平井堅|25周年イヤー締めくくるアルバム完成 シングル曲から新曲まで全曲を解説

06.オーソドックス

──トオミヨウさんがアレンジした新曲「オーソドックス」は、ピアノで始まって淡々と進むかと思わせてどんどんドラマチックになります。すごく凝ったサウンドですね。

トオミさんはね、次オファーしたら断られちゃうんじゃないかなと……まあ全員そうなんですけど(笑)、ホンットにしつこく何っっ回もやり直してもらいました。「1995」は最初にトラックをもらったから別ですけど、トオミさんも「鬼になりました」のSeihoさんも、今回アレンジをお願いした方は、ちょっとノイローゼっぽくさせちゃったんじゃないかなって。昔はこんなんじゃなかったんですけどね。一度レコーディングが終わって、マスタリングも決まってたのに、どうしてもサビをもう1回やり直したくなって……ご迷惑をおかけしました。

──えっ、あの印象的な“ダダダダダダッ”はそのタイミングだったんですか?

あれがないアレンジでいったんできあがってたんです。そこに行き着くまでもものすごくいろんなパターンを作ってもらって、これの1つ前のバージョンでやっと「よし!」となったんですけど、なんかもっと何かできなかったかな……ってずっと思ってたんです。トラックダウンが終わって曲順も決まって、マスタリングが目前に迫ったある日、家で聴き直していたときに「あっ!」とこのアレンジを思い付いて、すぐに電話して。当然スケジュールが合わないから、弦ダビングには僕が1人で行きました。たぶん「面倒くせえやつだな」って思われたはずです(笑)。

──地方都市在住の自意識過剰な若者の鬱屈みたいなものをうまく描いた曲だと思いましたが、曲名のもとになっている「バカみたいに格好いい普通」というのは具体的にどんなイメージなんですか?

どんなイメージだろう……なんか言ってることが全部同じで申し訳ないんですけど(笑)、ここで描かれている人も、私は普通じゃない、普通がイヤ、なんでこんなとこでくすぶってんのよ、っていう思いと、自分が忌み嫌っているこの街でいわゆる普通の結婚をして、普通に幸せそうに暮らしてる「普通の中での一番イケてる部類」になりたい、っていう思いの両方を抱いてるわけですよね。矛盾しているようだけど、人が感じる一番の幸せってなんだろうって考えたら、大金を稼いでいつも注目を浴びてチヤホヤされたり叩かれたりするのも面倒くさいだろうし、そこまで突き抜けなくてもいいから手の届く幸せの頂点に行きたい、みたいなことなのかなって。くだらない気持ちと言う人もいるかもしれないけど、僕の数少ない友達を見ていても、そういう「手が届く中での一番の幸せ」を追い求めてるような気がするんですよね。

07.ポリエステルの女

──続く新曲「ポリエステルの女」は増田賢治さんの曲で、いくつかあった中から選んだそうですが、これまでで一番強く歌にエフェクトがかかっていますね。

そうですね。少し加工はしてもらおうと思っていたんですが、これはエンジニアの工藤(雅史)さん……が、やったことで……。

──(笑)。

僕のせいじゃないんです(笑)。でもトラックダウンのときに聴いて「おおっ!」と思ったので。ここまで自分の声をいじられるのは抵抗があったけど、この曲だからいいかなと。名無しの人の歌っぽい内容なので、匿名性があってもいいというか。

──勝手に“ポリエステル”という言葉のイメージからの発想かなと思っていました。

それもあるかも。工藤さんはいつも歌詞を解釈しようとしてくださるエンジニアさんなので、たぶんそういう解釈なんだろうなと思います。

08.トドカナイカラ

──「トドカナイカラ」(2018年5月シングルリリース)は映画「50回目のファーストキス」の主題歌ですが、これと次の「いてもたっても」は、タイアップソング7曲の中でも特に作品への寄り添い度が高い印象を受けました。

鋭い! 本当にそうですね。ほかの作品に寄り添う気がなかったってことでは決してないんですけど(笑)、脚本を読んでラフを見て一生懸命、主人公に気持ちを投影しながら書いたのを覚えてます。

──そういうタイプの曲と、例えば「ノンフィクション」や「half of me」のように、もともとあったものがタイアップをトリガーに引き出されたパターンがありますよね。その違いはなんですか?

作品を観て、脚本を読んで、「このテーマとがっぷり四つに組んで書きたい」と思うときと「ちょっと違う方向から書きたい」と思うときがあるかもしれないですね。もちろん作品のよし悪しとか好き嫌いとは一切関係ないんですけど。特に「いてもたっても」は顕著だったし、「トドカナイカラ」もそうかな。リメイク元のドリュー・バリモア主演の映画がずっと好きで、今日の記憶が明日すべて消えてしまうっていう生き急いだ感じに惹かれたところはあります。

09.いてもたっても

──その「いてもたっても」(2019年5月シングルリリース)は映画「町田くんの世界」の主題歌で、初めて恋をした若者の初々しい気持ちを、知恵のある大人のアプローチでつづった曲ですね(参照:平井堅「いてもたっても」インタビュー)。アレンジはUTAさん。個人的にとても好きです。

映画もすごく好きで、いいテーマの作品だなと思ってとっても愛しい気持ちで観たんですけど、全然ヒットしなくてね……(笑)。

──ですよね。僕もいい映画だと思ったんですけど。

思いましたよね。もうホント、自分の感覚ってダメだなって思いました(笑)。好きなドラマとかも絶対に低視聴率なんですよ。ヒットレーダーがないなって思うんだけど。

──男性ソロアーティスト歴代1位の記録(アルバムのミリオンセラー4作)保持者が言うことじゃないですよ(笑)。小さな具体の描写で大きな抽象を表現するという、「ノンフィクション」にも通じる平井さんらしいストーリーテリングの技が光る曲だと思います。

古今東西、数え切れないほどの人たちが書いている「恋に落ちる」というテーマを、なんとか自分のオリジナルな言葉で表現できないかと、とにかく一生懸命に考えて書いたのは覚えてます。アルバムができあがってみんなで聴いたときに、これが唯一パーンと明るい曲なんですよね。あとの12曲はどこかしら翳りがあるから、1曲こういうのがあってよかったなと思いました(笑)。

──確かに明るくハッピーな曲だけど、大人だからやっぱり少年の恋する気持ちとは距離があるじゃないですか。その距離感に趣があるんですよね。「お兄さんも昔、恋したことがあってね」と話しているみたいな。

確かにそうかも。ちょっと寂しいけど(笑)、今、胸が苦しくて書いているのとは違うから、どこかにいい距離が出るのかもしれないですね。距離ゼロのよさももちろんあるんだろうけど。

10.知らないんでしょ?

──「トドカナイカラ」と同日リリースの「知らないんでしょ?」(2018年5月シングルリリース)はテレビ朝日系ドラマ「未解決の女 警視庁文書捜査官」主題歌です。タイアップシングル2曲同時リリースは強力でしたね。ちょっと平手友梨奈さんをイメージして書いたそうですが、「ちょっと」というのはどれくらいですか?

ちょっとどころじゃないですね。平手さんとご一緒して、当時まだ16歳ぐらいだったのかな。彼女の佇まいとか、ステージに立つ覚悟みたいなものにおじさんヒリヒリしちゃって。ちょっとこう、平手さんに何かしたいという気持ちが芽生えたんですよ。で、彼女に曲を書くつもりで書いてみたのがこの曲です。教室の片隅で椅子に座って、誰とも話さずに強ーい目でクラスメイトたちを睨んでる彼女の絵が浮かびました。

──曲が生まれた経緯から素晴らしい。僕も若い方に取材する際、「(私のこと)知らないんでしょ?」と言われているように感じることがたまにありますが、こういう尖り方はとても好きです。

いいですよね。今は素直に育った感じの子が多いけど、こういうタイプのほうがエンタメ性があるっていうか。ずっと一緒にいたら厄介かもしれませんけど。さっきお話しした通り、僕に対してはすっごく誠実だったんですけど、「もっとムチャクチャしてくれてもいいのに」と思ってました(笑)。ドタキャンとかしてほしいなって。