聴き手をどこにも連れ去らない曲
──そして、秦 基博×リサ・ローブ「Into the Blue」もこのアルバムの聴きどころだと思います。
まさかリサ・ローブさんとコラボできるとは思ってなかったです。たぶん中3か高1だったと思うんですけど、初めて買ったCDがリサさんの「Tails」(1995年)だったんですよ。tvk(テレビ神奈川)の音楽番組を見ているときに流れてきた「Do You Sleep?」を聴いて、すごくカッコいいなと思って。アコギ主体のサウンドもそうですけど、今になって思うと、カントリーにルーツがある女性シンガーソングライターが僕の音楽的な好みだったんですよね。シェリル・クロウや初期のテイラー・スウィフトもそうですけど、その中でも最初に巡り会ったアーティストがリサさんで。
──なるほど。「Into the Blue」も90年代の彼女の音楽を想起させますね。
まさにその頃のリサさんをイメージして、サビのメロディを提案しました。いろいろ変化しながら表現を続けていらっしゃいますけど、僕が一番聴いたのがアルバム「Tails」や「Firecracker」(1997年)だったので、あの頃のサウンド感を今のリサさんに歌ってもらえたらなと思ったし、みずみずしいポップスを作りたいなと。こちらからデモを送ったあとは、Zoomでセッションしながら作っていきました。リサさんは歌詞をすごく大事にしていて、メロディだけでは判断しない感じがありましたね。メロディは暫定的に置いていって、歌詞を乗せるときに固定するというか。内容については、それぞれが考える“美しいもの”を書いています。性別も年齢も国籍も違う2人がお互いの美しいものを並べて、それを包括するようなサビがあるっていう。
──歌録りは日本だったとか。
アメリカでも録ってもらっているんですけど、リサさんがたまたま日本に来られることになって、そのときにお時間をいただいてそこでも録らせていただきました。実際にお会いしたリサさんはすごくキュートな方でした。歌声は「リサ・ローブだ!」というか(笑)、とにかく生で聴けてすごくうれしかったですね。
──6曲目は、秦 基博×ハナレグミ「No Where Now Here」。ハナレグミ、永積崇さんとの接点は?
何度かライブでご一緒したことがあるんですよ。J-WAVEのイベント(「J-WAVE LIVE SUMMER JAM 2015」)で「サヨナラCOLOR」を一緒に歌わせてもらったり、僕のツーマンツアー(「HATA EXPO Livehouse Circuit 2023」)にも出ていただいたり。何度かライブも拝見してるんですが、すごく自由だし、お客さんと一緒に空間を作り上げていて。あんなにも“その瞬間”を歌にできる人はいないと思うし、音楽との向き合い方も含めて、憧れがありました。しっかり音楽を作ったのは今回が初めてだったので、すごくうれしかったです。
──「どこにもたどりつかなくても なにものにもならなくても」というフレーズが印象的です。この曲はどうやって作っていったんですか?
曲を作る前に「とにかく1回しゃべろう」ということになって、永積さんの行きつけの喫茶店で2、3時間くらい話したんです。音楽のことだけじゃなくて、「最近どんな暮らしをしてるの?」とか、お互いに感じてることだったりも。「Netflixとかで作品を選ぶときに、グッと入り込むようなものより、ライトなエンタテインメントをよく観てるんですよね」みたいなことを話してるうちに、“聴き手をどこにも連れ去らない曲”を作れたらいいねということになったんですよ。
──面白い。音楽には“ここではない何処か”に聴き手を連れていく作用がありますが、まったく逆の発想ですね。
それをワードにしてくださったのは永積さんなんです。今はあらゆるものが僕達を“ここではない何処か”へ連れていこうとするから、“どこにも連れ去らない”ってある意味、すごくパンクじゃない?という。その後、僕の作業場でギターを弾きながら作っていったんですけど、“どこにも連れ去らない”が1つの指針みたいになってました。「そのコードはちょっとムードがありすぎる」とか、「こういう転調だったら大丈夫だね」とか。ただ、作詞は難しかったですね。哲学的なテーマだし、つかめるようでつかめないというか……。で、また喫茶店で話をして(笑)。とりあえず僕がワンコーラス分を書いたんですけど、それを永積さんに送ったら、続きじゃなくて、別のワンコーラス分が戻ってきたんです。
──1番の歌詞が2つある状態?
そうです(笑)。でも、そこで永積さんの歌詞を見たときに、この歌のテーマをぎゅっとつかめた感覚があったんです。そうやってニュアンスを共有しながら書いていった感じですね。ゼロの状態から「どうする?」って話しながら曲を作れたのは貴重な体験でした。
「今日は『アイ』やるんですか?」
──既発曲についても聞かせてください。“back numberと秦 基博と小林武史”名義の「reunion」は、2016年リリースの楽曲ですよね。
この曲は清水依与吏くんとギターを抱えながら「どうする?」と会話するところから始まって。ベースの部分やお互いのやり方をすり合わせながら少しずつ作っていったのを覚えてますね。そこで出てきたアイデアをまとめていったんですけど、やっぱり小林武史さんの存在はめちゃくちゃ大きかったです。僕らも小林さんのサウンドで育ってきていることもあって、アレンジされたものを初めて聴いたときは「おお! すごい!」とテンションが上がりました。
──土岐麻子&秦 基博「やわらかい気配」は、土岐さんが作詞、秦さんが作曲しています。
土岐さんのほうから、楽曲提供と「一緒に歌ってほしい」というオファーをいただいたんです。「やわらかい気配」は、もう一緒にいない2人が歌っているという曲で、僕と土岐さんが歌うパートがしっかり分かれています。僕は以前から土岐さんの歌詞が好きなんです。ポップでエッジが効いてるし、切り口や言葉のチョイスが斬新だったりもする。最初にすごいなと思った土岐さんの作品は「トーキョー・ドライブ」。あとは「PINK」というアルバムがめちゃくちゃカッコいい。誰がサウンドを作ってるんだろう?と思ったら、トオミ ヨウさんが作曲とアレンジを担当していて。土岐さんのアルバムを聴いて、自分もトオミさんにお願いしたいと思ったんです。
──そんなつながりがあったんですね。ストレイテナー×秦 基博の「灯り」は、オルタナテイストのロックナンバーです。
これもテナーの皆さんから声をかけていただいて実現しました。ホリエアツシさんが僕の「アイ」をカバーしてくれていたり、聴いてくださっていることは以前から存じ上げていたんですけど、一緒に曲を作れるなんて思ってもいなかったからびっくりしたし、うれしかったですね。ホリエさんのほうから「冬の曲を作りたい」という提案があって、僕からも「三連(符)はどうですか?」みたいなアイデアを出させてもらって。アレンジは、メンバーの皆さんと一緒にスタジオで進めていったので、ちょっとだけバンドの一員になった気分を味わえました(笑)。
──秦さんの世代は、ストレイテナーやASIAN KUNG-FU GENERATIONの影響を受けた人も多いのでは?
そうですね。僕がライブハウスで活動を始めたのは2000年くらいなんですけど、周りはギターロックバンドが多かったです。僕はその中で1人、アコギ1本で歌ってました(笑)。もちろんストレイテナーも知っていたし、媚びない感じがカッコいいなと思っていて。2012年にアジカンさんのイベント「NANO-MUGEN FES.」にも呼んでいただいたことがあるんですよ。そのときホリエさんとバックヤードで会って、「今日は『アイ』やるんですか?」と聞かれたので、急遽、最後に「アイ」をやりました(笑)。
“音楽的に天才で変態”な人
──アルバムの最後は、KAN+秦 基博の「カサナルキセキ」。同じコード進行で作ったKANさんの「キセキ」、秦さんの「カサナル」を合わせた楽曲ですが、アイデアもソングライティングも本当に素晴らしいですね。
KANさんの才能が爆発してますよね。僕はKANさんの音楽性を“天才的であり変態的”だと思ってるんですけど(笑)、それがいかんなく発揮されていて。最初に「同じコード進行の上に2つのメロディが共存する曲を作りたい」という構想を聞かされたときは“きょとん”でした(笑)。僕はただKANさんについていっただけなんですよ。そのときから「謝罪会見もやろう」とも言ってました。「どこまで本気なのか?」と思ったんですけど、全部本気でしたね(笑)。
──謝罪会見、音楽ナタリーでもニュースになってました(参照:KAN+秦 基博、「キセキ」「カサナル」を1つの楽曲として制作していたことを謝罪)。
あはは。「カサナルキセキ」を作ったときもそうだったんですけど、KANさんは純粋に音楽的に「いいものを作る」ということだけに気持ちのすべてが向かっていて、まったく妥協がないんです。自分が提案したメロディも何度も却下されましたが、逆に「いい」と思えばしっかり褒めてくれて。
──秦さん自身も、多くの影響をKANさんから受けてますよね。
そうですね。自分に妥協しない、徹底的にお客さんを楽しませる、という姿勢は自分も持っていたつもりだったんですが、KANさんとお会いして「まったくレベルが違うんだな」と思い知らされたんです。2010年に「星屑の隙間に木村基博」という、スターダストレビューの皆さん、スキマスイッチ、僕、KANさんの4組でのライブがあったんですが、「今持ってるものを全部出し切らないとついていけないな」という緊張感がありましたね。当時はちょうどデビュー5年目くらいだったので、あのライブを経験させてもらったのは自分にとって本当に大きかったです。
──コラボレーションアルバムを通して、秦さん自身のインプットもかなりあったはず。今後の制作にもつながるのでは?
これだけの方々の感性や尺度を体験しましたからね。今回インプットされた皆さんのすごさは、自分の中に自然と染み込んでいくと思うんですよ。「参考にしよう」とか、「意識して変えてみよう」と思わなくても、僕のスタイルもまた変わっていくだろうなと感じてますね。
プロフィール
秦 基博(ハタモトヒロ)
1980年生まれ、宮崎県出身のシンガーソングライター。横浜を中心に弾き語りでのライブ活動を開始し、2006年にシングル「シンクロ」でデビュー。柔らかな声と叙情豊かな詞、耳に残るポップなメロディで大きな注目を浴び、2009年に初の東京・日本武道館公演を実施。2014年発表の3DCGアニメ映画「STAND BY ME ドラえもん」の主題歌「ひまわりの約束」は130万ダウンロードを超える大ヒットを記録した。2017年に神奈川・横浜スタジアムでワンマンライブを開催したほか、初のオールタイムベストアルバム「All Time Best ハタモトヒロ」を発売した。2021年には15周年記念ライブを神奈川・横浜アリーナ、大阪・大阪城ホール、東京・日本武道館にて開催し、2023年には3年ぶりの7thアルバム「Paint Like a Child」をリリース。2024年5月には、アコースティックライブシリーズ「GREEN MIND」を東阪の野音会場にて成功裏に終えた。同年11月20日に自身初のコラボレーションアルバム「HATA EXPO -The Collaboration Album-」を発表した。
秦 基博とスタッフ (@hata_official) | X