HYDE|6つのテーマでたどる、筋書きのない道を歩いてきた20年

ソロ1stシングル「evergreen」のリリースから間もなく20年を迎えるHYDE。今年6月からソロ1stアルバム「ROENTGEN」の再現ツアーを開催している彼が、ツアー終了直後の10月に千葉・幕張メッセ国際展示場、11月に故郷和歌山にある和歌山ビッグホエールにて単独公演「20th Orchestra Concert HYDE 黑ミサ 2021」を行う。2年9カ月ぶりとなる今回の「黑ミサ」ではオーケストラを率いて、自身のキャリアを総括するようなパフォーマンスを披露するという。

L'Arc-en-Cielの結成30周年という大きなトピックも重なる中、HYDEは「ROENTGEN 2」を制作中であることも公表しており、「黑ミサ」以降も怒涛のような活動を展開する予定だ。時代に合わせて軌道修正を重ねながら、愚直に歌の研鑽を続け、唯一無二のボーカリストとして存在感を放つHYDE。今回の特集では、ソロとしての20年の活動においての軸となったであろう、「ROENTGEN」「歌」「故郷と海外」「理解者」「憧れとフォロワー」「黑ミサ」という6つのテーマについて話を聞いた。

取材・文 / 中野明子撮影 / 森好弘

THEME 1「ROENTGEN」

──現在ソロ20周年企画が展開されていることを踏まえて、今回はHYDEさんのソロ活動の中で「軸やトピックになってきたもの」をテーマにお話をお伺いしたいと思います。まずはソロ活動の始まりとも言える2002年リリースのアルバム「ROENTGEN」についてお聞きしたいのですが、今まさに再現ツアーをされていて、ご自身の感触としてはいかがですか?

20年近く経っても、歌っていて難しいところは難しいですね。ただ、そこをクリアしながらコンサートをやっているので、20年前よりも確実にクオリティが上がっていることは実感しています。おそらく当時、今のようなコンサートを開催したとしてもこのクオリティではできなかったでしょうね。

──ご自身として充実感を感じているのは具体的にどんなところですか?

一番は歌ですけど、それを含めてコンサートのまとめ方すべてに関わることかな。この20年間いろいろやってきたので、お客さんから自分のパフォーマンスがどう見えているか、どう表現したらいいのかがなんとなくわかるようになってきた。以前だったら余裕がなくて考えられなかったような細かい部分まで考えられています。例えば今やっているツアーだったら、ステージから遠い席の人でもコンサートを楽しめるように、ステージの後ろに大きなスクリーンを設置したり。普通、ホールやアリーナ会場では、サービス映像用のスクリーンをステージの両脇に設置することが多い。でも、それだと観客の視線がスクリーンに行ってしまって、じっくり音楽に浸ることができないから、演奏者の背後に大きなスクリーンを設けることでお客さんがより音楽に集中できるようにしています。

HYDE

──ソロやVAMPSでの活動を経て、ご自身の見せ方に対するプロデュース力が付いた。

そうですね。

──「ROENTGEN」について改めてお伺いしたいのですが、当時はどういう思いや意図で制作に臨まれていたのでしょうか。

もともと僕はハードロックだけではなく、アンビエントやジャズなどロック以外のいろんな音楽を聴いていて。L'Arc-en-Cielではロックをやっていましたが、いわゆる聴覚上激しい音じゃないアルバムを1枚作りたいなと思っていたんです。L'Arc-en-Cielの場合、1曲くらいであれば激しくない曲もできるけど、アルバム1枚丸ごととなると難しい。メンバー全員の意見を取り入れる必要があるから、1つの音楽性をテーマにしたコンセプトアルバムを作れるバンドではないんです。でも僕は、最初から最後まで家でゆったり聴けるコンセプトのアルバム……例えばデヴィッド・シルヴィアンやスティーナ・ノルデンスタム、スザンヌ・ヴェガ、スティングといった、当時僕が好きだったアーティストの影響を1つの形にしたかった。

HYDE

──当時、東京とロンドンを行き来しながら作られた作品は、20年経った今も高い評価を得ているわけですが、完成された当時は満足されていると話していた一方、「もう当分こんなアルバムは作れない」と発言されていました。燃え尽きてしまったというか。

「ROENTGEN」を作っていた頃は、ソロアーティストは自分で1から10までやらないといけないと思っていたんですよ。自分で作曲してアレンジも考えて、ベースラインからギターのフレーズまで作って……音以外にも、ジャケットのデザインから何から何までこだわり抜いた自分の好みのものにする。人の意見を聞かなくていい、自分の宝物だけを集めるようにと根を詰めて作業していたら本当に疲れちゃって(笑)。リリースしてからしばらく経って、「ROENTGEN 2」の構想が浮かばなかったわけではないんです。ただ、アメリカでの活動をターゲットに入れてから、忙しすぎて腰が上がらなくなってしまって。アメリカで活動するのは体力的にどうしても今しかできないというのがありましたから。極端な話、「ROENTGEN」は腰が曲がってからでも作れなくはないし、あまり焦る必要はなかった。

──その重い腰を上げて、ついに「ROENTGEN 2」に着手することになった。

もともとアメリカでの活動を来年、再来年で終える予定だったので、ひと区切りついてからゆっくり作ろうと思ってたけど、コロナの影響で動けない状態になっちゃった。じゃあ、2年後にやろうと思っていたことを今やったほうが効率がいいだろう、というのが一番の理由ですね。結果的に切り替えてよかったなと思ってます。

──ソロ20年という大きな節目に、ご自身の思惑と時流が合致したんですね。「ROENTGEN」と「ROENTGEN 2」の違いについて、前回のインタビューでは旋律がメインになっていることだとおっしゃっていました(参照:HYDEにとって「ANTI WIRE」とは何を意味するものだったのか?アコースティックツアーで見出した新たな活路)。何曲かはすでにコンサートで披露されていて、よりダイナミックなサウンドになっているという印象を受けましたが、全体としてはどうでしょうか。

今、ツアーで披露している曲はオーケストラが入っている分、少し派手かもしれない。アルバム全体としてはもう少し「ROENTGEN」に寄った、静かな作品になるでしょうね。ボーカリストとしてよりスキルアップした、表現力の幅が広がる作品になると思うし、いろんな作家に入ってもらって作っているのでクオリティが高いものになると思います。

──前回の取材でもお伺いしましたが……レコーディングは順調ですか?

いや、全然(笑)。次のシングルにしようと思っている曲を録ったくらいでまだまだです。

HYDE
HYDE

THEME 2

──今開催されているツアーで一番手応えがあるのは歌とのことですが、歌に注力するようになったきっかけは覚えていらっしゃいますか?

やっぱりソロを始めたことかな。2005年あたりからハードロックに挑戦し出したところ、歪んだボーカルとか今までにないスキルが求められたんです。ソロで培ったスキルをL'Arc-en-Cielに還元できるようにもなって、ラルクでも気持ちよく歌が歌えるようになって。1つのことだけやっていると視野が広がらない部分が、別のことをやることで広がっていった。例えばスノーボードではずっとターンの練習だけしているより、ほかのトリックの練習をすることによって、より楽にターンができる方法が見つかったりするんです。複数のことに取り組むことで、本来やるべきことがわかりやすくなる。1つのことだけやってても成長はできない。ラルクで歌う中で成長していたつもりだったけど、ソロ活動がなかったら歌手としてここまで成長していないと思う。

──L'Arc-en-Cielのみに軸足があったところ、ソロというもう1つの軸ができたことで歌い方が変化し、面白さが深まったんですね。

そうですね。ラルクだけで歌っていた頃は歪んだ歌声はあまり重要ではなかったし、使うとしても遊び程度というかね。レコーディングでできれば十分という感じだった。だけど、ハードロックを歌うとなると安定した“歪”が必要になってくる。そうなるとけっこう技術が必要で。でもそのスキルが得られると、普通の歌もうまくなるんですよ。ジャンルや歌い方は違うけどつながってる。あとは海外に行くとめっちゃくちゃ歌がうまいバンドと対バンすることになるから、すごく刺激を受けるんですよね。屈辱とは違うけど、余裕で歌唱力で負けているのがわかるんですよ。そういうこともスキルアップにつながりますよね。そういうことがなかったら、歌のうまさとは別のことを追求していたと思う。

──現時点でのご自身の歌の評価はどんなものですか?

昔と比べれば全然レベルは高くなったけど、ダメなところも同時に見えてくるからまだまだですよ。ライブでは声色がスムーズに使い分けられないところがあるし、「まだうまく歌えないんだ」と気付く。何十年も試行錯誤してやってきている状態なんですよね。

──リスナーとしては十分お上手だと思うんですが。例えば、最新曲である「NOSTALGIC」では聴いている側に歌声だけで曲に込められた郷愁を感じさせるし、同時に歌詞に綴られている情景もイメージさせる表現力もあると感じました。これ以上何を……という気持ちにもなります。

もちろん普通の人よりはうまいと思いますよ(笑)。歌の表情は自分の武器だという自覚もありますし。

──まだ到達していない境地があるわけですね。

そうなんです。とにかく楽しそうに歌っている人がうらやましくて。僕は楽しいと思いながら歌っていない。つらいな、難しいなと感じるところがまだまだあるんです。まだスキルが足りないというところもあるけど、自分の理想とする歌に対して体が追いついていないんですよね。だから延々と努力を繰り返している。スノーボードでも自分の持っているスキル内で遊んでいる分には楽しいんですよ。でもうまくなりたいと思ったら努力しないといけない。だから気持ちよくうまく歌っている人を見ると「いいなあ」って。「自分はここまで」と決めたらラクだし、楽しく歌えるんだろうけどそうは思えない。やっぱり歌に対して欲張りなんでしょうね。