ヒグチアイ「最悪最愛」インタビュー|人生、仕事、恋愛……さまざまな感情と向き合った2年半ぶりのニューアルバム

ヒグチアイが約2年半ぶりとなる4thアルバム「最悪最愛」を3月2日にリリースした。

今年1月にリリースした「『進撃の巨人』The Final Season 2」のエンディングテーマ「悪魔の子」が海外からも大きな反響を集めているヒグチ。レーベル移籍を経てひさびさのリリースとなるアルバムには、同曲に加え、テレビ東京系ドラマ24「生きるとか死ぬとか父親とか」のエンディングテーマ「縁」、昨年配信された“配信3部作”の「悲しい歌がある理由」「距離」「やめるなら今」など、計11曲が収録される。

生きるということについて、人生や仕事について、恋愛についてなど、アルバムの収録曲にはさまざまな情景を通じて彼女自身の真摯な思いをつづる楽曲が並んでいる。インタビューでは、新作の背景にあったものについて、じっくりと語ってもらった。

取材・文 / 柴那典撮影 / 森好弘

変わらずに自分を積み重ねてきた1年

──まずアルバムの全11曲ができあがったときの手応えはどうでしたか?

ギリギリまで作っていたので、ホッとした気持ちのほうが大きかったです。去年の12月まで歌詞を書いていたり、喉を壊してしまって1月までレコーディングしていたりしたので。

──今作にはタイアップも含めていろんなタイプの曲が収録されていますが、それも含めて芯の通った1枚という印象がありました。作るにあたって道筋のようなものはイメージしていましたか?

そもそもタイアップ曲だとしても、自分が思ってないことは書けないので、そろってくるのは必然なのかなとは思います。ただ、今回はいつもみたいに一気に作ってその中から選んでアルバムにするんじゃなくて、1年間ちょっとずつ作って、出して、それを集めたので、軸はしっかりしていても、出方がバラバラになっちゃうんじゃないかは思っていたんです。けど、意外とそうでもなかった。やっぱり思っていることは似通ってくるし、いい意味で言えばブレてない。ただ、悪い意味で言えば、自分がこの1年で大きく変わったわけではないんだなとも思います。変わらずに自分を積み重ねてきたんだなという感じです。

ヒグチアイ

矛盾する気持ちが存在することが大事

──ドラマやアニメの主題歌を書いたり、配信リリースに向けて少しずつ曲を作ったりしていくというやり方は、やってみてどうでしたか?

原作があって、それに対して曲を書くのはすごく楽しかったです。何かの力を借りるというか、誰かが答えを持っているものに対して自分が想像して曲を書いていくというのは楽だし、楽しいことでした。ただ、1年通して曲を作り続けるのは……けっこう嫌ですね(笑)。去年の思い出が「曲を作ってた」だけになっちゃうので。

──「縁」はドラマ「生きるとか死ぬとか父親とか」のエンディングテーマとして書かれた曲ですが、どんなアプローチから書いていったんでしょうか?

そもそもジェーン・スーさんの原作は、年をとった親の面倒を子供が見ているという話なんですけれど、私自身はそういう経験はまだないんですね。父親は仕事をして元気に生きてくれているし、私は逆に助けてもらうことのほうが多い。だから自分とは全然違うし、内容的にはわからないところもあったんです。それでも、私にも近いと思えることや当てはまるところは、親に対して抱く感情でした。私は例えば許せないことがあったりしても、それでも親としてそばにいてほしいとも思う。原作を読んで「許せないんだったら離れればいい」「許せないことを忘れちゃえばいい」と考えたこともあったけど、結局、その矛盾する両方の気持ちが存在することが大事なんだっていうのが、「縁」を書くうえで、自分が出した答えだったんです。その答えがアルバムの軸になった。このタイアップがあったからこそ、自分の軸ができあがった感じがしました。

──親との関係だけでなく、いろんな人との関係性において生まれるままならない気持ちが、アルバムの曲に共通して表れているように思います。

そうですね。好きでもあるし嫌いでもあるという、その両方が共存していることを納得できるようになってから、その気持ちが2つとも入っている曲を書いても正解なんだと思えるようになった。今までは例えば嫌いなら嫌いな部分だけをメインに書いたほうがわかりやすいだろう、共感されるだろうと思っていたんです。でもやっぱり好きの中に嫌いがあり、嫌いの中に好きがある、で全然よかったんだなって。真実を誇張せずにその両方が存在していることを曲にしていくのが、今後の私のやり方になるんじゃないかというところにたどり着いたんだと思います。

割り切れない思いを恋愛をテーマに描く

──「距離」はすれ違いながらも思い合うような関係性を描いた曲ですが、そういう曲も「縁」ができてから育っていった?

そうですね。「縁」を作るまではそういう関係性を許していなかったんです。答えが出ないということを書いていて、答えは2つあるという考えに至らなかった。「距離」に関しては、ドラマや小説で「すれ違う=別れる」と描かれることが多いからこそ、もう1つの正解を出してもいいんじゃないかと思ったんです。すり込まれた正解じゃなくても、みんなわかってくれるんじゃないかというか。聴いてくれる人への信頼を「縁」で得たというのもあるかもしれないです。

──「ハッピーバースデー」「サボテン」「火々」のように、別れていく恋人や、別々の暮らしを始める2人の情景を切り取った曲もありますが、こういう曲はどのように生まれたんでしょうか。

私は恋愛の曲が代表曲になってはいないけど、自分としてはそういう曲はすごく好きだし、恋愛というのは人間を知るのに一番わかりやすいものだと思うんです。恋愛をすることで、自分のわからないところを知っていったり、弱いところも強いところも見つけたりするので。

──これらの曲は、単にハッピーなだけでもないし、恋い焦がれているだけでも、失恋して悲しいだけでもなく、いろんな感情がごちゃ混ぜになって割り切れない思いを抱えている描写がされていますよね。そういう感情のあやを描くのに恋愛というモチーフが適していたということでしょうか。

そうですね。すべてがそうだと思うんです。恋愛だけじゃなく、会社に行くことも、人生も、全部割り切れるものじゃない。恋愛というわかりやすいものを使って、わかりにくいことを書いていく。そうすると状況を想像しやすいと思うので。悲しいだけじゃない、楽しいだけじゃない、答えは「はい」と「いいえ」だけじゃないということを書こうと思ったんですね。劇的なことがなくてもいいし、人にしゃべって「面白いエピソードだね」と言われなくてもいい。そう思うようになったのは2021年になってからだったので、そういう曲を書いてきたつもりです。

ヒグチアイ
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両極端の感情を持てるようになった

──「悪い女」は、どういうところから書き始めたのでしょうか。

誰かとケンカしたときに「私が悪かったから」と言われて逃げられちゃったことがあって。私としては「あなたにはこういうところがあるよね」という話をしようとしたんですけれど、きちんと話ができなかった。「自分が悪いからごめん」と謝ることが、相手を悪者にすることもあるんだなって思って、そこから書き始めた曲です。

──「わたしが悪い」という言葉に、ある種の逆ギレがこもっているという?

そうですね。「悪い」ということの見方を変えた面白さみたいなことを歌にできたらいいなと思ったのが最初ですね。

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──この曲にはアルバムタイトルにもなっている「最悪最愛」という言葉が出てきますが、これはどういう由来なのでしょうか。

この「悪い女」に出てくる相手の男は、本当にヤバいやつなんですけど……これは言葉にするのが難しくて、私は人生の中で、これまでずっと傷付けられないように常にナイフをちらつかせているタイプだったと思うんです。「言ったら刺すから言うなよ」みたいな脅しをしてきたというか。でも、そうじゃなく、ナイフを奥底に持っていれば人のことも許せるし、自分がなりたい人になれると思うようになった。傷付けられたくないけど、人と仲よくしたい。だったら、本当に傷付けられたときにだけ刺せばいいという感覚に変わってきた。ということは、つまり、すごく極端になっているということでもあると思うんですよね。傷付けられたら本当に刺すつもりがある分、人のことを信頼できるようになったし、好きになれるようになった。両極端の感情を持てるようになってきた気がするんです。初めてすごく嫌いになれた人もいたし、その分好きな人をもっと好きになれた。優しくなった分、極端になっている感じがします。