敗者復活のうた。|劔樹人×後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)対談 「ライブがあるんで会社休みます」と言える社会へ

あらかじめ決められた恋人たちへのベーシスト兼マンガ家の劔樹人が、新刊「敗者復活のうた。」を発表した。本作は、元バンドマンの主人公が35歳を迎え再びバンドを始めようと奮闘する、コミカルかつペーソス満載な大人の青春物語だ。著者の劒は、神聖かまってちゃんや撃鉄のマネージャーとして激務をこなしながらバンド活動を行っていた時期があり、執筆にあたっては当時の経験が大いに生かされているという。

音楽ナタリーでは本作の発売を記念して、帯文を執筆したASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文と劒の対談を実施。2人に作品の見どころ、働きながらバンド活動することの悲喜こもごもについて語ってもらった。対談は白熱し、私たちが生活する社会の話題へと開かれていく。

取材・文 / 張江浩司

バンド経験に裏付けられたディティールとリアリティ

劔樹人 後藤さんとこうやって直接話すのは初めてですよね。昔、LOSTAGEの五味(岳久)くんに「ゴッチさんがいるから来い」って言われて飲み会に行ったら入れ違いになっちゃったことはあるんですけど。今回帯を書いていただいて、ありがたいです。

──後藤さんが本作を読んでグッときたポイントはどちらですか?

後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION) いろいろありますけど、一度バンドで活躍したあとに音楽を捨てて就職した主人公の葛藤というか、心の揺れ動きがリアルでしたね。それぞれのエピソードにリアリティがあるんですよ。「わかるなあ」っていうディテールがよかったです。

「敗者復活のうた。」より。

 このマンガの場合、「マンガ家が音楽のマンガを描いた」んじゃなくて、「音楽やってる人間がマンガを描いた」ので、取材だと追いきれない生の体験が強みですね。その分ドラマに乏しいっていうか。

後藤 作中に登場するつまみファクトリー(平均年齢45歳にしてメジャーデビューした中年バンド)が、しょぼそうに見えて実はオーラがあるみたいことも、実際にありますもんね。ライブ観てみたら想像の何倍もカッコいいとか。

 芸人さんでも、お茶の間ではイジられてる人が実際見てみたら背が高くてカッコいいみたいなことってあるじゃないですか。そういうのが描きたかったんですよ。

「敗者復活のうた。」より。

後藤 メンバー募集で変な人が来ちゃう話も好きですよ。「リズムが理解できるまでそこで踊れ」ってドラマーにダンスさせる人(笑)。

 僕の先輩にああいう感じの人がいたんですよ。先輩にスタジオの前で踊らされてるメンバーがいて、その人をモデルにしたんです。でもそのメンバーも先輩とずっと一緒にバンドをやっていて、ある意味で共依存状態になっちゃってるという。

後藤 ああいう暴君的なフロントマンっていますよね。

 僕はそういう人といっぱいやってきてるんで(笑)。

主人公が昔やってたバンドはメロディックパンク

後藤 絵柄もちょうどいいですよね。画力が高すぎると妙な悲壮感が漂っちゃいそう(笑)。主人公が会社の後輩のLINEをブロックするシーンも、この絵だから軽く読めるというか。劔さんはSNSとかで自分の画力を卑下してるときがあるけど、全然そんなことないですよ。あの絵で描いてほしい話をちゃんと描いてると思います。小説における文体みたいなもので、とても重要じゃないですか。

「敗者復活のうた。」より。

 放っておくと蛭子能収さんみたいになるべく線を減らそうとしてしまうんですよ。ちょっと忙しくなると顔のアップばっかりになっちゃう(笑)。

後藤 今回のマンガも映画化されるんじゃないですか?

 「あの頃。」みたいに、5年ぐらい経ったら映画になるかもしれません(笑)。

後藤 音楽マンガを映画化する難しさって、演奏シーンだと思うんですよ。ちゃんと楽器を演奏できる人がやらないと微妙になっちゃう。僕らも以前「ソラニン」の楽曲を作りましたけど相当悩みました。

 「ソラニン」は大好きな作品で繰り返し観ましたけど、演奏シーンが素晴らしいですよね!

後藤 本当にそう思います。宮﨑(あおい)さんたちが演奏するシーンは、僕らのバージョンよりいいなって思っちゃいました(笑)。

──劒さんの中でマンガに出てくるバンドの音楽性は決まってるんですか?

 けっこう決まってますね。主人公が昔やってたバンド(ジュースオブペイン)はメロディックパンクです。

「敗者復活のうた。」より。

後藤 やっぱり! そうだと思って読んでました。Hi-STANDARDの流れを汲んだ感じなのかなって。

 ハイスタが出てきた90年代中盤は玉石混交でいろんなメロコアバンドがいましたよね。

後藤 つまみファクトリーは吾妻光良 & The Swinging Boppersみたいな感じですか?

 そういう感じもありつつ、どっしりしたロックで意外とキャッチーなスマッシュヒットも持っていて、若い子からもけっこう人気があるみたいな。昔のサンボマスターみたいに、メジャーでやってるけど急に200人くらいのライブハウスに出てくるようなイメージです。

ライブ中にメンバーの携帯が鳴りやまなかった

──今回のマンガの基になっているのは、劒さんが撃鉄や神聖かまってちゃんのマネージャーをやりながらご自身のバンド・あらかじめ決められた恋人たちをやっていた時期のことでしょうか。

 そうですね。かまってちゃんがデビューしたのが2009年で、あら恋がフェスとかに出るようになったのが2010年くらいからだったので、当時はかなり忙しかったです。音楽は生活の周りにいっぱいあったものの、ちゃんと練習する時間もなかなか取れなかったし、演奏者としては音楽から遠ざかっていた感じがしました。

──後藤さんもアジカンの最初期はサラリーマンをしながらバンド活動をしていたんですよね。

後藤 僕たちはメンバーみんな大学を出てから一度就職してます。当時、どうやったら首都圏で今のメンバーとバンドをやりながら生活できるのか考えたんですよ。家賃や生活費、バンドの経費など月に20万円は必要で、アルバイトだと2つくらい掛け持ちして馬車馬のように働かないといけない。奨学金の返済もあったし、これじゃバンドができないと思って就職を選びました。仕事以外の時間を全部バンドに使おうと思ったんですが、最初の半年は有給がないと知ってモヤモヤしました。当時はライブ中にメンバーの携帯電話が鳴り止まないみたいなこともありましたよ(笑)。仮病で仕事を抜けてきてたから。

 ははは(笑)。

後藤 同僚が心配して何度も電話してくれてたんですって。急いで車に戻って、さも部屋にいるかのように電話を返してました(笑)。僕も営業に出かけたついでにライブハウスでリハをやって、一旦会社に戻って仕事終わらせて、また急いでライブハウスに行ってスーツを着替えて本番みたいなこともやってました。このマンガを読んだら、その頃のいろんな思い出がよみがえりましたね。先にデビューしていくバンドも周りにいっぱいいて、取り残されたような気持ちにもなってましたし。今みたいにネットを使って自分たちだけで音源を発表できるような環境もなくて、誰かに認められてCDをリリースしてプロになるっていうルートしかなかった時代なので。