青山吉能×ヒグチアイ対談|シンパシーから生まれた楽曲「透明人間」の魅力とは

青山吉能の1stアルバム「la valigia」が3月8日にリリースされた。

本作には青山が作詞で参加した「moshi moshi」「Page」、ヒグチアイが作詞作曲した「透明人間」などの10曲が収められ、パッケージ盤にはボーナストラック「たび」を加えた全11曲を収録。「やりたいことをやる」という思いを掲げてソロアーティスト活動を始めた青山らしい、バラエティに富んだ楽曲が詰まった1枚になっている。

音楽ナタリーでは本作の発売を記念して、青山とヒグチにインタビュー。2人にお互いの印象や「透明人間」の制作エピソードなどを語ってもらった。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 鈴木惇一郎

2人とも別の立場で“後藤ひとり”を演じていた

──青山さんとヒグチさんの組み合わせから、テレビアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」を連想する人も多いのではないでしょうか。同作で青山さんは主人公の後藤ひとりを演じ、ヒグチさんはオープニングテーマ「青春コンプレックス」をはじめとした計4曲の歌詞を提供していますので。

ヒグチアイ 確かにそうかもしれないですね。

青山吉能 私は、ただただヒグチさんの音楽が好きで「ヒグチさんと私が交わる世界線があったらいいのに」と夢想していたところに、本当にたまたま、私が声優として出演する作品で出会うことができて。そのおかげで、私がヒグチさんの話をすることがすごく自然になりました。私にとってかけがえのないアーティストであるヒグチさんは、私にとってかけがえのない作品の、しかも今ちょうど私がギターを練習している「青春コンプレックス」の作詞をされた方なんだって。そういう文脈が生まれたことも、すごくうれしかったです。

──ただ、「ぼっち・ざ・ろっく!」で後藤ひとりはヒグチさんの作詞曲を1曲も歌っていません。そんな経緯があって今回、ヒグチさんが作詞だけでなく作曲も手がけた曲を青山吉能として回収するというのも、物語としてよくできているなと。

青山 もともと、2021年の春に私の音楽活動が始まったとき、私の担当プロデューサーがかつてヒグチさんの担当をされていた方で、よくヒグチさんのお名前を聞いていたんですよ。そこからヒグチさんの曲もたくさん聴いて大好きになって、例えば私の1stデジタルシングル「Page」(2022年3月配信)の作詞を自分ですることになったときも、ヒグチさんが書かれた歌詞をめちゃくちゃ読んで……。

左から青山吉能、ヒグチアイ。

左から青山吉能、ヒグチアイ。

ヒグチ 本当に? うれしいです。

青山 ヒグチさんの歌詞は、ありきたりじゃない視点で、人生とか人間のありのままを描いているのがすごく素敵で。ご自身が負ったであろう傷も、かさぶたになっているものもあれば、ときに生傷のまま世の中に放り出されていたりして。「私もこんなふうに物事を捉えられたらいいのに」と参考にしようとしたんですけど、ただただ「ヒグチアイ、いい……」となって終わった時間でした。

ヒグチ ありがとう(笑)。

青山 だから自分の音楽活動においても、「ぼっち」で出会う前から作詞とはなんたるかをヒグチさんから学んだと言っても過言ではないので、すごく不思議……なんで今、ヒグチさんが私の隣にいるんだろう?

ヒグチ そう言われたら不思議な話だよね。「ぼっち・ざ・ろっく!」で私は初めて青山ちゃんと出会ったわけだけど、青山ちゃんのプロデューサーは、私がメジャーデビューしてから4年間面倒を見てくれた人で。「ぼっち」の仕事をしたあと、その人と飲みに行ったら「今、青山吉能の担当なんだよね」と言われたので、「そんな偶然ある? 私に曲を書かせてくださいよ」と直談判したんです。

──僕はてっきり、青山さんからヒグチさんにオファーしたのだと思っていましたが……。

ヒグチ 逆なんですよ。それこそ「ぼっち・ざ・ろっく!」では後藤ひとりというキャラクターのことを思い続けて、後藤ひとりの気持ちで歌詞を書いたんです。今回の「透明人間」という曲も青山ちゃんの話をたくさん聞いて書いたので、書き方としては近いかな。

青山 私もヒグチさんも、同じ後藤ひとりというキャラクターの中の人なんですよね。私は声で、ヒグチさんは“詞”で演じている。

ヒグチ そうそう。それぞれ別の立場から同じ人になりきっていた。

やりたいことをやるソロアーティスト活動

──青山さんはアニメ「Wake Up, Girls!」で声優としてデビューし、作品と同名のユニットの一員としてたくさんの楽曲を歌い、以降に出演したアニメでもキャラクターソングを歌ってきましたが、もともと青山吉能名義で音楽活動をしたいという願望はあったんですか?

青山 いや、まったく考えたことがなかったです。きっかけとしては、自分のやりたいことだけをやるライブをしたかったというのがあって。私はWake Up, Girls!での活動を通してライブの楽しさを知り、そして2019年にグループが解散した瞬間、圧倒的な虚無感に襲われたんですよ。それまで当たり前にあったライブというものが解散を境に当たり前じゃなくなって、誰からも声がかからないし……そこで「じゃあ、自分で作っちゃおう!」と思ったんです。全部自腹で、赤字になってもいいから。

青山吉能

青山吉能

ヒグチ へええ。

青山 そのライブを作るために必要なことを、私が勝手にTwitterのDMとかで聞き回っていた中でテイチクエンタテインメントの方に出会い、「せっかくなので、何かリリースしますか」と言っていただいた。そういう流れだったので、当初はソロデビューという響きに戸惑いを感じていたのも事実で。でも、プロデューサーをはじめ今の制作チームの座組ができて、ありがたいことに「やりたいことをやる」というスタンスは変えずにいさせてもらっています。

ヒグチ やりたくないこともあった?

青山 ありました。あの、お金のこととか……。

ヒグチ ああ(笑)。

青山 例えばチケットの売上によってチャージバック率が変わるので、チケット代を100円上げたらどうなるかとか試算したり、演奏してくださるミュージシャンの方々のスケジュールやギャランティを調整したり。Wake Up, Girls!もそうでしたけど、今までのライブは会場から何から全部お膳立てされて、私はただステージで歌うだけだったので、細かいお金の流れについて何も知らなくて。「あ、意外なところにお金かかるんだ?」とか、逆に「このスタッフさんはこんなにがんばってくれているのに、たったそれだけしか支払われないの?」みたいな不条理も目にしたんですが、それもライブという「やりたいこと」があったから乗り切れたんでしょうね。

ヒグチ いい経験をしたと思う。私もインディーズ時代に同じような経験をしているし、もしそれがなかったら、今頃は有頂天なままで歌っていたかも。

青山 何も知らない、まっさらな気持ちのままで。

ヒグチ そうそう。今はチケットの売れ行きとかを考えるのが嫌だから、スタッフさんにも聞かないようにしているけど、あの頃は自分で赤を背負わなきゃいけなかったから。でも、どういうことにお金が使われて、どういう人たちが動いてくれているのかを知っておくことは大事だし、今でも知っておいてよかったなと思います。

──声優アーティストと呼ばれる人の中で、チケット代やサポートミュージシャンのギャラまで計算した人はなかなかいないと思います。

青山 そうかもしれないです。でも、ヒグチさんのおっしゃる通り知れてよかったです。

「旅装」から「la valigia」に

──そんな青山さんの1stアルバムのタイトルは、「la valigia」という……。

青山 意味がわからないですよね。

ヒグチ なんでこのタイトルにしたの?

青山 もともとは、自分の中では「旅装」にしたいと思っていたんですよ。私は立原道造という詩人の「旅装」という詩が大好きだったので、ガワから入るのも恥ずかしいんですけど、ぼんやりと「もしアルバムを作れるなら、タイトルは『旅装』だな」と。でも、曲のミックスやジャケット写真ができあがっていく中で、どんどん「旅装」という漢字2文字と合わなくなっていったんです。そこで「タイトルをアルファベットにしては?」という話になったんですが、私は英語をはじめとする外国語と接点がなさすぎて。何かそれっぽい横文字を拾ってきてタイトルにするみたいな文脈のないことをやるのも嫌だったので、必死で自分と外国語のつながりを探していたところ、そもそもなぜ私が「旅装」という詩を好きになったかといえば、学生時代に合唱部で、立原道造の詩を合唱曲にしたものを歌ったからだと気付いたんです。

ヒグチ へええ。

青山 そこから、当時の私は合唱部の活動に心血を注いでいたことも思い出したんです。部活をしに学校に行っていたし、ちょっと不登校になった時期もあったけど、それでも部活だけは行って帰ってくるような生活を送っていて。じゃあ、そのときに何をよく歌っていたのかといえば、ラテン語とイタリア語の歌で。「外国語との接点、あるじゃん!」と思って、イタリア語でスーツケースを意味する「la valigia」というタイトルを付けました。

ヒグチ スーツケースっていう意味なんだね。「透明人間」を作るにあたって青山ちゃんの話を聞いていたときに、青山ちゃんに“旅”っぽいものを感じたというか、1つの場所にとどまらない人なんだろうなと思ったの。そこに私は信頼感を抱いたんですよ。誰かに言われて、あるいは求められてそこにい続ける人よりも、自分の進みたい道を進む人のほうが、仮に私の前からいなくなってしまったとしても、私は信頼できるような気がして。

ヒグチアイ

ヒグチアイ

──その「透明人間」について、先ほどヒグチさんが「私に曲を書かせてくださいよ」と直談判したとのことでしたが、それを聞いた青山さんは……。

青山 びっくりですよ。プロデューサーから「ヒグチアイに曲を書いてもらえるとしたら、どう?」と聞かれて、内心「どうもこうもないよ! いいに決まってんだろ!」みたいな(笑)。私は天邪鬼なところがあって、例えば欲しかったものを手に入れたときに素直に喜べないというか、つい「これじゃなかったな」とか言っちゃうんです。でも、そのときは天邪鬼になる余裕すらなかったほど、本当にうれしくて。そのあと、直接お会いする機会を設けてくださったんですよね。

ヒグチ うん。そのときが初対面だったんだよね。

青山 ヒグチさんは自動販売機の前で温かい飲み物を選んでいらっしゃって、その光景が今でも忘れられない。心の中で「ほ、本物だあああ!」と思いながら見ていました。

ヒグチ 声に出して言ってたよ。私からしたら、そっちこそ「本物の青山吉能」だったんだけど(笑)。

青山 そのときは「ぼっち」も放送されていたから、いつもオープニングとエンディングのクレジットでお互いの名前を見ていた2人が、初めて出会ったという。