8月28日、八王子Pがミニアルバム「GRAPHIX」をリリースした。ボカロPとして活動を開始してから節目の10年目を迎え、彼は何を感じ、どのように今作を作り上げたのか。アルバム収録内容に関してだけでなく、これまでの活動や今のボカロシーンをどう見ているか、さらにはシーンのトップランナーとしての使命感にいたるまで、幅広いトークテーマから八王子Pの現在地を探った。
取材・文 / 風間大洋 撮影 / 塚原孝顕
DJは自分にとって大きな軸になった
──ニコニコ動画が本格的に始まってから今年で13年、初音ミクが誕生してから12年、そして八王子Pさんが活動を開始されて10年になります。数年の差はあるとはいえ、シーンの誕生から成長、成熟を目の当たりにしながらの活動を振り返ると、どんなことを思いますか。
ありきたりかもしれないですけど、あっという間だった印象はありますね。ボカロシーンにしても自分自身にしても、めちゃくちゃいろんなことはあったんですけど、「もう10年経ったんだ」っていう感じです。若いファンの方と話していると「小学生のときに初めて聴いたんです」という子も増えてきて、10年という月日でそれくらいのことは起きるよなあと思いますけど。
──初めて曲を投稿してみようと思った頃のシーンはどんな空気で、どんなことを考えていたんでしょうか。
今でこそボカロと言っても特別驚かれないですけど、当時はまだまだアングラな、一部の人だけが楽しんでいるものだったし、今よりもっとカオスというか、より“遊び場感”が強かったです。自分が面白いと思ったことを好き放題にやる、別に動画の再生回数が伸びるか伸びないかじゃなくて、こういう曲を作りたいからやる、曲ができた瞬間にすぐアップしちゃうみたいな初期衝動の感覚は本当に楽しかったですね。そこからボカロにどんどん勢いが出てきて、今よりもランキングがすごく面白かったんです。少し前に、今回合作したGigaちゃんとも話してたんですけど、僕らが曲をバンバンあげていた頃って、ランキングで1位を取るぞっていうモチベーションがみんなにあって。ゲーム感覚じゃないですけど、そういう意味で切磋琢磨をしていたのかなと。
──今回合作されているGigaさん、ゆっぺさん(ゆよゆっぺ)とは共にその時代の空気を感じていた仲ですよね。
そうですね。ゆっぺくんもボカロ曲をアップし始めた時期がかなり近いので。
──ただその時点では、この先ずっとやっていくんだっていうビジョンは、当然まだないですよね?
僕の場合は音楽で食っていこうとも思っていなかったので。まあ、ほとんどのボカロPさんがそうだと思うんですよね。正直、初期の頃はボカロという文化がこんなに続くとは思っていなかったし。
──そうなると、現在に至るターニングポイントはどこだったんでしょう。
僕は運よく1作目の「エレクトリック・ラブ feat. 初音ミク」が10万再生行ったので、それがある意味できっかけかもしれないですね。ちょうどそのときが就活しているタイミングでもあったんですけど、やっぱりそういう曲ができるとちょいちょいお仕事の依頼とかもいただけるようになって、「これはチャンスなのかも」と。自分の中で1年間という期間を設けて、どんなボロアパートでもいいから自立できるくらいの収入が見込めるところまでいけたら音楽でやっていこうと決めて、そのあとはひたすらやれることを全部やって、イベントとかも全部出たし、そうしたらなんとなく目処が立った。そういう感じです。
──そこからは迷いなく進んでいった感じでしたか?
僕が始めた頃はわりとレールが敷かれていたので。kzさんとかryoさんとか、僕の少し上だとDECO*27さんとか、「ボカロで有名になったらCDをメジャーでリリースして」みたいな流れがあって、自分もそのレールに乗っかっていった感じだったから、正直、自分で切り拓いていった感覚はなかったですね。今思えば、そういう先輩方の切り拓いた道がなければ、僕は今ここにいないかもしれないので……そういうものだと思い込んでたのかもしれないですね。がんばった先にはメジャーデビューがあって、いろんな人に楽曲提供をできて、みたいな。ぼんやりとそれを目標にしていました。
──レールという表現がありましたけど、そこを走り始めて以降、例えばDJ形式のライブを世界中でやるようになるとか、八王子Pさん自身がパイオニアとなった部分もあると思うんですね。後進にとって1つのモデルケースともなるような。
そう……ですね。当時も今もがむしゃらだし、基本的に自分は来た仕事をスケジュールに問題がなければ、断ったりはしないので。それは多分、事務所とかレコード会社の人が「八王子くんはこういうのが合うんじゃないか」って取ってきてくれたものですけど、その中で1つ、DJというのが自分にとって大きな軸になりました。「自分はボカロのイベントしか出ない」とかじゃなく、いろんな現場を経験できたからこそ、そこから得たものもすごくあるので、それがホームに戻ったときに生かされるんですよね。
──なるほど。
特に自分のライブに来るお客さんって、ライブとかにあまり来たことがない、なんなら初めて来るみたいなお客さんがすごく多いので、そういう人たちに向けたわかりやすさとか盛り上げ方は、この10年でつかめてきた感覚はあります。自分の役目はそこなのかな、と思いますね。変にとがったことをするんじゃなくて、少しでも興味を持ってもらえるように、「こんなに楽しいんだよ」って教えてあげられるように。特にボカロでDJをするときは思っています。
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時代に合うものを意識して、感覚にずれがないように
- 八王子P「GRAPHIX」
- 2019年8月28日発売 / TOY'S FACTORY
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[CD] 2484円
TFCC-86683
- 収録曲
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- ACUTE feat. 初音ミク / 八王子P[作詞:q*Left / 作曲・編曲:八王子P]
- Gimme×Gimme feat. 初音ミク・鏡音リン / 八王子P×Giga[作詞:q*Left / 作曲・編曲:八王子P、Giga]
- VIRTUAL COMPLEX feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
- MINIMALIST feat. 巡音ルカ / 八王子P×ゆよゆっぺ[作詞・作曲・編曲:八王子P、ゆよゆっぺ]
- バイオレンストリガー -GRAPHIX MIX- feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
- BL▲CK feat. 巡音ルカ / 八王子P[作詞:HANAE / 作曲・編曲:八王子P]
- ワールドワイドフェスティバル feat. 初音ミク・鏡音リン・巡音ルカ / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
- イロドリミライ feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
- 八王子P(ハチオウジピー)
- VOCALOIDを使用して音源制作をするボカロPとして活躍する男性アーティスト。クールな四つ打ちトラックにキャッチーなメロディを乗せたダンスチューンを得意とする。2009年12月、ニコニコ動画で公開した「エレクトリック・ラブ」が注目を集め有名ボカロPの仲間入りを果たした。2012年2月、アルバム「electric love」でメジャーデビュー。2013年にはTOY'S FACTORYからアルバム「ViViD WAVE」、2015年9月に「Desktop Cinderella」を発表した。また2016年6月には八王子Pの活動開始8周年を記念して、ベストアルバム「Eight -THE BEST OF 八王子P-」をリリース。2017年8月には全曲で初音ミクをフィーチャーした新作「Last Dance Refrain」を発表した。2018年8月からはHANAEとともに“都市型夜光性音楽ユニット”KUMONOSUとしての活動を開始。2019年8月に音楽活動10周年を記念したミニアルバム「GRAPHIX」をリリースした。