このアルバムの前に、別のアルバムを1枚作ったんです
——バンドと自分では、やっぱり重ならない部分が大きいってことですか。
うん。僕の場合は重ならなかったですね、あんまり。音楽の内容とかじゃなくて。バンドというスタイルっていうか。
——ひとりでやったほうがいいってこと?
うーん……いや、これ(新作)もある種バンドではあるので。こういうのはぜんぜん苦じゃない。人と一緒に演奏するのはすごい好きですから。
——沼澤尚さんとナスノミツルさん、前作のツアーでも一緒にやってましたが、あの2人とやるのは、大きな意味を持ってる?
うん。やっててなんでもできちゃう楽しさがある。あの2人とやってて、曲を作る面白さみたいなのが出てきた。だから今回の曲も2人とやることを前提に作ったから。この3人だったら何ができるのかっていう。
——何ができるかと思ったら何でもできた。
そうですね。このアルバムを作る前に1枚、違うアルバムを作ったんですよ。そのときになんでもできることがわかって。割となんでもできるから、こういうわかりやすいものだけに焦点をあてて作ってみたらどうなるかってでき上がったのがこれで。
——さっき、伝えることの面白さに気づいたっておっしゃいましたけど。具体的に、伝えたかったことっていうのは?
いや、伝えたかったことっていうのは、なんでもいいと思うんですよね。聴いてる人間がこれを聴いたら喜ぶだろうってことに向き合うことが面白いかな、と。
——それはすごく健全じゃないですか。
健全なんですかね?
——もちろん人によって違うと思うんですけど。表現してるからには、誰かに届かないと意味がないし。届いたら届いたで喜んでほしいと思うのが自然と思うんですが、中村さんの場合そんなこともなかったわけですよね。
うん、そうですね。あんまりそういうのはなかったですね。これを聴いたら喜ぶだろうなっていう前に、これをやったら次何やろうかなっていうほうが先だったし。
——今回それが変わったのは、お客さんが恋しくなってきたってことなんですか。
うーん、どうなんでしょうね(笑)。そういう気持ちはあんまないですね。恋しいというよりは、なんとなく、要望されてるもの。こういうの作ってほしいなあっていう期待は少なからずあったので、それに対するものを作るっていう。
——1stを作った時点で考えていた歌ものは、こういうわかりやすいものだったんですか?
ここまでわかりやすいものを3枚目で、とはさすがに思わなかったですね。
——どこでそのスイッチが切り替わったんですかね。
たぶんそれは、さっき言った、この前に作って3枚目のアルバムとして予定してた(けど未発表の)アルバムで、ある程度ガス抜きできたっていうか。そこで満足したんだなと思って。
——どんなものだったんですか?
一応、3人のなかではカンとジス・ヒートを足して2で割ったみたいな。
——めちゃくちゃよさそうじゃないですか(笑)。あとでこっそり……(笑)。
いやいや(笑)。そのうちバラバラ出るんじゃないですか?。
——期待してます。じゃあそこで極端というか実験的なものに対する欲求っていうものは、ある程度解消されたと。
うん。そうですね。
——それを発表しないという判断は?
1枚目がエレクトリックなアルバムで、2枚目が勝井さんとか入った弦のアルバムで。仮に3枚目をそれにすると、ちょっと変化の度合いが緩いと思ったので。これだけわかりやすくポンってやると、変化の度合いがけっこうきれいにぱきぱきしてるっていう。それは見せ方として面白いなって。
——でもたぶん、今回のやつはみんな喜ぶと思いますけど。
どうなんですかね。
わかりやすさと実験性の両方を出せたらいいなと思う
——一番最初の会話に戻ると、ご自分のなかでも、戻ってきたっていう意識と、新たなところに到達したっていう意識と両方あるってことなんですか。
そうです。発表はしてないけど、これに至るまでに一枚作ってて、あの流れがあるからこれに至ったっていうのもあるし、単純に自分が客観的に聴いたときに、戻ったって言う人もいるだろうな、とも思うし。
——でもあの雨のフジロックからここに至るまでに、予想以上に早い速度で来ましたね。もう少し時間がかかるかと思ってました。
ああ。僕もそれはすごい思って。もうひとつの生き方として、40歳ぐらいにこれを出すっていうのもぜんぜん良かったなと思ってて。ブライアン・イーノがずっと歌わなかった、で、すっげえ時間経ってから歌ったっていう。それの(リスナーとしての)喜びみたいなの知ってるから。歌った! みたいな。それもおいしいなと思って(笑)。でも今30なんですけど、40って言ったら、どんな時代になってるか想像もできないし、どうなってるかもわからないから、早ければ早いほうがいいだろうと思って。
——歌う喜びは感じました?
うーん……ちょっとわかんないんですよね。歌う喜びっていう気持ちが。もともとカラオケとか大っ嫌いだし。人前で歌うこと自体が好きじゃないので。そういう人間が、ただの仮歌のつもりでバンドのデモテープで歌ったら、まわりから「いいね」って言われて、じゃあボーカル、ってなって。それが今までずっと続いてるだけだから。歌う喜びとかそういうのじゃないっていうか。
——にしても、それからずいぶん長い時間が経っちゃってますけど。
ははは(笑)。
——自分の声に関してはどうお考えですか。
いいときと悪いときとありますよね。聴いてて、いい声だなって思うときもあれば、こいつじゃなくて違う奴が歌った方がいいっていうときもありますよね。
——そういうときはどうするんですか?
我慢するしかないでしょ(笑)仕方ないから。
——メンバーの決まったバンドだったら仕方ないですけど、今みたいな形式だったら、誰がボーカルをとっても構わないですよね。そういう選択肢はなかったんですか。
そういうのもやってはみたいと思うんですけど。やったらやったでめんどくさいことになるから。ちゃんと説明できたらやってると思うんですけど。説明するまでが大変だからやんない。
——ハウスミュージックの世界だと、歌ものなんかでも、ほとんどの場合誰がボーカルでも構わないじゃないですか。心地よければいいっていう。
はい。ある意味であれは理想なんですけど、でもあのまんまやったら味気ないだろうなとも思ってて。客観的に音楽を聴くだけだったら、ハウスの手法が自分にとってはベストだけど、でもプレイヤーっていうか音楽家としては、やっぱりそれだと物足りないですね。
——記名性はほしいですか。俺だっていうハンコ、サインみたいなの。
うん。そうですね。
——それがいちばん出せるものってなんだと思います? 自分の声ですか?
うーん、今のところだと声になっちゃいますかね。一番わかりやすいというか。
——声とコードワークって感じがしましたけどね、今回は。
ああ、コードワークと声っていうのはそうですね。切っても切れない関係なので。曲作るときに、メロディに乗っかるコード、コードに乗っかるメロディというのは、すごい気をつけてる。
——バンド形式でなくてもそれが出せるんだったら、中村さんらしさはちゃんと伝わるんじゃないかなと思いますね。バンド形式にしたほうがわかりやすいかもしれないけど。
うん、そうですね。まあだから、今回割と、シンプルにやったから、これからどこでも行けるようになった気がしますね。
——次はどこへ行くんですか?
うーん……まあもうちょっと派手な。派手なっていうか、わかりやすさと実験性みたいなものを両方、より派手に出せたらいいなって思ってるんですけど。
CD収録曲
- Cosmic Star
- Scum
- Merry Dance
- Moon Child
- Guitar Wolf Syndrome
- Sad Song
- Love Is All
- Ginger
- Fog
- Truth
- Space Rock
プロフィール
iLL(いる)
2005年に解散したロックバンド・SUPERCARのフロントマン、中村弘二による音楽プロジェクト。2006年5月に全曲インストゥルメンタルによるアルバム「Sound by iLL」をリリースし、「FUJI ROCK FESTIVAL 06」ではレーザーを駆使した演出と自然との共演で高い評価を得る。2007年1月には文化庁メディア芸術祭10周年記念展にて演奏。2007年5月に1stシングル「Call my name」、2008年3月には2ndアルバム「Dead Wonderland」をリリースしている。