音楽ナタリー Power Push - ハナレグミ×是枝裕和

映画「海よりもまだ深く」と呼吸する音楽

ハナレグミが主題歌「深呼吸」および劇伴を手がけた映画「海よりもまだ深く」が公開された。

是枝裕和監督の依頼を受けて作られた「深呼吸」は、柔らかなメロディや歌詞が印象的な1曲だ。劇伴もほろ苦くも優しい映画に寄り添うようなサウンドが紡がれている。

今回、音楽ナタリーでは映画の公開と「深呼吸」のシングルリリースに合わせて、ハナレグミと是枝監督の対談を企画。2人に映画「海よりもまだ深く」に息づく音について語ってもらった。

取材・文 / 大谷隆之 撮影 / 緒車寿一

2人共見てきた風景がかなり重なってる

永積崇 是枝監督とは確か、井の頭公園で初めてお目にかかったんですよね。僕が砂田麻美監督の「エンディングノート」(2011年公開)の音楽をやらせていただくことになったタイミング。是枝さんが作品のプロデュースを手がけていらっしゃって……。

是枝裕和 うん、そうでした。「エンディングノート」を編集していたとき、砂田監督がハナレグミの曲を仮で使っていたんですよね。それがあまりに見事にハマっていたので、彼女が無謀にもご本人にお願いしてみたら、本当に実現してしまったという(笑)。

左から永積崇(ハナレグミ)、是枝裕和。

永積 いやいや、こっちのほうが全然緊張しましたよ!

是枝 で、そのときハタと思い出したんだけど、永積さんとは昔から妙なつながりがあったんですよね。

永積 ええ。うちの兄貴が実は監督の古いマージャン仲間だった(笑)。あれ聞いたときは驚きました。

是枝 そういえば昔、マージャン卓を囲みながら「うちの弟が、SUPER BUTTER DOGってバンドをやってんだよね」という話を聞いたなあと。そこで記憶がつながりました(笑)。僕は時間が合わなかったんだけど、その仲間内でライブを観に行ったりしてたんだよね。それでバンド名だけはずっと印象に残ってたんです。

永積 知らないうちに、意外に近いところにいたんですね(笑)。新作の「海よりもまだ深く」は、実際に是枝監督が育った西武沿線の団地で撮影されたんですよね?

是枝 うん。清瀬市にある旭が丘団地というところ。9歳から28歳まで住んでました。

永積 僕は実家が多摩の西側エリアなんですよ。通っていた学校も清瀬からわりと近い飯能市だったので、映画の中に漂ってる空気感は隅から隅まで、自分にとって懐かしいものでした。冒頭で良多(阿部寛)が西武線に乗って母親(樹木希林)の住んでる実家を訪ねるじゃないですか。

是枝 タイトルシーンですね。初めて音楽が流れるところ。

永積 あの導入の部分から、なんか自分の人生を俯瞰で見せてもらってるような感覚がありました。俺のおふくろも、もしかしたらこんなふうに毎日すごしてきたのかなあ、とか。それが不思議で懐かしく、同時に新鮮でもあって……。すごく面白かったんです。

是枝 僕ら2人は見てきた風景がかなり重なってるんでしょうね。だから映像と音楽が、あんなに違和感なくなじんでくれたのかもしれない。

セリフ以外の音が素晴らしい

永積 ちなみに今回、「主題歌と音楽をやってみないか」と声をかけていただいた段階で、編集はほぼ完成してたでしょう? いただいた映像と台本に、「このシーンとこのシーンに音楽をお願いします」と指定があって。それ以外はまったく、注文がなかったという。

是枝 ふふふ(笑)。そうでしたっけ?

永積崇(ハナレグミ)

永積 そうですよ。で、それを意識しながら何度も観返したんですけど、とにかくこの映画は、セリフ以外の音が素晴らしいと思ったんです。監督が描こうとしてるものって、会話以外の部分にもいっぱい入ってる。団地のシーンなら、狭い台所で親子がすれ違うちょっとした音だったり。玄関の玉すだれをくぐる「ジャラジャラーン」って音だったり……。そういう気配も含めて、物語を紡ごうとしてるんじゃないかなって。

是枝 それはうれしいなあ。その言葉、録音部のスタッフに聞かせてあげたい。

永積 だから今回、音楽でシーンを作っちゃいけない気がしたんですね。気分を盛り上げるんじゃなく、むしろ小さな生活音だったり、ささやかな人の気配をかき消さない劇伴にしようと。そこはずっと意識してました。本当にそうなってるか、試写で観るまでは自分でもドキドキだったんですけど……。

是枝 素晴らしかったですよ。なんだろう、永積さんの音楽の乗せ方って、ふと気付けばそこにある感覚なんですよね。シーンの外から付けたんじゃなく、中から聞こえてくる感じ。劇伴音楽というより、むしろ声やセリフに近いっていうのかな。

永積 本当ですか? うれしいです、めっちゃ。

是枝 僕にはそんなふうに聞こえます。例えば先ほどおっしゃった、良多が実家を訪ねる場面。帰り際、希林さんが阿部さんと一緒に団地の階段を降りてきて、バス停まで息子を送っていくじゃない?

永積 はい、はい。

是枝 歩き出した2人の背中を微妙に追いかける感じで、すっとギターが入ってくる。あのタイミングというか、呼吸が本当に素晴らしいなあと。もともと僕は、役者の芝居にビタッと音楽を付けるのが苦手なんですね。どちらかというと風が吹いて木が揺れるように自然に流れていてほしい。だからどうしても屋外とか、歩いてる場面が多くなるんだけど……。永積さんの寄り添い方ってまさにそういう、風みたいな感じなんです。あれはやっぱり、映像を観ながら演奏してるの?

永積 いえ、特に映像は観ないで、純粋にバンドメンバーとセッションしながら作ってます。もちろん、その前にみんなで映像を確認したり、脚本について感想を話し合ったりはしてるんですけど。でも、該当するシーンを観ながら作っちゃうと、たぶん気持ちが盛り上がって、楽器が歌いすぎてしまうんじゃないかなって。

是枝 ああ、なるほど。

永積 むしろ映像を頭で思い浮かべつつ合奏したほうが、イメージが広がるのかなと。やっぱり説明的にしたくなかったんですね。そうやって録音した音の破片を、あとから「これかな? いやでも、こっちのパートがいいかな?」みたいな感じでシーンに重ねていってます。

是枝 そうやって作ってたんだ。今、すごく納得しました。

ハナレグミ ニューシングル「深呼吸」2016年5月25日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
初回限定盤[CD] 1512円 / VICL-37175
通常盤[CD] 1296円 / VICL-37176
初回限定盤収録曲
  1. 深呼吸
  2. あるてぃすと
  3. 深呼吸(遠慮すんなよミズノ買ってやるよ!ver.)
  4. 別れの予感
  5. 別れの予感(カラオケ)
  6. 大安(Live ver. from Tour What are you looking for)
  7. 光と影(Live ver. from Tour What are you looking for)
  8. おあいこ(Live ver. from Tour What are you looking for)
通常盤収録曲
  1. 深呼吸
  2. あるてぃすと
  3. 深呼吸(遠慮すんなよミズノ買ってやるよ!ver.)
  4. 別れの予感
  5. 別れの予感(カラオケ)
ハナレグミ
ハナレグミ

永積崇(ex. SUPER BUTTER DOG)によるソロユニット。2002年11月に1stアルバム「音タイム」をリリースし、その穏やかな歌声が好評を得る。2005年9月には東京・小金井公園でフリーライブ「hana-uta fes.」を開催し、約2万人の観客を集めた。2009年6月に4年半ぶりとなるアルバム「あいのわ」をリリースし、ツアーファイナルの東京・日本武道館公演を成功させる。2013年5月リリースのカバーアルバム「だれそかれそ」では多くの名曲をさまざまなアプローチで歌い上げ、ボーカリストとしての力量を見せている。2015年8月に野田洋次郎(RADWIMPS)、YO-KING(真心ブラザーズ)、池田貴史(レキシ)、堀込泰行(ex. キリンジ)、辻村豪文(キセル)、大宮エリーら、さまざまなアーティストが参加したアルバム「What are you looking for」をリリース。2016年5月に公開された是枝裕和の監督映画「海よりもまだ深く」では、劇伴および主題歌「深呼吸」を手がけた。

是枝裕和(コレエダヒロカズ)

1962年生まれ、東京都出身の映画監督。1987年に早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビマンユニオンに入社。主にドキュメンタリー番組の演出を手がけ、1995年に同社による初の劇場公開作品「幻の光」で監督デビューを飾る。同作は「ヴェネツィア国際映画祭」で金のオゼッラ賞(脚本賞)を受賞。2004年に公開された映画「誰も知らない」は「カンヌ国際映画祭」をはじめ、国内外で高い評価を得る。その後も「歩いても 歩いても」「空気人形」「そして父になる」「海街diary」といった作品でメガホンを取る。2016年5月に阿部寛主演による「海よりもまだ深く」が公開された。