11.鬼になりました
──平井さんが作詞作曲、Seihoさんがアレンジを担当した「鬼になりました」は、メロディがちょっと昔のフォークっぽくて、エレクトロニックな音とのマッチングに味がありました。
Seihoさんにもよく話してたんだけど、アレンジをお願いするのって本当にストレスフルなんですよ(笑)。いつも前もって「自分で作った詞と曲だけでは70点ぐらいのものを、100点もしくはそれ以上にしていただきたいと思ってアレンジをお願いするんです。だからすごく無理難題を押しつけるかもしれません」って言うんですけど、皆さん大変だろうなと思って。まだ見ぬ景色を見たい、「こうしてくれ」とかも全然ないけど、とにかくビックリしたいんですよ。新しい曲か?って思うくらい。デモはだいたいピアノとかギター1本で作って、この曲もおっしゃる通りちょっとフォーキーな曲なんだけど、まったくもってフォークソングにしたいわけではない、だからこそあなたにお願いしたいんです、という話をしました。これも本当に何度もやり直していただきましたね。
──Seihoさんにお願いすることにしたのはなぜ?
サウンドプロデュースに関しては常に新しい人を制作に迎えたいって気持ちはあって、詳しいわけじゃないけど、ちょっと注意して聴いたりはしています。Seihoさんの曲は前からいいなと思っていて、2、3年前からオファーしようとしては結局タイミングが合わなくてできず、というのが何度かあったんですけど、今回、Chara+Yukiの「You! You! You!」とかも聴いて、やっぱりいいなと思ってお願いしました。どこかでインタビューを読んだことがあって、「自分の音楽は立体的で、空間にセットを置いてカメラの位置を自分が設定してるような感じ」みたいな話をしてたんです。それも「カッコいい!」と思って。
──なるほど。この曲ではどういう人物を描いたんですか?
先入観を植え付けるとよくないから、ちょっと注意しながら話さなきゃいけないんですけど……2016年に知人が亡くなって、そこから作ったのが「ノンフィクション」なんだけど、以来どんな曲を書いても、どこかにその出来事が滲んでしまうんですね。だからこの曲にもちょっと……別に彼のことを歌ったわけじゃないし、そもそも具体的な誰かではないんだけど、閉塞した世の中で、みんなも自分自身も常に葛藤しているというか、生きづらい今を生きる我々、みたいなものを歌ってるとは言えるかなって。「お前は夢だった歌手になって、それで生きてこれた成功者なのに、なんで苦悩ばっかり歌ってんの?」と言われたら、本当にそれまでなんだけども。
──「ノンフィクション」への言及には深く納得しました。この曲を聴いたとき「ノンフィクション」と裏表のような印象を勝手に抱いていたもので。
そうかもしれませんね。鬼になったのは僕なのかもしれないし。僕自身も生きていて、自分をよく見せたい、相手から好かれたいと思って無理しちゃったり、どこかで過剰に呼吸して疲れていて。皆さんもそうだと思うんです。でも2016年にそういう出来事があって、生と死について考えたときに、本当に生きづらい世の中だけど、「極端な話、息吸って吐いてられたらもう十分じゃん」って思ったし、今も思うんですよね。この歌は「鬼になりました」だけど、(明石家)さんまさんがよく言う「生きてるだけでまるもうけ」みたいに生きられたら楽なのに、なかなか難しいね、って。そういう思いが歌うときに常によぎってるのかもしれないです。
──気のせいかもしれませんけど、今後の平井さんの表現がまた徐々に変わっていきそうな予感も少ししますね。
どうなるんでしょうね。もっともっと明るくなるのかもしれないし、自分ではわかんないんですけど。
──力が抜けつつあるというか。それには加齢も関係しているでしょうし。僕は平井さんより少し年上なんですが、家族や親戚や友人知人が亡くなることがどんどん増えて、自分の大切な人が1人ずついなくなって最後には自分自身がなくなるのが人生なのかな、って最近とみに思うんですよ(笑)。
そうですよね。僕も思いますよ、本当に。人生って生まれてから死ぬまでの期間でしかないのに、なんでみんなこんなに働くんだろう、とか(笑)。まあしょうがないんだけど、ほかの動物みたいに、木の実が落ちてくるのを待って、落ちてきたらムシャムシャ食べて、ウンコして寝て、っていう人生を送れないものなのかなってね。
12.half of me
──「half of me」(2018年11月シングルリリース)はフジテレビ系ドラマ「黄昏流星群~人生折り返し、恋をした~」の主題歌でしたが……。
これは「黄昏流星群」に合わせて書き換えたところもあるけど、もともと「even if」(2000年12月発売のシングル)の続編で、「Ken's Bar」(平井のコンセプトアコースティックライブ)で昔から歌っていた曲だったんです。
──どのあたりを変えましたか?
1番のBメロの「あたりまえは いつももろい」とか「いつものような 僕でいられるけど 誰にも気づかれずに泣いていた」とかは、もともとはちょっと違ってました。ドラマを意識しつつではあったけど、詞として少し書き換えたかったんだと思います。
──「誰もが迷い探し続けてる 壊れやすい永遠を 失われた半分を」という「欠損」みたいなテーマって、平井さんがずっと歌ってきたことですよね。
本当に変化がない、成長がない……(笑)。でもこれはね、「ぼくを探しに」っていう大好きな絵本があるんです。あれを20代の頃、事務所の社長から誕生日プレゼントか何かでもらって読んで、「これ!」って思ったんですよ。あの本を読んでキュンとくる感じ、この感情を表現するために僕は歌ってるんだなと思って、そのまんま歌詞にしました。
──シェル・シルヴァスタインの絵本ですね。欠損のある球体の“ぼく”がぴったり合う“かけら”を探す旅をするんだけど、大きすぎたり小さすぎたりしてうまく転がれなかったり、しっかりはめておかなかったから落としちゃったり……。
ぴったり合うかけらを見つけたと思ったら、速く転がりすぎて景色が全然見えなくなったり、上手に歌えなくなっちゃったりね。ユーミンの「14番目の月」の「つぎの夜から 欠ける満月より 14番目の月が いちばん好き」っていうのに近いかもしれない。欠損が人を作るっていうかね。
13.おやすみなさい
──最後の「おやすみなさい」はわらべ歌のような優しくてかわいい曲ですね。平井さんの歌とエレピ1本だけで、感情がグッチャグチャにかき回されるようなアルバムの最後に「おつかれさま」と言われているような感じがしました。
本当にその通り、おつかれソングです。僕自身も疲れたし、感情の起伏が激しい曲が続いて、また同じことになっちゃうけど、それこそ「ノンフィクション」の裏表っぽい曲なので、生きる苦悩みたいなのを延々と歌ってきて傷だらけになっちゃったけど「いるだけでいいんだよ」といういたわりの曲にしたいなと思いました。
25周年イヤーを終えた先
──以前、平井さんは「シングルヒットを出したい」という気持ちがずっとあるとおっしゃっていましたよね。
今もあります。あるんだけど、去年って「怪物さん feat. あいみょん」しかシングルを出さなかったんですよね。25年間、特に「楽園」(2000年1月シングルリリース)を出してからの20年間は、毎年シングルを切ってタイアップをつけて、ヒットさせたくて一生懸命テレビに出て……みたいな人生をずっと続けてきたんですが、去年は一切テレビに出なかったんです。初めてかもっていうくらい。シングルヒットを目指して躍起になって働くということを初めてやらなかったんですけど、いい経験でした。ちょっと距離を取ってテレビとか芸能とかJ-POPを眺められたので。別に第一線を退いたつもりはないけど、目の前の曲をヒットさせるのはもちろん大事なこととして、でもやるべきことはそれだけじゃないから。もちろん出すからには聴いてほしいんですけど、僕も来年は50歳だし、そこに目が眩んで「なんでもかんでもやります!」みたいなのとは違う気持ちが芽生えたのは確かかなあと。
──そうお聞きすると、新曲で垣間見えた方向性の先と合わせて、今後の平井さんがますます楽しみになりますね。
まあまあがんばると思います。がんばらないってことはないです(笑)。