“おゴージャス”なピアニスト、五条院凌とは?憧れの加藤登紀子との対談、コンサートにまつわるソロインタビューでその魅力に迫る (2/4)

音楽と同じように、何かにピリオドを打つ気持ちよさが好きなんだろうね

加藤 私はすごく生き方が上手なの。きれいさっぱり捨てても、その人のことは嫌いにならない。好きなままにしておいて終わり。あなたも音楽家だから、1曲弾くたびにピリオドを打っているわけじゃない?

五条院 そうですね。

加藤 それと同じで、きっと何かに対してピリオドを打つ気持ちよさが好きなんだろうね。上手にピリオドを打てたときの快感っていうのかしら? 一般的に別れって不幸な出来事だけど、必ずしも悪いことばかりじゃなく、自分次第で最高の思い出に変えられるわけ。その思い出を題材にした歌ができたときなんて「やった!」みたいな気持ちだから(笑)。

五条院 わかります(笑)。

左から五条院凌、加藤登紀子。

左から五条院凌、加藤登紀子。

加藤 最初の恋が終わったあと、結婚した人とも恋愛中はなかなかつらいことが多くて。もっと一緒にいたいけど、一緒にいられない。ケンカして彼が去っていったあと、突っ伏して泣いたんだけど、ふと「なんて自分はいい声で泣いてるんだろう」と思ったわけ(笑)。「どうしてこの声を歌手として使っていないんだろう?」という思いがムラムラと湧いてきて、その夜さんざん泣く研究をしたのよ。そうしたらなんで泣いていたのか忘れちゃってね。そうして「そうだ、こんなふうに思いの丈を吐き出していれば、自分の歌はもっとよくなるはずだ」と思ったの。その夜のことは忘れないね。

五条院 おいくつくらいのときですか?

加藤 25歳くらいかな。「ひとり寝の子守唄」(※1969年発表の楽曲)を作っていた頃の話。それから10年ちょっと経ってから「Out of Border」(※1981年発表のアルバム)という、情熱的な歌がたくさん入った作品を作ったんです。「難破船」を作るちょっと前ね。その頃は3人目の子供ができたあとだから、もう恋をする心配はないわけ(笑)。

五条院 ふふふ。

加藤 愛がないわけではないけど、ラブアフェアはしていない関係ね。結婚すると今好きなのかどうかいちいち問わないし、確かめることもできないわけ。早い話、夜、隣り合わせに寝ていてもお互いの気持ちがわかんないから、お互い探りながら、ふてくされたまま寝ちゃって、「なんなの、この関係は?」っていう感じでね。「夫婦って本当に寂しいな」と思うこともありましたよ。お互いそれぞれ独立した人格として生きて、一緒にいるプレッシャーを感じずに暮らしていくには、ストイックな部分をコントロールし続ける必要があるから。恋人のときはパチっとほっぺた叩いたり、キーキー言ったりしてもいいけど、結婚するとそういうわけにいかないよね。

五条院 寂しいですよね。

加藤 その寂しさを恋愛の歌に置き換えて、「Out of Border」ではいっぱいラブソングを作ったの。あのアルバムの最後に入っている「帆を上げて」という曲は、旦那と別れようと決めた日にレコーディングした、本当の別れの歌なの。

五条院 ええっ!

加藤 結婚するとき、2人で「心がすれ違ったまま、『夫婦なんだから』という理由を付けてごまかすことだけはやめよう」と決心したわけ。「別れたいと思ったら、お互い無理せず言おうね」って。「難破船」じゃないけど、私は別れることは平気だから無理しないでねって。それである晩、私はついに「別れたい」って言っちゃったのよ。そしたら彼は一切論争なしで「わかった。じゃあ別れよう」と切り出してきて、「今日が最後の夜だな、おいしい酒でも飲むか」ということになって、2人で飲んだわけ。いい夜だったなあ! 忘れられないね。

加藤登紀子

加藤登紀子

五条院 そのあとどうなったんですか?

加藤 ふと彼が「子供はどうするんだ」と聞いてきたの。「君が連れて行くのか」って。彼が連れて行けるはずがないから「そりゃそうでしょ」と言ったら、思ってもいなかったほど寂しい顔をしたのね。それでその夜は静かに床についたんだけど、朝起きて、ごはんを作って食べているとき、彼が「うまいなあ、この味噌汁は……」って言ったの。それで、たった一夜の離婚騒動は終わりました。

五条院 よかった……。お味噌汁で救われたんですね。

加藤 泣いたね。ぼろぼろ泣いた。あのときのことはまだ歌にしていないんだけどね。そういう破局すれすれの状況で話し合って、結局元に戻ることを繰り返しているのも、悪くないなと思ったの。いい感情じゃない? 大好きだってことを確かめているわけだから。結果的に「Out of Border」というアルバムができたおかげで離婚しなかったんだけど、きっと私の中で、いろんな問題から卒業しちゃったのね。

五条院 わたくしも自分の感情を音として表現できた瞬間、自己解決してスカッとすることはあるので、そのお気持ちはすごくわかります。きっとわたくしたちは音楽に救われているんでしょうね。

加藤 救われているよね。同じ失恋を何回も味わうことができるわけだから。それを味わい尽くしている感覚があるね。

楽曲タイトルはワンワードで詞を書いているようなもの

五条院 「難破船」はそんな不思議な魅力がたくさん詰まった魔法の曲だからこそ、何度も味わっているうちに心地よくなるのだと思います。ピアノだと声として歌詞を乗せられない分、いつも以上に歌心を大切にして、音を奏でさせていただきました。

加藤 歌のメロディをたどって演奏するには難しい曲もありますよね。言葉が粒々でできているときもあれば、全部同じ音になっているときもあるから。私も聴かせていただいたけど、「難破船」の世界がピアノの音だけでうまく表現されているなと思いました。

五条院 何年も聴いてきた曲なので、すっと「難破船」の世界に入り込めるんです。レコーディング中も弾き進めていくうち、自分とピアノだけの孤独な世界の中、どんどん「難破船」が持つ不思議な引力に惹き込まれて、ほぼワンテイクで完成させることができました。

加藤 あなたは自分で曲を生み出せたとき、「歌詞を乗せたいな」と思ったことはある?

五条院 ありますし、実際に乗せたこともあるんですけど、多くはないです。歌にしたほうが映えそうな曲もありますし、「自分がもっと歌がうまければ弾き語りしたいな」と思った曲もあります。ポエムを書くのも好きなので。

五条院凌

五条院凌

加藤 私は歌手だから、自分で歌う姿をイメージしながら曲を作ることが多い分、どうしても「歌詞を付けなきゃいけない」という思い込みがあるの。だから歌詞を付けることを考えずに曲作りしてみたいなって思うこともあるんです。

五条院 わたくしは逆で、ピアノで旋律にしたときに美しい曲になることをまず心がけていたので、歌詞を考えることはなかったんです。

加藤 曲を作ったとき、タイトルはどうやって付けているの? 詞がなくてもタイトルが付けられるということは、その曲になんらかのストーリーが生まれているわけでしょう?

五条院 そうですね。わたくしの場合、最初にタイトルを付けてから書いていくのではなく、曲ができてから考えます。音がどんな世界を生み出しているか想像して、そこからタイトルができますね。

加藤 不思議よね。例えば抽象画にもちゃんとタイトルが付いているじゃない? ピアノ曲にタイトルが付いているのもああいう感じよね。あなたもタイトルを付けているということは、ある意味ワンワードだけど詞を書いている、ということよね。

五条院 なるほど!

加藤 ひとつの言葉があるということは、歌が生まれる可能性がある。クラシック曲のタイトルは「無題」とか、ただの番号で済まされていることがいっぱいありますからね。

五条院 インスト音楽を作る身として、タイトルは聴いてくださる方の想像力をかき立てるための橋渡しとなる、すごく大切なものですので、時間をかけて考えます。曲ができあがったあとにいろんな街の景色を見たり、森の中に行ったり、インスピレーションを膨らませて、「これは水の世界の音だな」「これは葉っぱの世界の音だな」とか、いろいろ想像しながらタイトルを付けているので、それをもっと掘り下げていけば、歌詞が生まれるかもしれないですね。

加藤 五条院さんがどんな歌詞を考えるのか、楽しみにしています。

左から五条院凌、加藤登紀子。

左から五条院凌、加藤登紀子。

音楽家って、ピリオドを打つことに向いている仕事なの

五条院 わたくしからも登紀子様にうかがいたかったことがあります。同じ女性、“おギャル”として、孤独の渦に包まれてしまったとき、登紀子様はどう生きてこられたのか、すごく気になります。わたくしはステージに立つと、時おり孤独を感じるんです。

加藤 ステージで孤独を?

五条院 ステージ上にいるときはすごく幸せなんですけど、その分おうちに帰ったときの喪失感が強くて。それをどう乗り越えてきたのか、お聞きしたいです。

加藤 私もステージの上で、こっそりと心の中で絶叫しているときはありますよ。客席と自分の間にうまく橋がかけられなかったり、「今この瞬間に歌うべき歌はこれじゃない」「なんでこの曲を歌ってるんだろう」と思ってしまったり。だけど、それもまた二度と通過できない瞬間じゃない?

五条院 “短い人生”の一部ですよね。

加藤 その瞬間が永遠であるように感じるけど、結局その曲を何食わぬ顔で披露しているわけよね(笑)。とりあえず嵐が吹いたことは心の隅に置きながら、それでもピリオドを打とうって。私が東日本大震災の1週間後に作った曲「今どこにいますか」の中に、「今日一日を生きましたね あしたのために眠りましょう」という一節があるんだけど、自分に言い聞かせるという意味では、その考え方に近いかな。「ピリオドは上手に打とうね」。それがうまく生きてきた秘訣ですね。

五条院 わたくしはいつもコンサートを「皆様にまた会う日まで、おやすみなさいませ」という言葉で締めくくるので、それとちょっと共通しているかもと思いました。確かにそうやって乗り越えていけばいいですね。

加藤 私たちの職業というか、音楽というものは必ず終わりが来るじゃない? だけど世の中には、必ずしも答えが出ないことを解決しなきゃならない立場に置かれている人もいるわけです。そういう人にも「今日一日を生きましたね あしたのために眠りましょう」と言ってあげたいんです。そういう意味で音楽家は、ピリオドを打つことに向いている仕事なの。もっと言ってしまえば、死ぬ練習をしているわけじゃない? コンサートのたびに幕を下ろしているわけだから、そこで人生が終わっても何も問題はない。“終わり”に対する心構えはありますよね。普通の暮らしの中では経験できないことをたくさん味わえる、いい職業だなと思いますよ。五条院さんの場合、演奏している姿の印象が強いから、「また演奏を聴きに行きたい」と思えるし、その様子から伝わってくるものも多いと思うので、演奏も作曲もがんばってほしいです。

五条院 がんばります! 今日は登紀子様のお話が楽しすぎて、すっかりお友達のように接していただいたので、ちょっと対談ということを忘れてしまいました(笑)。

加藤 私も誰にも話してこなかったこと、言ったからね(笑)。最後に、この本を差し上げます。私の楽譜集。

五条院 メルシー御座います。いいんですか?

加藤 ええ。楽譜を見るとわかるんだけど、明菜さんの「難破船」は私とちょっとだけ違うふうに歌っているの。音源だとそんなに気にならないかもしれないけど、旋律として抜き出してみると、ちょっと違うところがあって。

五条院 (楽譜を見て)えっ、この部分音程が下がるんですか?

加藤 下がるの。明菜さんは私の歌を聴いてから歌ったから、同じ音程になっているように聴こえるんだけど、譜面に起こしてみるとちょっと違っていて。聴いている方には「そんなに違いがわからない」と言われるけどね。

五条院 (加藤登紀子が歌う「難破船」を聴きつつ)言われてみれば確かに! 

加藤 メロディ的には、この譜面のほうがいいんじゃないかしら。「難破船」をカバーする人はみんな明菜さんの歌い方に寄せているけれど、曲としてはこの譜面のほうが正しくて。どうしたものかと思っていたの。

五条院 これはわたくしが責任を持って世に伝えます! コンサートのMCでもお話ししてみます。

加藤 ぜひ伝えてください。後世のために(笑)。

左から加藤登紀子、五条院凌。

左から加藤登紀子、五条院凌。

2023年11月3日更新