敗者復活のうた。|劔樹人×後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)対談 「ライブがあるんで会社休みます」と言える社会へ

働きながら音楽をやっている人たちのリアル、
切実さの側に立ちたい

後藤 このマンガのラストは、今の世相を反映してますよね。僕はバンドだけじゃなくインディーレーベルもやっているから感じるんですけど、例えば8ottoのみんなも仕事をしながら、すごく時間がない中バンドをやっていて、だからこそやりたいことしかやらないし活動が濃密なんですよね。売れないとしてもやりたいことを貫くっていう音楽には、ある種の強度があると思う。メジャーフィールドでストラグルしながらすごい作品を作る人ももちろんいますし、どっちも素晴らしいと思うんですけど、自分はインディーのほうに目が行くというか。働きながら音楽をやっている人たちのリアル、切実さの側に立ちたいっていう気持ちがあるんですよね。その意味で、このマンガは僕が見てきた風景とも重なるし、情熱を持って活動しているバンドの背中を押すと思います。

 後藤さんみたいな人がインディーに目を向けているっていうことが、本当に大事なことだと思います。

後藤 音楽をやる側も聴く側も、ずっと続けていける持続可能性みたいなものをみんなで考えていかないと、日本のインディーロックはいい方向に行かないなと思っていて。toeやLOSTAGEはそのやり方で成功してますけど、もっと環境を整えて、アメリカのインディーロックに負けない状況を作らなきゃっていう気持ちもあるんです。Radical Dadsっていうアメリカのバンドがいて、日本に招聘したことがあるんですけど、ボーカリストが学校の先生をやっていて、夏休みを使ってツアーをやったりしてるんですよ。日本でサラリーマンをやると、海外ツアーができるくらい休みを取れる可能性はほぼゼロですよね。

 そうですね。

「敗者復活のうた。」より。

後藤 これってバンドに限ったことじゃなくて、みんなの働き方や暮らしに直結してるなって思うんです。社会が“暮らし”ということを、どのように規定しているかっていうことですよね。「バンドの都合で会社を休むなんてずるい」って思われない社会にするにはどうすればいいか。そもそも法事じゃないと仕事を休んじゃいけないなんてことはないじゃないですか?

 弟がバイク事故を起こさないと休めない社会(笑)。

後藤 「この日はライブなんで休みます」って普通に言える社会がいいですよね。これはお客さん側もそうで、「コンサートを観にいくんで休みます」でもいいじゃないですか。「サッカーの試合なんで休みます」でもいいし。

バンドは社会の中で活動してるなってすごく思う

 最近“推し休暇”っていうのが話題になりましたし、日本もだいぶ働き方改革的な、仕事とプライベートとの両立が話題になることも増えましたけど、今はなんせコロナもあって不景気ですよね。あら恋のクリテツさんっていうテルミン担当のメンバーがいるんですけど、彼は勤続20年以上の正社員なんですよ。もう管理職になっていてもおかしくないんですけど、バンドのために有給をどんどん使うので、窓際に追いやられてるみたいで……。

後藤 休みを取ると出世できない構造も、考えていかないといけないですよね。そもそも、出世するのが幸せかっていう問題もありますけど。

──このマンガの主人公も途中で減給されてしまいます。「バンドをやる」ということを広い視野で捉えると社会的な問題が見えてきますね。

「敗者復活のうた。」より。

後藤 制度が少し変わるだけで、バンド活動も右往左往しますよ。例えばベーシックインカムが導入されたら、そのお金を稼ぐための時間を仕事じゃなくてほかのことに使えるから、バンドに集中できるよなとか。すごく単純化させて話をしてますけど、みんなが余暇を楽しく使える社会のほうがいいよねとは思います。

 僕もベーシックインカム導入には賛成なんですけど、ミュージシャンがこういう話をする機会が増えればいいなと思ってます。

後藤 気張らずに、ゆるくこういう願望を口にできた方がいいのかなと思います。「もっと働きやすくしてほしいなあ」みたいなことは、特別に感情的なことでもないし、政治的なことでもないので。バンドは社会の中で活動してるなってすごく思うんですよ。政治が香港のような状況になったら、できなくなることも増えますよね。だから、音楽と政治みたいに切り分けて考えるんじゃなくて、「政治がこうなったら音楽をやりづらくなるな」っていう想像力を持って活動するのがいいのかなと思います。劔さんのSNSも、ちゃんと自分の意見を発信してるなと思いながら拝見してます。

 おっかなびっくりではありますけどね。

後藤 僕もそうですよ。僕らの世代はサブカルどっぷりで、政治に関わるのはダサいみたいな風潮もあったので。今でこそ坂本龍一さんと一緒に活動することもありますけど、坂本さんが環境問題に取り組み始めたときはもっと風当たりが強かったでしょうし。僕はちょっとずつ社会の一員になっている感じです。

 僕も学生時代は何も考えてなかったし、反省してます。僕に比べると後藤さんのほうが風当たりも強いだろうし、そういう人が先頭に立ってくれる頼もしさもあるんで感謝してます。

後藤 いえいえ。苦しんでる人がいたら「どうしたの?」って聞いてあげて、その問題を解決していこうっていうだけですよね。ちょっとずつやっていくしかない。なるべく自分たちの音楽が伸びやかに響く世界であってほしいっていうエゴでもあるんです。社会がガチガチに緊張してると、何をやっても「不謹慎だ!」っていうボールしか返ってこないので。「バンドに何ができるのか」っていうと難しいんですけど、社会的な影響力ってほとんどないと思うんですよ。でもこのマンガのキャラクターは、みんなバンドをやることで生き生きしていくんですよね。緊張感がゆるんでいくというか。その結果パートナーや周りの人との関係もよくなっていく。それがバンド活動の理想なのかなと。

 今は1人でも音楽を作れるし、ラップをやったりする人も増えてると思うんですけど、やっぱりバンドは楽しいんですよね。

「敗者復活のうた。」より。