音楽ナタリー Power Push - 林原めぐみ

過去と未来、私の思いと誰かの思い すべて詰め込む「タイムカプセル」

ローカル線の線路のようなベストアルバム

──そうやってファンと一緒に過去の記憶や青春を楽しめてしまうのは、林原さんならでは、言うなればスターならではという感じがします。

ありきたりな言い方なんですけど、あの頃なりに真剣に歌ってきた曲たちですから、今も皆さんの大切な思い出になってくれているなら「ありがとう」しかないんですよ。それにもし今また聴き直すことで、あの頃の自分に負けないように「オレもがんばろうかな?」って思ってもらえたら最高ですし。「人生という線路は続くよ、どこまでも」というか、人の暮らしってずーっと続いていくものだし、そのときどきなりにいいことにも困難にも直面するものですし。

──確かにアラサー、アラフォー、アラフィフなりの悩みってありますよね。

林原めぐみ

子育てのこととか、「会社がどうにかなっちゃった」とか、親御さんとの悲しいお別れとか、40歳、50歳なりのいろんなことが襲ってくるんですよね。でもそういう道のりをリニアモーターカーや新幹線のように猛スピードで駆け抜ける必要はなくて。ローカル線のようなペースででも、ちゃんと走り続ければいいわけですし。このアルバムがそのローカル線の線路になってくれたらいいなって思います。私もそうやって走り続けているつもりですから。

──あっ、それはちょっと意外です。「でも林原さんの人生観はちょっと違うんだろうな」「経験が違うんだから」ってお話を聞いてました。

確かにこの世界にいると、林原めぐみだっていうだけで、たいていの方が親切にしてくれるんですよね(笑)。

──そりゃそうですよ(笑)。フィルモグラフィをご覧なさい。綾波だよ? 乱馬だよ?って話ですから。

でもその親切にしてもらっている林原めぐみ、猛スピードで駆け抜ける林原めぐみを形作っているのは、普通の日常を生きている私なんです。自分の感覚としては日常が8割、猛スピードが2割。お仕事になったら、あえてギアを上げてスピードを上げている感じですね。

──突然ギアを上げなきゃいけないのも大変そうですけど。ギアを上げたなら高速回転しっぱなしにしたほうがまだラクそうというか。

いや、ニュートラルでいる時間、たゆたっている時間が長いほどいいかなあ。「スライムみたいな形をした石、見っけ!」なんて言いながら道ばたの石を拾ってみたり、子供と一緒に真剣に粘土をこねてみたり、そういう時間があればあるほど、ギアを上げたときの集中力が増すんです。それに私が演じるのは基本“人間”なんですよね。たとえ宇宙空間を舞台にした小難しいSFアニメであっても、たとえ見た目が物体であっても、「心」を持つ“物”じゃなくて“者”の声を発さなきゃいけないですから。

──だからこそ日常の感覚が大切だ、と。

はい。ただ確かに、たとえたゆたっていたとしてもその瞬間瞬間の感情の動きに対して敏感ではあるかなあ。「すごくうれしい!」っていうことに直面したとき、喜んでいる自分をどこか俯瞰しているというか。なんで「うれしい!」って声を上げたんだろう? うれしいときってこういう声を上げるんだ!って。当然なんですけど、それがギアを上げたとき、つまり演技をするときに生きてきますから。

「当時の声優事務所にはハウツーがまったくなくてですね」

──そのギアの上げ方っていつ頃会得しました? アルバムを聴くと20代前半の時点でマスターしている印象があるんです。ポップな「星の涙ポ・ロ・ロ・ン」はかわいく歌い、ジャジーな「あこがれ」はアンニュイに、そして“The キャラソン”の「ぴょこLOVE注意報」はやたらな勢いでコミカルに歌っている。局面に応じて適切に変速していますよね。

そうやって歌えたのには、お芝居であれ、歌であれ、お仕事が楽しくてしょうがなかったっていう理由と「とにかくやるしかなかった」っていう理由があって。というのも1990年前後にアニメ業界から音楽業界に向かって「どうやら声優ってけっこう歌えるらしいよ」という照明弾が打ち上げられまして……。

──いや、林原さん自身1989年の「夜明けのShooting Star」で声優が歌えることを証明してみせてましたよね(笑)。

確かに照明弾を上げた何人かのうちの1人だった自覚はあります(笑)。で、その光を見たレコード会社の方がアニメ業界、声優業界にワーッと集まってきたんですけど、当時の声優事務所には音楽業界からの膨大なオファーを精査するハウツーがまったくなくてですね。

──ギアチェンジの仕方を覚えられたのは業界の体質やノリゆえ(笑)。

うん、カレンダーの空いてるところには全部仕事を詰め込まれてましたから(笑)。で、四の五の言ってられない状況になって、とにかく台本を読み込んで読み込んで、練習して練習してっていうのを繰り返してアフレコに臨んで。その一方でデモを聴いて聴いて、歌って歌って、まずは正方形の歌い方を作り上げてキャラクターソングのレコーディングに臨み……。

──正方形の歌い方?

音楽的にスクエアというか、正しいピッチとリズムで歌えるようにしておいて、現場でその正方形を壊すんです。「『ワタル』の曲だからグシャグシャに崩しちゃえ」とか、「November Rain」だったら「『らんま』の曲だけど、ちょっと角を取って丸くしっとりさせたほうがいいかな」という感じで。現場でいかにキャラクターに寄せたとしても、ベースに正方形があれば逸脱はしない。ちゃんと音楽として成立しますから。そういう作業を怒濤の勢いで繰り返していたからギアチェンジの仕方、キャラクターごとの歌い方のプランを現場で立てるテクニックを覚えたんでしょうね。だから「バラエティに富んでますね」って言ってもらえるんじゃないかなあ。

ベストアルバム「タイムカプセル」 / 2015年6月17日発売 / スターチャイルド
[CD3枚組] 3780円 / KICS-3192~4
DISC 1 収録曲
  1. COME TRUE…(アルバム「PULSE」より)
  2. Follow you, Follow me(アルバム「PULSE」より)
  3. Go ALONG ! GO AROUND!!(アルバム「PULSE」より)
  4. 夢を追いかけて(アルバム「PULSE」より)
  5. 星の涙ポ・ロ・ロ・ン(「宇宙英雄物語」より)
  6. Dear Friends(「ぽっぷるメイルパラダイス」より)
  7. Kaleido scope(「WILDCD」より)
  8. おカネがいちばん(「ルナ・ソングス2」より)
  9. ALCHEMY OF LOVE~愛の錬金術~(「天地無用 in LOVE」より)
  10. 虹色れんあい♡(「星くずパラダイス」より)
  11. 約束だよ(KWAK'S SONG)(「あひるのクワック」より)
  12. ハッピー・ハッピー(ALFRED'S WALK)(「あひるのクワック」より)
  13. クローバーイノセンス(「MIYUKI WORLD」より)
  14. ぴょこLOVE注意報(「デジキャラットにょ」より)
  15. Grow up~明日があるぴょ~(「デジキャラットにょ」より)
DISC 2 収録曲
  1. 夢のBalloon(「らんま1/2」より)
  2. 未確認Girl(「エリアル」より)
  3. 好きと言いなさい(「忍空2」より)
  4. 花言葉にゆれて(「絶対無敵ライジンオー」より)
  5. ぶらんこの歌(「七つの海のティコ」より)
  6. プラスα~Album Version~(「瑠璃丸伝」より)
  7. 騒擾楽園(パラリラパラダイス)(「魔神英雄伝ワタル3」より)
  8. にんじんとグリグリ(「魔道王グランゾート」より)
  9. シンデレラなんかになりたくない(「チンプイ」より)
  10. いつまでもwith you(「七つの海のティコ」より)
  11. あなたの風になりたい(「BAD BOYS 2」より)
  12. あこがれ(「ルパン三世 炎の記憶」より)
  13. November Rain(「らんま1/2」より)
  14. JUSTIS~ダンガン×ヒーローより~(「MIYUKI WORLD」より)
  15. HI・MI・KO(台詞入り)(「魔神英雄伝ワタル2」より)
DISC 3 収録曲
  1. COME TRUE…(アルバム「PULSE」より(セルフカバー))
  2. Follow you, Follow me(アルバム「PULSE」より(セルフカバー))
  3. Go ALONG!GO AROUND!!(アルバム「PULSE」より(セルフカバー))
  4. 夢を追いかけて(アルバム「PULSE」より(セルフカバー))
林原めぐみ「タイムカプセル」発売記念イベント
2015年7月5日(日)東京都 某所
林原めぐみ(ハヤシバラメグミ)

東京都出身の声優、アーティスト。高校卒業後、看護学校に通いながら声優養成所に入所。養成所在籍中となる1986年にアニメ「めぞん一刻」で声優デビューを果たし、以来「魔神英雄伝ワタル」の忍部ヒミコ、「らんま1/2」の早乙女乱馬、「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズの綾波レイ、「スレイヤーズ」シリーズのリナ=インバース、「名探偵コナン」の灰原哀、「ポケットモンスター」シリーズのムサシなど人気作の主要キャラクターを歴任する。また1989年発表の「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」のイメージソング「夜明けのShooting Star」が話題を集め、“声優アーティスト”の先駆け的存在に。1990年には個人名義で1stミニアルバム「PULSE」をリリースし、1990年代後半には「Give a reason」「Just be conscious」「don't be discouraged」などオリコン週間シングルランキングトップ10ヒットを記録した楽曲群を発表する。その後もコンスタントにリリースを重ね、これまでに38枚のシングル、13枚のオリジナルアルバム、3枚のベストアルバムを発表。そしてアーティストデビュー25周年を迎えた2015年6月、活動初期のキャラクターソングと「PULSE」収録曲をパッケージしたベスト盤「タイムカプセル」をリリースする。