知識があるからこそ脆弱なままでいられる
──全曲セルフプロデュースですが、トラックも素晴らしいと思いました。
けっこう自分のDAWの技術が磨かれてきたので、どれぐらいいけるのかを試したかったっていうのはあります。
──まずリズムがカッコいいし、フレーズもめちゃくちゃキャッチーでポップだなって。
そうなんですよ! ポップですよね? そうなんですよ! (隣に座ったマネージャーに)ポップです! すごいポップなアルバムができたと思って友達に聴いてもらったら、「全然ポップじゃなくね?」って言われましたけど(笑)。
──「anointment」ではメロディ、「haven」では初期のポエトリーっぽいラップ、「panopticon」ではちょっとサグい“ワルねむり”感と、これまで作品ごとにチャレンジして身に付けてきたさまざまなスタイルを総覧して見せてくれたような、ぜいたくな楽しさもあるし。
うれしい。今回11曲しかないんで、そこに全部入れちゃおう、みたいな感じで、1曲ごとの要素はたぶん多い気がしますね。あと今回はスクリームを封印しました。
──「cosmic egg」の「痛いよ……」も、初期から聴いてきた者には懐かしかったです。
あれが一番、素の私に近い気がします(笑)。確かに「cosmic egg」があるから、アルバムがあんまりマッチョにならずに済んでるのかもしれないですね。全体としては外へ向かってカチッカチッと思考を組み立てていく感じだけど、「cosmic egg」は内向的な繊細さ、傷付きやすさを歌ってると思うから。外に向けた思考の営みを平気な顔でやってるんじゃなくて、内心「痛いよ」って思いながらやってるんだよ、っていう。そういうのが入ってるのが自分っぽいんでしょうね。
──本当にそうだと思います。ねむりさんのことを強面だと思う人もいるかもしれませんが、お友達を大切にして、動物を愛する優しさも僕は知っているつもりですし、むしろそういう人をこれほど怒らせているのはなんなのか、って話だと思うので。
今、家の近所で犬の友達のほうが多いですから(笑)。「IGMF」の件で私を知った人は、そういう面は知らないですよね。
──さっき歩み寄りの話もありましたが、引用も頭がよさそうで(笑)、敷居の高さを感じちゃう人もいるかもしれませんし。
確かにああいう文献を引用できること自体、特権的でマッチョなことだと思うんです。と同時に、そのマッチョさが私を守ってくれてもいるというか、知識があるからこそ脆弱なままでいられる、ということもあるから。よくないほうに行っちゃうときもあるじゃないですか。「俺らだってつらいよな」と慰め合ってマチズモを温存するみたいな。そういう方向ではなくて、もっと根源的な、どうしても傷付いてしまう、痛みを感じてしまう繊細さを持ち続けられているのは、きっと体系的な知識があるからだとも思うんですよね。
──自分の脆い部分を守りたくて読書したり勉強したりすることもありますしね。
特権性を自覚してないゆえに傷付いてるのか、いろんなものが見えてしまうゆえに傷付いてるのか、逆に見えてないゆえに傷付いてるのか。そこは難しいところですよね。ただ、傷付くこと、痛みを感じることを、合理性のために切り捨てることなく、かといって集団の結び付きを強めるための被害者仕草に使用するのでもなく、しっかりと持ち続けることは、自分の存在の一部だと思ってて。嘘ではないから提示したほうがいいとは思うけど、そればっかりになると自分はしんどいし。マッチョさが脆弱さを守ってるというねじれも自覚しているので、マッチョさゆえに怖いと思われるのは申し訳ないというか。
あなたが効率のために切り捨ててきたものが、あなたらしさだと思う
──友人がねむりさんの曲を聴いて「詩に馬力があっていいね」と言っていました。詩という言葉にはヘタに触れば壊れてしまいそうな繊細なイメージがあるけれど、「壊れてたまるか」というど根性、生命力みたいなものを感じると。
構造の内部からその構造をぶち破るっていうことを考えてたから、そういう強さは言葉自体にあると思うんです。提示してる世界の感じとか。なんで繊細な歌詞ばっかり書いてないんだろう、私(笑)。
──統一感と流れに優れていて、正直かつ率直で、とにかく素晴らしいアルバムです。「anointment」や「terrain vague」に「いま・ここ」という言葉が繰り返し出てきたり。
「いま・ここ」で自分がどう感じているかを確かめ続けるということが「生きる」ってことなんじゃね?って思うんです。流動的な状態が人の存在なんじゃないかなって。システムは人の存在を固着化しようとするじゃないですか。それってすごく暴力的だと思うし、その暴力に抗いたい気持ちがあります。みんなもっと変わっていいっていうか、「理由なく明日、急に休んでもいいんだよ」みたいな。休みたいと思うかもしれないし、休みたいと思ったら休んでいい。そう思っちゃいけないと思い込んでるから、そう思う可能性のある自分をだんだん忘れて、思ってないってことにして生きてるんじゃないかなって、すごく思います。「あなたという存在はもっと流動体のはずで、あなたが効率のために切り捨ててきたものが、あなたらしさだと思うな、私は」っていうことは強く言いたいですね。自分に対してもそう思うし、思っていたいし。
──そう思います。末井昭さんの「自殺」という本で読んだことを思い出しました。「学校でいじめられたり、会社で孤立したり、業績が上がらず上司から嫌味ばかり言われたりしている人には、休み明けの月曜日はつらいかもしれません。しかし、早まって電車に飛び込まないでください。そういうときは反対側のホームに行き、逆方向の電車に乗ることです」と。
飛び込むぐらいならね。私はそこで「乗らなきゃ」って思わせてる仕組みのことを、このアルバムですごく書いてるんです。それを見つめたら「乗らなくてもいい」っていう選択肢を得られるはずだって。
奪ってしまうことはあるけれど、「奪いたくない」と思うことはできる
──大切なお話をありがとうございました。9月からツアーが開催されますが、アメリカから始まって、日本各地を回って、台湾でやって……ワールドツアーですね。
行けるうちに行っとこうという(笑)。本当にいつ行けなくなるかわかんないんで。次のビザが出ないかもしれないし。
──いや本当に。笑えないコメディみたいな世界ですもんね。12月にはワンマンライブもありますね。ひさしぶりじゃないですか?
実はライブハウスでワンマンをやるのは初めてなんです。2017年にホール(武蔵野公会堂)で1回やったことがあるのと、毎年誕生日に入場料フリーのワンマンをやってますけど、それはゆるい感じなんで。
──楽しみです。僕からはこんなところですが、ねむりさんから最後に何か言っておきたいことがありましたら。
なんだろうな……けっこう毎回、同じこと言っちゃってる気がするんですけど、奪われたりすることは、人生にはある。けど、「もうこれ以上、誰からも何も奪いたくない」と思うことはできる、と信じたい。
──「もうなにも奪いたくない / ただ存在するそれが望みだ」(「iconoclasm」)ですね。
無理かもしれないし、無理な状況にいる人がいることもわかってるけど、そう思ってみてほしいです。それがたぶん、人が持てる唯一の気高さだと思うから。みんながそう思えば、マジで世界平和になると思うんだよな~。難しいときもあるでしょう。私にもあります。でも、私は思いたい。あなたが思ってくれたら、私も思える。私は思うようにがんばるから、思ってほしいです。奪ってしまうことはあるけれど、「奪いたくない」と思うことはできるって。以上です。
公演情報
春ねむり “ekkolaptómenos” JAPAN TOUR 2025
- 2025年10月7日(火)神奈川県 横浜B.B.STREET
- 2025年10月12日(日)茨城県 Stormy Monday
- 2025年10月18日(土)長野県 松本club SONIC
- 2025年10月26日(日)福島県 Music Bar burrows
- 2025年11月15日(土)愛知県 K.D ハポン
- 2025年11月16日(日)京都府 METRO
- 2025年11月18日(火)大阪府 CONPASS
- 2025年11月23日(日・祝)北海道 KLUB COUNTER ACTION
- 2025年11月26日(水)福岡県 graf
- 2025年11月29日(土)沖縄県 コザ 騒音舎
- 2025年11月30日(日)沖縄県 那覇fanfare
春ねむり “ekkolaptómenos” TOUR FINAL単独公演「孵化過程」
2025年12月10日(水)東京都 WWW
プロフィール
春ねむり(ハルネムリ)
横浜出身のシンガーソングライター / ポエトリーラッパー / プロデューサー。自身で全楽曲の作詞・作曲・編曲を担当する。2018年4月に初のフルアルバム「春と修羅」をリリースした。これまでに複数回のワールドツアーを開催し、100公演以上にも及ぶ海外公演を開催。2022年4月に2ndアルバム「春火燎原」を発表した。2025年にはよりDIYかつアナーキーな表現の追求を掲げて独立し、自主レーベルを立ち上げ。2025年8月に3rdアルバム「ekkolaptómenos」をリリースした。
春ねむり HARU NEMURI (She/Her) (@haru_nemuri) | X