ナタリー PowerPush - 花澤香菜
“渋谷系”ポップスを継承する傑作アルバム完成
北川勝利(ROUND TABLE)インタビュー
10年でようやく実を結んだ
──このアルバム、ほめる言葉しか見つからなくて逆に困ってるんですよ(笑)。北川さんもきっと「これはすごいアルバムになったな」という自覚はあるんじゃないでしょうか。
うんうん。
──北川さんがこの10年、草の根的に作り上げてきたものが一気に爆発したというか。ことさらここで爆発させようとしたというよりは、いろんな条件や要素がきれいにつながって自然発火したような印象があるんですよね。
ROUND TABLE featuring Ninoで初めてアニメソングに関わってからちょうど丸10年で、ようやく実を結んだなっていう感じはすごくある。10年前とは状況ががらりと変わったというか。僕らみたいな音楽をやっている人がアニメの音楽を作るというのは、当時アウトっちゃアウトでしたからね。
──そこであえてやってみようと考えたのはなぜだったんですか?
テレビアニメ「ちょびっツ」(2002年4~9月放送)の音楽ディレクターだったFlyingDogの福田(正夫)さんが、僕がやったChappieの曲を聴いて声をかけてくれたんです。
──「Everyday」(1999年10月発売のアルバム「NEW CHAPPIE」収録曲)ですね。
あの曲を聴いてROUND TABLEのことを調べてくれていて、ずっと温めてくれてたみたいなんですよ。それで「ちょびっツ」のときに、劇伴は高浪慶太郎(ex. ピチカート・ファイヴ)さんで、オープニングはROUND TABLEにお願いしよう、と福田さんが思っちゃったのが始まりで(笑)。最初はアニメの曲と言われても、どんな感じなのかぜんぜんわかんなかったけど、「やります」って返事を選んじゃいましたね。
──当時はまだ「新世紀エヴァンゲリオン」とか「少女革命ウテナ」とか、サブカルチャー界隈で盛り上がっているものを除けば、アニメは完全にアニメファンだけのものみたいな線引きがありましたよね。
エヴァを語るのはカッコいいけどほかはダメ、みたいなね。
──でもROUND TABLEをはじめとする"渋谷系"と呼ばれるような音楽が、実はアニメの世界とすごく親和性の高いものだったというのが後付けで証明されて、すっかりスタンダードなものとして定着したのがこの10年だったという感じがします。
それでもね、僕らのような音楽は今でもアニソンや声優さんの歌う音楽のメインストリームではないじゃない? あくまで中心はもっと激しいロック系のものだったり、様式美ががっちりできあがったもので。そことずれちゃうと、受け手側もどうしていいかわからないみたいなとこは今もありますよ。嫌いじゃないけどこの曲で「オイ!オイ!」って言っちゃいけないのかな、BメロでPPPHが入れられないな、みたいな。だいぶ受け入れてもらえるようになったけど、あくまでメインではないとは思ってますね。
いろんなタイミングがぴったり重なって自然と引き寄せ合ってる
──そういったアニソンの様式美みたいなものは、最初の頃は意識しましたか?
最初は知らなかったし、ぜんぜん考えてもいなかったです。福田さんからの発注も「100%、ROUND TABLEでやってきたものを出してください」というものだったし。普通は何曲か準備していくと思うんだけど、1曲「こういうのができました」って持っていったのがOKをもらえて。約束事を何も知らないし、聞こうともしない感じで(笑)。10年経った今になって「最初はヒドかったねー」なんて話をしてる(笑)。
──その後、ポップス系のアーティストとアキバ文化が交差したものを指して「アキシブ系」という言葉も生まれましたけど、そうやってアーティストが外部から招かれるのではなく、今作に参加している神前暁(MONACA)さんのように、"渋谷系"的なセンスを持ち合わせた人がアニメやゲームの音楽を作る職業作家として登場する流れもあって。
去年の夏ぐらいから、僕や沖井くんやミトくん、それに神前くんたちも一緒によく集まって飲んだりする機会があって。それは今回を見据えてというわけじゃなく、神前くんと仲のいいミトくんが「たまたま一緒にいるから飲もうよ」って軽く声をかけてきて、そこにmeg rockとかも合流して大集合みたいな感じ。沖井くんやミトくんは同じような時期にデビューして、お互いの音楽は知りつつも、それぞれ別のところでツッパって戦ってたみたいな関係だったんですよ。
──確かに近い世代で近いシーンにはいたものの、「共闘」関係ではなかったですよね。
うん。それが最近、急に。でもお互い10年15年やってきたからこそ、今こうして集まって素直に話ができるのがすごく面白いっていうか。当時、単純に仲よくて一緒にちまちまイベントをやって……という距離感だったら、今みたいな関係にはなれなかったかもしれないな。
──10年間別々のシーンで戦ってきた人たちが、「花澤香菜」という声優を軸に集結したというのも興味深いですね。声優さんたちがアニメのキャラソンだけではなく、いちアーティストとして活動することが以前以上に活発化したことも、この10年の動きとしては見逃せないところです。
そうだね。うんうん。いろんなタイミングがぴったり重なって自然と引き寄せ合ってるのは、うまくいってる証拠なんだと思う。すごい現場に立ち会っているなという興奮がありましたね。それは参加してくれたみんなも感じてくれてるんじゃないかな。
──そこに同世代の人たちだけじゃなく、古川本舗さん、acane_madderさんといったニコニコ動画を主戦場にしていた新世代も参加しているというのがまたいいですね。
彼らも初めて声をかけたわけではなく、2年前、3年前から作品を通してつながっていたんですよ。「ボカロ流行ってるから呼んどくか」みたいなのじゃもちろんなくてね(笑)。ミトくんや沖井くんとも友達だからお願いしたわけじゃないし、同窓会ではないので。そういうとこも含めてブレのない作品になった。聴いてもらえれば、きっとブレてないことが伝わるんじゃないかな。
今は時代が動いている真っただ中
──もともと歌を志していたアーティストとはまた違う、独特な「声」という武器を持っているのが声優さんの特徴だと思いますが、北川さんはこの声の違いをどう捉えていますか?
歌手としてなんの問題もなく歌える人が今はすごく多いし、ちょっとぐらい歌えなくても声のキャラクターだけでぜんぜん魅力的だったりする。もうなんでもありだなと思っちゃいますね。
──そのなんでもあり感が、どんなタイプの音楽を取り入れても違和感なく成立する「アニソン」というジャンルをより面白いものにしているのかも。
そうなんだよね。たぶんあと何年かしたときに、今のこの感じが「ああ、そういうことなのか」と理解できるのかもしれない。きっと今は時代が動いている真っただ中だから。真っただ中にいるときは、きっと何がどう動いているのかわからないでしょ?
──今1990年代を振り返るように、10年、20年先から今の時代を振り返ったとき、2013年は大きな変化があった年だと感じるんじゃないかという予感がします。その中心にあるのがこのアルバムなんじゃないかと大げさでなく思っていて。
それはこのアルバムを作っているときにすごく感じましたよ。のちのちすごく重要な1枚になることは断言できます。自分がアニメの世界を選んで音楽を作り始める前から、「ROUND TABLEってコピーじゃん」って言われてるのは認識してて。ただのモノマネでしかない。それで叩かれたり、低く見るような言い方で「今アニソンやってるんでしょ」って言われることも多かったけど、自分が選んだ音楽で常にクオリティを上げて曲を書き続けるしかなくて。長い目でみたときに、自分が音楽を続けるにはその方法しかないと。すごいデビュー作を出して早々に消えるみたいなのもカッコいいけど、僕がやりたい音楽はそういうのじゃなくて、スタンダードなものとして残っていく音楽がやりたいんですよね、やっぱり。何十年かあとに並べて聴いたとき、どこを振り返っても恥ずかしくないものを作りたい。そうやって積み重ねてきたものが、このアルバムではサウンドプロデューサーとしてうまく出せたかなと思っています。
──ここまでやってきたことが着実に実を結んだ1枚というか。
ここに呼んでくれたスタッフのブレのなさが、このアルバムを作らせてくれたと思うんですよ。普通はもうちょっとブレるんですよ(笑)。どうしても。ブレたらブレたで面白いんですけどね。ここは本当にブレがない。
- ニューアルバム「claire」/ 2013年2月20日発売 / 3150円 / アニプレックス SVWC-7929
-
CD収録曲
- 青い鳥 [作詞:北川勝利、acane_madder / 作曲:北川勝利 / 編曲:長谷泰宏、北川勝利]
- Just The Way You Are [作詞・作曲:北川勝利 / 編曲:acane_madder、北川勝利]
- 初恋ノオト [作詞・作曲・編曲:中塚武]
- ライブラリーで恋をして! [作詞・作曲:カジヒデキ / 編曲:関根卓史]
- 星空☆ディスティネーション [作詞・作曲・編曲:北川勝利]
- スタッカート [作詞・作曲・編曲:宮川弾]
- melody [作詞:meg rock / 作曲・編曲:ミト]
- Ring a Bell [作詞・作曲・編曲:北川勝利]
- Silent Snow [作詞・作曲・編曲:北川勝利]
- シグナルは恋ゴコロ [作詞・作曲:矢野博康 / 編曲:北川勝利]
- 新しい世界の歌 [作詞・作曲・編曲:沖井礼二]
- 眠るサカナ [作詞・作曲・編曲:Fullkawa Head.Q.music]
- おやすみ、また明日 [作詞:花澤香菜 / 作曲・編曲:北川勝利]
- happy endings [作詞:meg rock / 作曲・編曲:神前暁(MONACA)]
初回限定仕様特典
- 48P撮り下ろしスペシャルフォトブック
- 三方背スリーブケース
花澤香菜(はなざわかな)
2月25日生まれ、東京都出身の声優。2006年放送の「ゼーガペイン」で初のヒロインとなるカミナギ・リョーコ役を演じ、2007年には「月面兎兵器ミーナ」「スケッチブック ~full color's~」「ぽてまよ」といった作品で次々と主要キャラクター役に抜擢された。その後も「こばと。」「化物語」「海月姫」などの人気アニメでヒロインを演じるかたわら、多数の作品でキャラクターソングを歌い、2011年放送の「ロウきゅーぶ!」では声優ユニット「RO-KYU-BU!」のメンバーとしても活躍。2012年4月にはシングル「星空☆ディスティネーション」でソロデビューを果たした。同年7月に「初恋ノオト」、10月に「happy endings」、2013年1月に「Silent Snow」と季節ごとにシングルを発表し、2013年2月20日には1stフルアルバム「claire」をリリース。