HANCE「BLACK WINE」インタビュー|世界各国へ届ける、極上の“シネマティックミュージック”

会社経営との兼業で精力的な活動を展開しているシンガーソングライター・HANCEが2ndアルバム「BLACK WINE」をリリースした。

約2年半ぶりのフルアルバムとなる本作には、自身の多彩な音楽的ルーツを自由なクリエイティビティでミックスした12曲を収録。今の世界情勢を俯瞰しながら1人の人間として生きる意味を問う、映画のサウンドトラックのような1枚となっている。

デビューから約3年を経たHANCEは今、どんな思いで音楽に向き合っているのか? 来年1月には東京でのワンマンライブ、そして2月にはスイスでのイベント出演も決定している彼に、じっくりと話を聞いた。

取材・文 / もりひでゆき

海外のリスナー層が多い理由

──HANCEさんがシングル「夜と嘘」でデビューされてから、今年の9月で丸3年が経ちました。

はい。目の前のことを1つずつやっていく中で、気が付いたらこれだけ時間が経っていたというのが率直なところです。その間、世の中的にはコロナのことや、ウクライナの戦争、最近で言えばガザの紛争といった根本的な価値観を考え直させられる出来事があり、そのことが自分の音楽活動に影響を与えているところがあるような気はしていて。曲を作るうえで直接的な影響はそこまで大きくはないですけど、いろいろ考えるきっかけになったという意味では、今回のアルバムにもわりと反映しているところかなと思います。

──ご自身の音楽が聴き手にしっかり届いている実感はどうですか?

リスナーの方に直接お会いする機会がそれほど多くはないので、体感的にはあまりピンときていない感じではあるんですけど、再生数などの数字を見てみると日本よりも海外のリスナー層が多いというのは確認できていて、そこはうれしいやら悲しいやら(笑)。まあでも、僕が日本人であるということを抜きにして、楽曲をフラットな感覚で聴いていただけている方が多いなという実感はあります。

──HANCEさんは洋楽からの影響を公言されていますし、ミュージックビデオをスペイン、ドイツ、スイスで撮影されるなど、日本だけにこだわらない活動をされている。そういった点ではワールドワイドに作品が拡散していくのは至極納得のいくことではありますが、ご自身では海外の方にも受け入れられている要因をどう分析しますか?

いくつかあると思うんですけど、僕は自分自身の音楽を“シネマティックミュージック”と呼んでいて、わりとノスタルジックなメロディを大事にしているところがあるんですよ。童謡を聴いたり、絵本を読んでいた子供の頃に持っていたピュアな感覚を大事にしていたりするというか。それが聴いてくださる方の感情の深いところまで響くことになるのかなと。「エモーショナルな感覚になる」と言ってくださる海外の方が多いのはそこに理由があるような気がします。

──なるほど。

もう1つは、これまで聴いてきたいろんな楽曲のいろんな要素をミックスして楽曲を作っていることが理由かもしれませんね。僕の曲は南米でよく聴いていただいているんですけど、先日はアルゼンチンのラジオ局から連絡があって。今回のアルバムに入っている「螺旋」という曲をラジオで流すにあたって、僕のボイスメッセージを送ってくれというリクエストがあったんですよ。

──へえ。海外のメディアから直接アプローチがあったんですか。

はい。僕の曲にはラテンミュージックのエッセンスが入った曲もあるので、そういった部分がラテンの国の方への聴きやすさにつながっているところがあるんだと思います。さらに言えば、僕の場合はラテンだけに限らず、ジャズにしても、今っぽい打ち込みのニュアンスにしても、あくまでもエッセンスとして用いている。それが海外の方には日本ならではの面白さ、新しさとして感じてもらえている部分があるのかもしれないなと思います。

“子供”と“大人”のバランス

──先ほど、子供の頃のピュアな感覚を大事にされているというお話が出ましたが、HANCEさんの活動の元始は「40代になった今だからこそできる、同年代に響きうる大人の音楽を作りたい」という思いだったわけですよね。そこのアンバランスさがすごく面白いと思いました。

あははは、確かにそうですよね(笑)。なぜ僕がそのような感覚で曲を作っているかというと、お恥ずかしい話、今までにアカデミックな音楽教育をまったく受けてきていないからなんですよ。僕はロジカルに楽曲を作ることができないし、音楽理論的に間違っていることを自分で整理することもできない。要するに自分にとって感覚的に響くものを形にしていくしかないわけです。で、自分の感覚に響いてくるものってなんだろうって考えてみた結果、たどり着いたのがそこだったんです。余計な邪念にとらわれず、後天的に付け足されたものに頼らない感覚が、HANCEとしての音楽性にリンクしていったんだと思います。

──子供のピュアな感覚と大人のための音楽って一見、矛盾していそうですけど、決してそういうわけでもないですもんね。

そこは本当におっしゃる通りで。実際、僕は同年代や自分よりも上の世代の方に作品を聴いていただきたいという思いを持っているので、そこにふさわしい言葉をチョイスしながら作っているところはもちろんあります。でも、大人になったからと言って、子供の頃に持っていたピュアな心が完全に消え去るわけではないじゃないですか。

──だからこそノスタルジックな思いに浸れるわけですしね。

そうそう。子供と大人、そこのバランスをうまく取りながらHANCEの音楽を作っていきたい気持ちは強いですね。

HANCE

歌謡曲のカッコよさに改めて気付いた

──今回のアルバムを聴かせていただいて、僕は歌謡曲の匂いを強く感じました。それこそが大人のリスナーを惹き付け、同時に海外にも日本ならではのものとして受け入れられる1つの要因になっているのかなと思ったんですよね。

ああ、その感想はうれしいですね。

──前回のインタビューでは触れられていなかったので、改めてHANCEさんの音楽的ルーツのお話も伺いたいなと。

僕の音楽遍歴は本当にいろんなものがミックスされてるんですよ。そもそも自分の母は敬虚なクリスチャンだったので、幼い頃から賛美歌や教会音楽を聴いていました。同時に母は世代的に日本の歌謡曲も好きだったので、車の中でよく聴かされていたんです。そして母方の祖父は医師でありながらミュージシャンもやっているという、今の僕と同じ兼業スタイルの人でして(笑)。祖父はものすごい数のレコードを持っていたんですよ。ブルースやジャズといったブラックミュージックから、一方ではクラシックの指揮者をやったりもしていたので、クラシカルなものもあった。つまり、白っぽいものと黒っぽいものを同時に聴いて育ってきたわけです。

HANCE

──本当にごちゃまぜですね(笑)。

さらに思春期の頃には自分の意思でロックを聴き始めたりもしたので、もう本当にぐっちゃぐちゃですよ(笑)。そんな自分のルーツの中にあった歌謡曲の要素が今の音楽に強く出ているのは、おそらく先ほどお話ししたピュアさみたいな部分に近いと思います。若い頃って歌謡曲の要素をちょっとダサいみたいな感覚でとらえているところがあったんですよ。もっと純度の濃い洋楽のほうがカッコいい、みたいな。でも、今の自分の年齢になってくると、かつてよく聴いていた歌謡曲のカッコよさに改めて気付くんですよね。それが今回のアルバムには自然と染み出た形なんだと思います。

──今の時代、昔の歌謡曲に惹かれる若い世代も多いじゃないですか。そういった意味でHANCEさんの音楽は幅広い世代に響きうるものでもあるんだと思います。

これ、すごく面白いんですけど、Spotifyでリスナーの属性を確認すると国内では自分と同じ年齢から上の世代の女性に多く聴かれているのに、海外だと圧倒的に20代の男の子が多いんですよ。そこは自分としてうれしい誤算だったというか。ここからどっちにめがけて投げていけばいいのか、みたいな感覚になっちゃいますよね(笑)。

大きな世界と、小さな世界

──約2年半ぶりのアルバム「BLACK WINE」はどんな思いで編まれていったんでしょうか?

実は途中まで2枚組のアルバムにするつもりで、今回は収録されてない曲もレコーディングしていたんです。ただ、制作期間が長くなればリリースタイミングもどんどん遅くなってしまうので、今の形に落ち着いたんですけど。前回は初めてのアルバム(2021年5月リリースの1stアルバム「between the night」)だったということもあり、自分の中ではわりとコンセプチュアルな内容だったのですが、今回に関しては自分自身の中にあるさまざまなエッセンスをボンと一気に出してみたらどうなるかなと思ったんです。なので結果としてものすごくバラエティに富んだ作品になったんじゃないかなと。

HANCE

──全編を通して1本の映画のサントラを聴いたような感覚にさせられるのは前作同様ですよね。

はい。架空の映画のサウンドトラックを作るというイメージは変わらないところで。当然、1枚としての起承転結も考えていますし。それによって、曲ごとに全然違った色が出てくることにも必然性が生まれていると思います。

──本作はどんな映画のサントラになったと思いますか?

最初にお話ししたように、ここ数年の世界の動きは影響しているような気がしますね。日々のニュースで見ているような出来事、イデオロギーでの衝突や、それぞれのポジショントークを見て、自分なりに白黒はっきりさせたかったというか。そういった意味で1曲目の「BLACK WORLD」はインストではありますけど、“対世界”という部分を提示してみました。で、アルバムの最後に収録した「眠りの花」では、逆に“対自分”として自分の中にあるさまざまな葛藤をいかに表現するかにこだわりました。自分の住んでいる大きな世界と、自分自身という小さな世界を1つのアルバムの中でストーリーとして見せていきたかったんです。