八王子P|ボカロシーンを牽引した10年間と新作から始まる11年目を語る

モノクロから始まってカラフルに終わるイメージのアルバム

──今作を聴いて印象的だったのが、「Gimme×Gimme feat. 初音ミク・鏡音リン」や「BL▲CK feat. 巡音ルカ」のヒップホップ的なアプローチでした。このあたりも前作以降で興味の向いた音楽性ですか。

まさにそうですね。「Last Dance Refrain」を作った頃も聴いてはいたんですけど、トラップみたいなジャンルってすごく音数が少ないから、ボーカルがめちゃくちゃ大事なんですよね。そこでいかに説得力を持たせられるかが、ボカロだとちょっと難しいんじゃないかなという思いがあって、なかなかボカロでは手が出せないジャンルだったんです。今回、「BL▲CK feat. 巡音ルカ」ではHANAEさんに歌詞を書いてもらって、HANAEさんはボカロ曲に詞を書くのが初めてということもあったので、だったら僕も挑戦しようと。だから、ボカロの調声とかミックスはすごく苦労して作った曲ですね。

──こういうラップに近いような歌を歌わせるにあたって、最適だったのがルカなんでしょうか。

もともとルカのイメージはあったので、HANAEさんに歌詞をお願いするときにそれは伝えつつも「好きに書いてくれ」ってお願いしたんです。結局ルカをチョイスしたのは、自分が思うルカの印象と歌詞の世界観が合うからでした。その内容を見てもし例えばミクが合いそうだったら、そこでさっと変えられるのはボカロのよさですよね。ボーカルが人だったらなかなか難しいところが。

──確かに。「Gimme×Gimme feat. 初音ミク・鏡音リン」はミクがラップしてますし、フレキシブルにできる強みですね。

はい。Gigaちゃんといえばリン・レンのイメージですし、(「MINIMALIST feat. 巡音ルカ」の)ゆっぺくんはルカのイメージなので、2人にはそこを事前に話してました。「Gimme×Gimme」はベースをGigaちゃんが作ってくれて、それを聴きながら曲の展開やサビのメロディなんかを話しながら作っていって。ラップに関しては、Gigaちゃんが「やりたい」と提案してくれたので、「いいよ」って。でもボカロのラップの調声とか、超面倒くさいので(笑)。「Gigaちゃんがやるなら一向に構わないけど、俺は絶対にやらないから(笑)」って言ったら、「調教するの大好きー」って(笑)。そこも楽しくやってくれたみたいです。

──目に浮かびますね(笑)。

ゆっぺくんも別名義の「DJ'TEKINA//SOMETHING」でダンスミュージックも作っているので、お互いの「これやりたい」というものがすごく一致してました。音を1つ足すにしても同じことを思っていたり、作っていて楽しかったですね。

──ゆっぺさんのロック、メタル、エモ的なイメージもうまく生きてます。

そうですね。ゆよゆっぺ名義のほうでコラボしたいと思っていたので、まずマストでギターを入れたいなというのがあって。その中でドラムンベースならお互いのジャンル、やっていることをぶつけ合えるんじゃないかなと。だからこの曲は曲調から固めていきましたね。

──コラボ曲ともともと動画が投稿されていた曲を除くと、八王子Pさん単独名義の新曲は「ACUTE feat. 初音ミク」「VIRTUAL COMPLEX feat. 初音ミク」「イロドリミライ feat. 初音ミク」の3曲ですが、この3曲ができたのはこのアルバムの制作過程ですか?

はい。「GRAPHIX」というタイトルなので、アルバムを聴いていくと最初はモノクロから始まって、徐々に色が付いていって、最後はカラフルな感じで終わる、そんなイメージが持てるものがよくて。だから残りの曲に関してはそれに合うように、特に「ACUTE feat. 初音ミク」と「イロドリミライ feat. 初音ミク」は最初と最後の曲にしようと決めていたので、対比になるイメージで作りました。1曲目の歌詞は僕じゃなくて妹(q*Left)に書いてもらったんですけど、そういう意図を伝えていて。

──「イロドリミライ feat. 初音ミク」に関しては、そこまで意図していなかったかもしれないですけど、10年という時の流れも感じました。

これに関しては、そうですね。意識していないと言ったら嘘になるけど、ただ、そこまで規模感の大きなものを書くテンションでもなかったので、イメージ的には僕が手の届く範囲の10年間を書いた感じです。

八王子P

ボカロシーンには常に恩返しをしたい

──そして「VIRTUAL COMPLEX feat. 初音ミク」は今作のリードトラックですが、だいぶ挑発的な内容で。

毎日のように炎上とか起きてるじゃないですか。炎上して、叩く人がいて、叩いてた人が今度はまた炎上して、みたいな。「それ、もういいよ」と思ったのがこの曲の原点ですね。

──音楽シーンとは別の観点で切り取る、2019年現在ですよね。

ああ、そうかもしれないですね。Twitterでもテレビを点けてもそんな話ばっかりだから、「もういいじゃん」「関係ないじゃん」って嫌気がさしていて、衝動的にバーッと書き上げました。叩いている人間ってその瞬間は自分が特別みたいな、強くなったような気持ちになってちょっとバグっていると思うんですけど、「実際は周りの人と変わらんよ、君は」みたいな、結局は大多数の1人なんだよというイメージでタイトルも付けました。

──そういう日々見たものから感じる違和感とかを歌詞にすることは、これまでもありました?

いや……それはもしかしたらKUMONOSUの活動を経て生まれた感覚かもしれないですね。そういう意味ではやっぱりこの2年間でやってきたことがいろんなところに反映しているんだなと、今話しながら自分でも「なるほど」と思いました。

──もう1つ、ジャケットに関しては今までのカッコいい、もしくはきれいなテイストとは一味違いますよね。

ジャケットは毎回TNSKさんに描いていただいているんですけど、今回のアルバムでは、10年目だからといって過去のヒット作の続編みたいな曲を作ろうとは全然していなかったんです。過去を振り返るよりも、今やりたいこととか未来を見ているイメージがあったので、打ち合わせの中で出てきた「旅」というキーワードから広げていきました。「TNSKさんも今までのアルバムで描いたミクのイメージにこだわらないでください」「今やりたいのはどんな感じですか」って聞いたら、こういうパステルカラー調のものがやりたいと。だったらそれをやりましょう、という感じですね。

──「今と未来を見ている」という言葉がありました。今の時点で11年目以降に向けて考えていること、やってみたいことなどあれば伺っておきたいです。

いろんな人と曲を作りたいです。今回合作をしてみてすごく楽しかったし、やっぱり1人でやっていると限界というか、枯渇しちゃうタイミングがあるので、どんどんいろんな人とコラボしていきたいですね。ボカロに関しては序盤にも話したように、今は安心して見ていられるような感覚でいるんですけど……僕も気付いたら10年経っていて、社交辞令もあるんでしょうけど「ボカロシーンを牽引してきてくれた」みたいな話をされることも増えてきたんです。10年もやっていて、しかも僕はコンスタントにリリースも続けているから、確かにそうだよなあと。そういう「シーンを支えて」みたいな意識はまったくなかったんですけど、ちょっとちゃんと考えたほうがいいかもな、みたいな(笑)。

──はははは。

それこそゆっぺくんとも「もうちょっと自覚を持ったほうがいいかもね、俺たちは」って話していたんです(笑)。性格的に「引っ張っていくからついてこい」みたいにはなれないと思うんですけど、僕らにできることをどんな小さなことでも、ボカロシーンを盛り上げたりとか……今の僕らがあるのはVocaloidのおかげという感謝もあるし、これからはもうちょっとそこを意識してがんばっていけたらなと。常に恩返しはしたいですし、その気持ちがなくなることは一生ないと思います。

八王子P
八王子P「GRAPHIX」
2019年8月28日発売 / TOY'S FACTORY
八王子P「GRAPHIX」

[CD] 2484円
TFCC-86683

Amazon.co.jp

収録曲
  1. ACUTE feat. 初音ミク / 八王子P[作詞:q*Left / 作曲・編曲:八王子P]
  2. Gimme×Gimme feat. 初音ミク・鏡音リン / 八王子P×Giga[作詞:q*Left / 作曲・編曲:八王子P、Giga]
  3. VIRTUAL COMPLEX feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
  4. MINIMALIST feat. 巡音ルカ / 八王子P×ゆよゆっぺ[作詞・作曲・編曲:八王子P、ゆよゆっぺ]
  5. バイオレンストリガー -GRAPHIX MIX- feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
  6. BL▲CK feat. 巡音ルカ / 八王子P[作詞:HANAE / 作曲・編曲:八王子P]
  7. ワールドワイドフェスティバル feat. 初音ミク・鏡音リン・巡音ルカ / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
  8. イロドリミライ feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
八王子P(ハチオウジピー)
八王子P
VOCALOIDを使用して音源制作をするボカロPとして活躍する男性アーティスト。クールな四つ打ちトラックにキャッチーなメロディを乗せたダンスチューンを得意とする。2009年12月、ニコニコ動画で公開した「エレクトリック・ラブ」が注目を集め有名ボカロPの仲間入りを果たした。2012年2月、アルバム「electric love」でメジャーデビュー。2013年にはTOY'S FACTORYからアルバム「ViViD WAVE」、2015年9月に「Desktop Cinderella」を発表した。また2016年6月には八王子Pの活動開始8周年を記念して、ベストアルバム「Eight -THE BEST OF 八王子P-」をリリース。2017年8月には全曲で初音ミクをフィーチャーした新作「Last Dance Refrain」を発表した。2018年8月からはHANAEとともに“都市型夜光性音楽ユニット”KUMONOSUとしての活動を開始。2019年8月にボカロPとしての音楽活動10年目を記念したミニアルバム「GRAPHIX」をリリースした。