1st)アルバムに歌が必要なかったから。歌が必要だったら、歌の入ってるアルバムになってたと思うんですけど。作ってる段階で歌は必要なかったし、パッケージしてもやっぱり必要なかったっていう。
——昔から音楽の作り方はそういう感じなんですか? 歌が必要だから入れる、必要じゃなかったら入れない。
うん。ああ、そうですね。
——スーパーカーのころから?
バンドのときは、なるべく歌があったほうがいいので。要求されるのも歌が入ってるもので。あと一応ボーカリストだったので、歌わなきゃいけないっていうノルマがあったので。だからそうやって作っていくしかない。歌ものを作りたくて作るって感じではなかったですね。
——歌いたいって気持ちはあんまりなかったということですか。
うーん。歌いたい、はないですね。好きか嫌いかっていうと、別に好きじゃない。歌いたいとかってほんと思わないですね。
——すると、バンド時代の「歌わなきゃいけないノルマ」はある種の負担、制約になってたところがあるんですか。
まあそうなんですけど、そんな、すごくイヤってほどでもないから。ただ、歌を入れなくても美しいものには、入れてないですね。
——バンドがなくなって、iLLっていうソロユニットになって、そういう歌もののノルマという制約から逃れられたっていう思いはあったんですか。
あ。それは多少、けっこうありましたね。バンドのイメージとは一度ふっきれて、何を作るかってときに。自分に素直に、歌のないものは歌がないんです、歌のあるものは歌があるんです、っていうような気持ちに戻って制作ができるので。だから最初(のアルバムに)は歌がなかったのかもしれないですね。
——解き放たれた感じがあって。広い遊び場に出てきたみたいな。
そうですね。割とそういう部分が強いですね。あんまり限定しなくていいっていう。
——で、曲を作ってたら、たまたま歌が必要じゃない曲ができたという。
うん。1枚目はそうでしたね。
——でもその時点で、いわゆる歌ものにどうやって帰着していくかっていうのは、考えてらしたんですよね。
ああ、そうですね。うん。まあ、リスナーとしては両方好きなので。歌のあるアルバムも好きだし。リスナーとしての気持ちも分かるので。なんていうんですかね。歌のあるものに持ってったほうが、わかりやすいっていうか安心はするだろうなって。
——リスナーっていうのは要するに、バンド時代から聴いてきてくれた人っていうこと?
うん。それも含まれますね。
——じゃあ、どういう過程を踏めば、いちばんナチュラルに帰着できると考えたんですか。
うーん……まあ、いちばん自然だったのは、徐々に歌を増やしていくっていう。プラスわかりやすさっていうか。
——歌ものになるかならないかの基準は、どういうところに置いてるんですか。
自分の歌以上に音の面白さが、歌のない音の組み合わせだけで成立してしまう瞬間があって。音だけで成立してしまったら、もう歌は必要ないって思っちゃうんですよ。
——歌っていうのは歌詞、言葉ですか?
いや、声ですね。言葉よりも、人の声っていうか。人の声の音。
——よく、ボーカルもサウンドのひとつだと言いますけど、やっぱり歌の声の音と、そのほかの楽器の音というのは絶対的に違うものなんですか。
うん。絶対的に違うもんだと思いますね。たとえばジャムバンドを聴いてるとき、そのジャムバンドは知ってるけど、歌ってる人のことを知らないのであれば、その歌は楽器みたいには聞こえるんですけど。その人のことを知らないし、その人も、そこで自分を主張するより、ジャムバンドに溶け込もうとするから。だから歌っていうか、楽器には聴こえる。ただ、自分の名義で出しちゃうと、どうしてもそこに主張が入ってくる。声の音がするだけで主張になる気がするから。
——それが邪魔だと思うときもあった。
そうですね。邪魔っていうより、あんまり必要ないかな、この曲にはっていうか。
——それは要するに、記名性が薄い音楽のほうがよかった時期があったってことですか。
うん。なんかそういうものを出したら面白いとか、出したらどうなんだろうっていう時期はありましたね。
——それが1stの頃だったと。
うん。
CD収録曲
- Cosmic Star
- Scum
- Merry Dance
- Moon Child
- Guitar Wolf Syndrome
- Sad Song
- Love Is All
- Ginger
- Fog
- Truth
- Space Rock
プロフィール
iLL(いる)
2005年に解散したロックバンド・SUPERCARのフロントマン、中村弘二による音楽プロジェクト。2006年5月に全曲インストゥルメンタルによるアルバム「Sound by iLL」をリリースし、「FUJI ROCK FESTIVAL 06」ではレーザーを駆使した演出と自然との共演で高い評価を得る。2007年1月には文化庁メディア芸術祭10周年記念展にて演奏。2007年5月に1stシングル「Call my name」、2008年3月には2ndアルバム「Dead Wonderland」をリリースしている。