海外に根付く日本のカルチャー
──そんな中、昨年9月に1stシングル「夜と嘘」をリリースされたわけですが、これがYouTubeで120万回以上再生されています。台湾やモンゴル、ボリビアなど、海外でもたくさん再生されているんですよね。海外での展開はもともと狙っていたんですか?
いえ、実はまったく狙っていませんでした(笑)。というのも、歌詞が日本語である以上、なんだかんだ海外の人に届けるのは難しいだろうと思い込んでいたんです。ただ、プロモーターの方が「海外にもプロモーションをかけてみましょう!」と勧めてくださって。そしたら、その瞬間ドワーっと海外からレスポンスがあったんです。何が起きているのかしばらくよくわからなかったですね(笑)。
──1stシングルで、いきなり海外の方にここまで聴いてもらえるというのはどのような感覚ですか?
それはもう面白いし、うれしいですよ。一度も聞いたことがないような国の方からInstagramでメッセージをもらったり、HANCEの曲を歌った動画が送られてきたり。急に世界中に知り合いが増えたような感覚です(笑)。あと、個人的にはアニメの影響ってやっぱり大きいんだなと感じました。SNSのフォロワーさんも、アニメ系のアイコンが多い。恐らく僕らが思っている以上に日本のカルチャー自体がすでに海外にも浸透していて、自分たちがアメリカやイギリスの音楽を聴いてきたような感覚で、日本語の曲も違和感なく聴いていただいているのかもしれないですね。
──海外での展開は狙っていなかったとのことですが、「夜と嘘」や「バレンシアの空」のミュージックビデオはスペインで撮影されたんですよね。
やっぱりそれは、これまでいろいろな国に行って、その環境でインスパイアを受けて曲を作ってきたので、海外で撮影するほうが自分の中では自然なことだったんですね。もっと言えば、MVは全部海外で撮ろうと思っていたぐらいです。残念ながらこういう状況で、それは難しくなってしまいましたけど。でも海外で撮影してみて「海外での撮影は理にかなっている!」と思いました。
──それはどういう点においてですか?
まず単純に、海外は意外と安い(笑)。例えば僕はスペインのバレンシアで撮りましたけど、街中にあれだけ素敵なロケーションがあるので、日本でスタジオを押さえて撮影するより安上がりなんです。飛行機代や宿泊費もオフシーズンならそんなに高くないですし。
──そういうビジネス的な感覚も、会社を経営されているからこそかもしれないですね。
そうかもしれないです(笑)。音楽活動も海外に行くこともビジネスも、全部自分の中ではつながっているんですよね。海外の会社にも投資していたりするんですけど、撮影のときも「何か面白い会社ないかな」とか現地でリサーチしたりして。もちろん観光のための時間も取るのでプライベートも楽しめますし、一石三鳥です(笑)。
──MVもそうですけど、「夜と嘘」や「バレンシアの空」は楽曲にもラテンなどの要素が入っていて、スパニッシュな匂いが強いですよね。曲の作りもいわゆるAメロ、Bメロ、サビというものではなくバースとコーラスで構成されていて、J-POPのマーケットに特化していないというか。
そうですね。僕の1つのテーマとして「映像が浮かぶような音楽をやりたい」という思いがあるんです。楽曲を作るときに必ず風景や、その土地の匂いを思い浮かべるんですけど、そこで思い浮かべる景色は国内ではないことがわりと多いかもしれない。そうすると必然的に、日本よりも海外の影響が色濃く出た曲になるのかもしれないですね。
音楽だからこそ表現できること
──ここからはアルバム全体のお話をお聞きします。1stシングル「夜と嘘」に続き、アルバムのタイトルは「between the night」ということで“夜”がモチーフになっていますよね。このコンセプトはどういったところから決まったんですか?
ずっと前から「アルバムを作るならタイトルは『between the night』でいきたいな」と思っていたんです。“夜”というのはHANCEとしてかなり意識しているテーマでして。理由は単純に「夜になったら子供は寝るよね」というものなんですけど(笑)。やっぱり大人の方に向けた音楽を作る以上、夜という時間帯をテーマにするのが一番適しているかなと。
──いただいた資料の中には「映画的」や「シネマティック」という言葉がたびたび出てきますが、“夜”というテーマ以外に映画的な世界観も1つのコンセプトになっているのでしょうか。
アルバムの中にはラテンっぽい曲もあればR&Bやソウルの影響を受けた曲もありますし、日本の歌謡曲っぽいものもある。僕自身は90年代後半のロックに影響を受けて育ったりしていて、音楽的には特定のジャンルに縛られているわけではないんですけど、1つ軸があるとすれば「映画的な世界観をパッケージしたい」という思いがあるんですよね。個人的にそれを“シネマティックミュージック”と呼んでいるんですけど。
──そういった思いが先ほどおっしゃっていた「風景を思い浮かべて曲を作る」というお話にもつながってくるんですね。
そうだと思います。「SUNNY」という曲はジム・ジャームッシュやヴィンセント・ギャロの作品みたいな世界観をイメージしていて。ああいうアートフィルムのような、少しノスタルジックな世界観が好きなんです。
──ノスタルジックというのもHANCEさんの楽曲を語るうえでのキーワードのような気がします。
確かにノスタルジックというのはよく言われますね。これは「大人になった今だからこそ表現できること」という話にも通じるのかもしれないですけど、やっぱり自分の人生の半分がもう過去のものになったというのは抗いようのない事実としてあるんですよ。よく「過去を振り返らずに前向きに生きましょう」とか言ったりするけど、僕はノスタルジックなものや過去のものをマイナスに捉えていなくて。過去の匂いや空気感のようなものをたまに引っ張り出してきて、その感覚を思い出すのも、歳を重ねてきた人の人生の楽しみ方の1つだと思うんです。そういった楽しみを、自分の音楽にも感じてもらいたいというのはありますね。
──それをすごく象徴していると思うのが、歌詞に「戻れない」「戻らない」といった言葉がすごく頻繁に出てくるんですよね。そういう不可逆性のようなものはテーマとして意図していることではなく、無意識に表れているんでしょうか。
明確に意図しているわけではないので、無意識に表れているんでしょうね。でも、そういう「過去を引きずってるけどどうすることもできない」という感覚って、音楽の中だから表現できるみたいなところもあって。音楽における表現って、必ずしもすべてが正しい必要はないし、むしろ混沌とした吹き溜まりのような感覚の行き場として音楽やアートがあると思うんですよね。何より僕は、立場的にそういう過去への未練とかって表に出せないんですよ。経営者なので未来しか語れない(笑)。
──なるほど(笑)。確かに経営者の方が過去を懐かしむところはあまり見ないかもしれないです。
そんな経営者はダメだと思います(笑)。「現状こうなってるけど、こういう形で打開していけば何年後にはこうなってる」というのを常に求められる立ち位置なので。その反動で、過去を歌う曲が多くなっているのかもしれません。自己セラピーみたいなところがあるのでしょうかね(笑)。
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1つのアルバムにいろんな視点の曲がある