シンガーソングライター・HANCEが1stアルバム「between the night」を5月26日に配信リリースした。
HANCEは会社経営の傍ら音楽活動を行うシンガーソングライターで、2020年9月に1stシングル「夜と嘘」で40代にしてデビューを果たした。自他ともに認める“遅咲きのデビュー”の背景には彼の「大人になった今だからこそ表現できることを歌いたい」という思い、そして今の音楽業界へのとある違和感があったという。音楽ナタリーでは、「between the night」の発売を記念してHANCEにインタビュー。デビューに至るまでの経緯や心境、そして海外を中心にYouTubeで120万回再生を突破した「夜と嘘」の反響などについて話を聞いた。
取材・文 / 石井佑来
大人にしかできない表現を
──HANCEさんは昨年9月に1stシングル「夜と嘘」でデビューされました。現在40代ということでご自身でも“遅咲きのデビュー”と自称されていますが、このタイミングでデビューが決定したのは、何かきっかけがあったんですか?
HANCEという名義での活動は昨年9月のデビューがきっかけですが、細々とバンドをやったり、曲を作ったり、音楽活動っぽいことはそれまでもやっていたんですね。ただ、それを作品としてちゃんと形にしたり、表に出したりすることがなかったんです。それが40歳を越えて「これまで作った曲を今の自分がやったらどういう表現になるんだろう」と興味が湧き始めて。「セルフカバーのような感覚で形にしてみたい」と思ったのが、HANCEとしての活動の入り口です。なので今回のアルバムには20年ぐらい前に作った曲も入っていまして。
──それはどの曲ですか?
ラストトラックの「Rain」です。ただ歌詞はセルフカバーをするにあたって書き換えています。やっぱり改めて昔の曲を聴くと「今だったらこういう表現はしないな」とか「この言葉は差し替えた方がいいな」みたいなことがあるんですよね。もちろんアルバムには最近作った曲もたくさん入れています。セルフカバーと新曲作りを同時並行で進めてできたようなアルバムです。
──今のお話にもつながると思うんですけど、昨年のデビュータイミングにご自身のnoteで「大人になった今だからこそ、年齢を重ねた今だからこそ、表現出来る事があると思いますし、何より、同世代の人に少しでも共感いただけたらこれ程嬉しい事はありません」と書かれていましたよね(参照:はじめまして。HANCEです。|HANCE(シンガーソングライター)|note)。「大人になった今だからこそ表現出来る事」って具体的にどのようなものだと思いますか?
例えばHANCEの曲は、音楽的な部分で言えばアコースティックギターがサウンドの中心になっています。若い頃はエネルギーがあり余っているからか、どうしてもディストーションサウンドに偏ったり音数が多くなってしまったりしていたんですけど、30代、40代と歳を重ねるうちに、音と音の隙間に気持ちよさを覚えるようになって。
──あえて余白を作るというか。
そうですね、余白はすごく大切にしています。音楽に限らず、歳を重ねると“スペース”に対して意識が変わっていくと思うんです。例えば居酒屋では、人と人がひしめき合っているようなお店より、1人ひとりがゆとりを持って座れるようなお店に行きたくなるとか(笑)。少なくとも僕自身は、歳を重ねてそういう感覚が強くなりました。そういう大人が感じる“ゆとり”や“余白”の心地よさを表現したくて。アコースティックギターはそれをしっかり表現できる楽器の1つだと思います。
──確かにHANCEさんの作品はどの曲もアコースティックギターの音が中心にあって、音数は抑えられている印象です。全体的にしっとりした質感でありながら、ビートが打ち込みで作られた曲も多くて、そのバランスも特徴的ですよね。
まさにそれもHANCEのサウンドの1つの軸だと思います。アコースティックギターのオーガニックで温かみのある音に寄せ切らない。有機的なところと無機的なところのバランスをうまく取るっていうのは、HANCEとして確立したいサウンドの1つですね。
同世代と20代の若者に向けて
──HANCEさんは音楽活動とは別に会社も経営されているということですが、今までやってきたこととまた別のフィールドに飛び込むというのはどのような感覚ですか?
そうですね……もっと僕みたいなスタンスの方がいてもいいとは思うんですけどね。例えば、ミュージシャンのキャリアって学校の先生に近いと思うんです。学校の先生って、新卒で赴任するのが20代前半で、基本的にはそこから10年、20年とずっと教職の現場にいらっしゃるじゃないですか。ミュージシャンもそれに近いなと。皆さんが知っているメジャーアーティストの方々は、10代後半から20代後半ぐらいまでにデビューされている方がほとんどだと思うんですけど、基本的にそこからずっとキャリアを重ねていきますよね。それはそれで素晴らしいことだと思うのですが、それとは別のキャリアの重ね方やデビューの仕方があってもいいのではと。
──なるほど。
最近だと、教育の現場でも一度社会に出た方がその経験を生かして学校で教鞭を取ることも増えていると聞きます。僕はミュージシャンの世界でもそういうことが当たり前にあってもいいのにと思うんです。だってほかの業界ではわりと当たり前じゃないですか。飲食店だと、20代から30代で修行して、40代で独立して自分の店を持つとか。そこには20代、30代での経験や失敗を元にした、いろいろなこだわりが入っているはずなんです。僕自身の話をしますと、今までに東アジア、東南アジア、トルコやキューバなどさまざまな国で、多様な文化に触れてきました。その中で音楽も続けながら、自分の会社も立ち上げて……みたいなことがHANCEのすべてのエッセンスになっているわけです。ミュージシャンを専業にしてきたわけではないからこそ経験できたこともたくさんありますし、その感覚を楽曲にパッケージしてお届けしたいんです。
──今は会社員をしつつ兼業で音楽活動をする人も増えていますけど、音楽以外の仕事もしつつ40代でデビューするというのは、確かになかなかレアなケースではありますよね。だからこそHANCEさんがモデルケースになる可能性もありますし。
偉そうに聞こえるかもしれませんが、僕もそうなればいいなと思っています。「40歳を過ぎてデビューして売れた人、どのぐらいいるんだろう?」と、試しにネットで検索してみたんですけど、男性アーティストだとスキャットマン・ジョンさんぐらいしか見つかりませんでした(笑)。
──すごいところにいきましたね(笑)。
それぐらいレアということですよね。でも少なくとも僕は、自分と同世代ぐらいの新人アーティストの曲をたくさん聴いてみたい。50代の方でも、60代の方でもきっとそういう方はいると思うんです。そもそも寿命が延びて、人生80年という時代でもなくなっているわけですから、40代だって長い人生から見れば十分若い。すごく多様な世代の方がいるのに、10代や20代といった本当に若い人しかデビューできないというのは、違和感があるというか、そろそろ変わっていくべきじゃないかなと思うんですよね。
──先ほどお話にあがったnoteでの「同世代の人に少しでも共感いただけたらこれ程嬉しい事はありません」という文章には、そういった意味も込められていたんですね。
そうですね。ただ、同世代の方はもちろんですけど、若い方にもHANCEの活動を知ってほしくて。というのも、例えば進路を決めるタイミングでご両親から「夢ばっかり追ってないできちんと就職も考えなさい」と言われる学生さんとかってわりと多いと思うんです。でも僕は、その両方を選んでいいと思っていて。少なくとも僕自身はビジネスの世界にも興味があって飛び込んで、楽しいからそれはそれで今後も続けますし、海外にももっと出ていきたいし、音楽もよりアグレッシブに続けたい。欲張りと思われるかもしれませんけど、一度きりしかない人生だからいろいろ経験したいし、どれか1つを取るんじゃなくて全部やってるからこそそれぞれにいい影響があるんです。そういう音楽の続け方もあるということが、HANCEの活動を通して多くの人に伝わったらいいなと思いますね。
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海外に根付く日本のカルチャー