ナタリー PowerPush - 星野源
星野源「エピソード」の裏舞台+ヒャダイン対談「真麻最高」
ライブを通して変わってきた歌を、早く形として残したかった
──「ばかのうた」には以前から歌っていた曲も入ってましたけど、今回のアルバムは前作以降に作った曲ばかり?
そうですね。3月に出したシングル(「くだらないの中に」)のために去年の12月頃に作った曲が何曲かと、あとは3月以降に作ったものです。
──「シンガーが作ったアルバムだ」というのが最初の印象でした。今までの「SAKEROCKの星野源が歌ってる」という印象とは少し違って。
自分でもライブを通して歌い方が変わってきたと感じてたので、それを早く形として残したいなと思って作ったのが「くだらないの中に」で。今回のアルバムはその延長です。
──歌い方の変化にともなって、曲そのものの構造も変わってきてませんか? 以前は語尾に向かって声を張り上げるようなメロディ自体ほとんどなかったと思うんですけど、今回は語尾で張っているところが多いような。
ああー、そうかも。
──自分では「シンガー」という意識はありますか?
シンガー……とは思わないですけど、「俺なんかが歌っちゃダメだ」という気持ちは、今はもうほぼなくなりました。もちろん自信満々ってことはなく、不安な気持ちもあるんですけど、そんな場合じゃないっていうか。お客さんがいるので。お客さんの前で「俺なんか……」って思いながら歌うのは失礼ですもんね。「がんばって歌おう」という、すごく普通のことを思えるようになりました。
ビクビク世代
──今作には、東日本大震災以降の気分もやはり大きく反映されていると思うのですが。
そうですね、どうしても。
──星野さんは震災直後、3月20日に山口一郎(サカナクション)さんと2人でUstream番組を配信しましたよね。あの番組はどういう経緯で生まれたのでしょうか。
震災のあと、まず「何もできない」という壁にぶち当たって。思い知らされちゃったんですね。そんなとき、今まであまりちゃんと話したことがなかった山口一郎さんに、なぜか電話をしちゃったんですよ。ただ話がしたかったんです。すごく気が合う人だなっていうのは、前に雑誌の対談で話したときから思っていて。「今話したいな」と思って電話をしたら、向こうも同じ気持ちだったらしく。「なんかやりたいけど、やれないですよね」って話をしたときに「Ustreamとかどうですか?」って言ったら一郎さんも乗ってくれて。電話で話しながら、ただ話すということに僕は癒されたんですよ。だから音楽じゃなくても、一緒にいるような気持ちになれるものがやれたらいいなって。
──なぜそのとき、山口さんに電話をかけたんでしょうね。ほかのアーティストではなく。
なんだろう。わかんないです。
──結果的に、絶妙な組み合わせだなと思いました。その後番組は「サケノサカナ」として発展することにもなったし。
一郎さんは僕の1コ上なんですけど、メンバー以外で同世代のミュージシャンと話が合ったのって、ほとんど初めてだったんですよね。
──確かにSAKEROCKのメンバーは、音楽的センスも理由かもしれないけど、ひと回りふた回り上の人たちに囲まれているイメージがあります。
メンバーの中でも僕は特にそうで。(所属事務所の)大人計画もそうだし、バナナマンのお2人に「ライブのオープニング作ってよ」と言ってもらったり。お仕事したり、気が合うのは大体ひとまわり上の世代の人たちなんです。でも最近になって、同世代の人がこの業界でどんどん盛り上がってきてて。なんでかなーって考えたんですけど……僕らは思春期にバブル崩壊したあとの情けない人たちを山ほど見てるんですね。さらに「酒鬼薔薇事件」があったり、オウム、阪神(・淡路大震災)もあったし、どこかビクビク育った世代だと思うんですよ。ああはなりたくないって人や、こうなってほしくないって出来事が山ほどあった。ああなりたくないなら、どうなりたいんだっていう、それを見つけるまでに時間がかかったんじゃないかなって。それが今こうして活発に活動している同世代が出てきて、話が合ったのがうれしかったんです。
僕なりの「だまって俺について来い」
──この春以降は、やっぱりどのアーティストに話を訊いても震災の話に行き当たってしまうんですよ。表現をする人としてそれぞれの思いが見え隠れするんですけど、星野さんにとってあの出来事は作品作りにおいてどのぐらい大きくのしかかってきたのでしょうか。
作品がそちらばかりを向いちゃうのは嫌だったけど、どうしてもそこに向けて作りたくなっちゃうんですよ。でも今まで人を励ますような音楽を作ってきたわけじゃないから、取ってつけたものになりそうで、それだけはすごく嫌だったんです。だから1回わーっとパニックになって。そこからレコーディングに入るまでは、自分のやりたかったこと、やろうとしてたことはなんだ?って探す数カ月でした。
──こうしてひとつの作品として完成したわけですが、改めて自分の中でどういう作品になったと思いますか。
まだ自分の中で全然まとめられてないんですよね……。震災とは関係なく、個人的にいろんなことがあったし。かなりどん底の精神状態で曲を作ってたんですよ。
──それはこういう場で言えないレベルの?
言えないレベルの。ほんと気が狂うかと思った(笑)。何を作るべきか、悩んで悩んで悩み抜いて。でも、それで出た答えは、3月より前も後も変わらない普遍的な、どっちにしろ書いていたであろう「大事なもの」を歌うってことだったんです。何十年前、何百年後の人が聴いても、多分この問題は変わってないんだろうなっていうところに行きついたんですね。さらに、僕なんかにできるとは思えないけど誰かを励ましたい、自分も含めて「大丈夫だよ」って言いたいっていう気持ちが出てきて。今が全然大丈夫じゃないのは重々承知なんだけど、この苦しみは絶対抜けられるっていう確信があったから。今までもどんなにしんどくてもだいたい抜けてこられたので、「これは抜けられるからな」っていう気持ちを歌いたかった。だから、1曲目の「エピソード」に「大丈夫」っていう言葉を初めて入れられたんです。前は「大丈夫」なんておいそれと言えなかったんですけど。
──それは松尾スズキ(大人計画主宰)チルドレンの絶対的な性ですね(笑)。励ましに対して慎重になってしまう。
松尾さんは「がんばらない」って言葉を流行らせた人ですからね(笑)。それに救われた人もたくさんいるけど、それに甘えた人もいる。だって松尾さんって超がんばってるんですよ。初めて知り合った高校生のときはわかんなかったけど、今はよくわかる。がんばらないと何も生まれないんです。……って話それちゃったけど、今回は「僕も抜けてないけど、多分大丈夫」っていう、そういうアルバムになったんじゃないかと思います。だからこれはなんというか……僕なりの「だまって俺について来い(ハナ肇とクレイジーキャッツ)」ですね。今気付きました(笑)。
星野源(ほしのげん)
1981年1月28日、埼玉県生まれ。高校2年生のときに大人計画主宰・松尾スズキのワークショップに参加し、俳優としての活動をスタートさせる。2000年にはインストバンドSAKEROCKを結成。2005年に自主制作CD-Rで初のソロ作品「ばかのうた」を制作し、2007年にはこの作品をベースにしたCDフォトブック「ばらばら」が発売。2010年にシンガーソングライターとしてメジャー1stアルバム「ばかのうた」を発表した。2011年9月28日に2ndフルアルバム「エピソード」をリリース。また、音楽活動と並行してテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」、連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」、映画「ノン子36歳(家事手伝い)」といった数多くの映像作品に出演するなど、俳優としても活躍。2011年10月21日より放送のドラマ「11人もいる!」に出演する。
ヒャダイン / 前山田健一(まえやまだけんいち)
1980年7月4日、大阪府生まれ。京都大学卒業後、2007年より本格的に音楽活動を始める。作詞・作曲・編曲家としてアーティストに楽曲提供する一方、ニコニコ動画に「ヒャダイン」名義で投稿した楽曲が注目を集める。2009年には倖田來未×misono「It's all Love!」、東方神起「Share The World」と作曲を手がけたシングル2作でオリコンウィークリーチャート1位を獲得。2010年にはももいろクローバー「行くぜっ!怪盗少女」、麻生夏子「More-more LOVERS!!」、アニメ「みつどもえ」関連楽曲などで独自の作風が脚光を集めた。同年5月にブログにて「前山田健一=ヒャダイン」を告白し、さらに幅広い活動展開に。2011年にはヒャダイン名義によるシングル「ヒャダインのカカカタ☆カタオモイ-C」でメジャーデビューを果たした。同年8月3日に2ndシングル「ヒャダインのじょーじょーゆーじょー」をリリース。