はっぴいえんどのアルバム「はっぴいえんど」「風街ろまん」「HAPPY END」が11月1日にCD、11月3日にアナログ盤で再発売された。
日本語ロックの先駆者として、音楽シーンで絶対的な存在感を放つ、はっぴいえんど。その詞作において中心的なポジションを担っていたのがドラマーの松本隆だ。彼が描くみずみずしくも美しい日本語詞の世界は、発表から50年以上経った今もなお色褪せることなく普遍的な光を放っている。はっぴいえんどで作詞家としてのキャリアをスタートした松本は、1972年のバンド解散後、本格的に作詞家としての活動を開始。太田裕美「木綿のハンカチーフ」、寺尾聰「ルビーの指環」、松田聖子「赤いスイートピー」、KinKi Kids「硝子の少年」など、さまざまな名作を世に送り出し、世代を超えて多くのクリエイターに影響を与えている。
今回対談に登場してもらった作詞家の児玉雨子も、そんな松本の詞世界に魅了されたクリエイターの1人だ。ハロー!プロジェクト所属のアイドルから近田春夫まで、幅広いアーティストに歌詞を提供し、近年は小説家としても活躍する児玉。ランカ・リー(中島愛)が歌う「星間飛行」で松本の歌詞の魅力に目覚めたという平成生まれの彼女の感性に、はっぴいえんど時代の若き松本が描いた“風街”の言葉はどのように響いているのか? 2人の対話に耳を傾けてみよう。
取材・文 / 辛島いづみ撮影 / 小財美香子
都市文化に対する愛憎入り混じる思い
児玉雨子 松本さんが歌詞を書かれた曲は子供の頃から無意識にたくさん聴いてきましたが、最初に“作詞:松本隆”というクレジットを意識したのは、テレビアニメ「マクロスF」の劇中歌「星間飛行」(作曲:菅野よう子 / 2008年)だったんです。歌詞ってこんなふうにきれいに書けるんだと感動して。私が幼少の頃は、歌といえば歌謡曲ではなく、シンガーソングライターが強い時代。専業作詞家が書くと、こんなにもテクニカルでポエティックなものになるんだと知ったんです。その後、“松本隆ワークス”をさかのぼり、「KinKi Kidsの歌詞も同じ人が書いてるんだ!」と驚き、そして、はっぴいえんどにたどり着きました。
松本隆 そうだったんだ(笑)。「星間飛行」は何歳の頃?
児玉 10代中盤くらい。私はちょこっと後追いなんです。アニメ放映が終わってから、ネットで「星間飛行」がミームのように流行っていたことがあって、私が出会ったのもネットでした。ランカ・リーが歌うミュージックビデオの切り取り動画とともに「キラッ☆」の部分だけが独り歩きしていて。初めてフルで聴いたとき「どうしてこんなに泣けるんだろう?」と。「魂に銀河 雪崩れてく」というフレーズが本当に素敵だと思いました。
松本 「雪崩れる」という表現は、はっぴいえんどの「空いろのくれよん」(作曲:大瀧詠一 / 2ndアルバム「風街ろまん」収録。1971年)から始まっているんだ。
児玉 2番の歌詞の冒頭、「きみの眸のなかで雲が急に雪崩れると」のところですよね。この「雪崩れる」もすごく美しい。実は、松本さんにずっと聞きたかったことがあるんです。私は、はっぴいえんどの時代の空気を吸って生きていないので想像でしかないんですが、ちょっとノスタルジックなものを、はっぴいえんどの詞から感じるんです。1970年代よりも以前の時代の街を眺め、“風街”と呼んでいるように感じるというか。今現在、2023年の東京ってどう思いますか? 好きですか? 苦手ですか?
松本 ずっと好きで、ずっと苦手(笑)。はっぴいえんどの頃から、愛憎が入り混じってるんだ。
児玉 松本さんは、今の都市文化を好きじゃないのかなと思っていたんですが。
松本 いいや、愛してる(笑)。変わらないものはもちろん、変わっていくものも僕は愛してる。僕にとっては渋谷がホームタウンなんだけど、子供の頃とは街の様子が全然違う。際限なく変わっているんだ。そこが半分嫌なんだけど、半分は愛してる。だから、東京という街に対しては非常に複雑な思いがあって。例えば、今僕が住んでいる京都という街は、東京とは違い、できる限り古い街並みを残そうと努力している。それでも少しずつ浸食されてはいるんだけどね。
新たなツールの登場とともに進化した執筆スタイル
児玉 松本さんは、もしかしたら新しいものが嫌いなのかな?とずっと思っていたんです。だから故郷の東京を離れてしまったのかなって。
松本 そんなことはないんだ。都会の人間だし、青山で生まれて麻布で育ってるし、新しもの好き。ファックスを買ったのも早かった。ファックスが登場した当時、洗濯機くらいの大きさだったんだよ(笑)。
児玉 洗濯機!
松本 そう。それまでは歌詞を電話で伝えるようなこともあったんだけど、ファックスを導入してからはずいぶん楽になった。
児玉 え、電話でって、1行ずつ口頭で?
松本 鈴木茂のアルバム「BAND WAGON」(1975年)のときはそうだった。インスト曲を除いてアルバム全曲の詞を書いたんだけど、当時、茂はアメリカでレコーディングをしてたから、「どんな曲なの?」って電話口で口ずさんでもらって、詞を書いて。歌詞を1曲伝えるだけで通話料が5、6万(笑)。
児玉 ひー(笑)。
松本 だからワープロが登場したときは、すごい文明の利器が生まれたもんだとうれしかった。松田聖子の歌詞も、途中からはワープロで書いていたんだ。
児玉 ワープロで書くときは、まず紙に書いたメモとかを書き写すのではなく、最初からタイピングしていたんですか?
松本 聖子の頃は、まずはノートに書いてた。推敲用のノートがあったんだ。それをワープロで清書する。KinKi Kidsの頃になると直接ワープロで書いていたんじゃないかな。パソコンを導入したのもその頃だったと思う。今はiPhoneでも書けるよ。
歌そのものが1人の人格になる感覚
児玉 私も新しもの好きなので、歌詞を書いたあとに、作曲家から正確なMIDIをもらってボーカロイドのようなAIの音声合成ソフトに歌ってもらうようにしてるんです。
松本 すごい! さすがにそれはやってない(笑)。
児玉 私は歌が下手なので、新しい技術に助けられています。あと、そうして譜面や打ち込み画面で視覚的に見ていると、本当に今の音楽って、ブレスの位置が少なくなったな、と思うんです。
松本 そうなんだ。
児玉 グループアイドルが多いというのもあると思います。複数の人が入れ代わり立ち代わりで歌うので。
松本 そうすると一人称の感情が減ってこない?
児玉 歌そのものが1人の人格になったりするので、それをみんなで分け合う感じというか。
松本 でも全然性格の違う人たちが1つの歌を歌っているわけでしょ?
児玉 ただ、グループのイメージが1つのキャラになっているので、その中で1人の人間の多面性みたいなものを出せるようなことはあるように感じます。グループアイドルには、弱いキャラの子も強いキャラの子もいて、人間ってそんなに単純じゃないというのを1曲で表現できるというか。あまり人数が多いグループの作詞は苦手なんですが、ちょうどいい人数のグループだと、きれいに成立するんです。とはいえ、松本さんが指摘されたように、一人称の書き方は変わるかもしれない。
松本 僕は大人数のグループの歌詞を書いたことがないんだ。多くて3人。だから、歌詞で人数を気にしたことがない。どのパートを誰が歌うか、それはレコード会社のディレクターが決めることだし。
児玉 はっぴいえんどもそうですか? 細野晴臣さん、大瀧詠一さん、鈴木茂さん、3人のボーカルがいらっしゃいましたが。
松本 まったく考えてない。当時は歌う人のことを1㎜も考えてなかった(笑)。
児玉 あはははは。
松本 だから細野さんは、「歌いにくい」っていつも言ってた(笑)。
はっぴいえんどの歌詞で試みた実験
児玉 ずっと気になっていることがもう1つあって。というのは、日本語の音節の感覚です。はっぴいえんどをはじめとする松本さんの歌詞って、「ん」で伸びる箇所が多いなと思うんです。例えば私は、「はっぴいえんど」という言葉だったら、1つの音に「えん」という言葉を乗せるんですが、松本さんは1つの音に「ん」という言葉を乗せられることが多いように感じて。先ほど出てきた「空いろのくれよん」なら、「きっと風邪をひいてるん~です」とか。私は、「ん」で伸ばすというのは、基本的には避けてしまうんですが、これはあえてなんですか? 私は「歌いにくい」と言われてしまうのが怖くて、書かないようにしているところがあるんですが(笑)。
松本 確かに歌いやすい音というのがあって、みんな「あ行」か「お行」にしてくださいって言うんだ。1音を長く伸ばして歌いやすいからって。
児玉 それ、けっこう言われます(笑)。
松本 でもね、それに対して僕が言うのは「プロなんだから、なんでも歌いなさい」(笑)。
児玉 あははは。
松本 プロの歌い手だったら、発声しにくい音も克服しようよって(笑)。
児玉 はっぴいえんどのときは、松本さんの詞をもとに皆さん曲を作っていたんですよね?
松本 そうです。
児玉 そこで「ん」を強調しようと作曲する側の皆さんがやっていらっしゃったとするならば、そこはすごく興味深いことだなと思うんですが。
松本 はっぴいえんどの頃は、いろんな実験をしたんだ。語尾をわざと切ったりしたこともあったし。
児玉 「氷雨月のスケッチ」(作曲:鈴木茂 / 3rdアルバム「HAPPY END」収録。1973年)もそう。「12色の色鉛筆」とか「深く沈んで」とか、「ん」で伸ばす箇所が1番と2番で、すごく美しくそろっているんです。歌詞の意味を超えた、音と言葉の関係性にすごく引っかかって。
松本 でも僕は今まで意識したことがないなあ。「ん」が歌いにくいとか言う人は歌手を辞めたほうがいいと思うけど(笑)。
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歌詞とタイトルの関係性