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神様、僕は気づいてしまった|“本当の自分を取り戻す”という挑戦

音楽ナタリーで展開中のリクルートの新企画「Follow Your Heart & Music」特集、第3回には神様、僕は気づいてしまったのギタリスト・東野へいとが登場。神様、僕は気づいてしまったは本企画でクリエイティブチーム・Facial mapping(from P.I.C.S.)とコラボし、バンドのモチーフでもあるマスクに映像を投影するという特異な表現のミュージックビデオを完成させた。「挑戦」というテーマを受けて新曲「メルシー」を書き下ろした東野は、どのようなメッセージを楽曲に込めたのか? 楽曲制作の背景や、MV制作を経て彼が感じた手応えについて話を聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦

神僕が提供した意味を曲の中に

──これまでドラマやアニメとのタイアップはありましたが、神様、僕は気づいてしまったが今回のように企業とガッツリ組んだタイアップに取り組むのは初めてですね。

神様、僕は気づいてしまった「メルシー」MV撮影時の様子。

僕らは素性を明かしていないバンドなので、まさかこういった企画のお話をいただけるなんて思ってもいなくて。まだ新人で、かつ何者かわからないようなバンドにお話をくださってとても光栄だったと同時に、正直に言うと期待された役割をちゃんと果たせるのかという不安もありました。

──神僕というバンドの知名度が上がった証拠だと思います。

昨年春くらいに「CQCQ」をTBS系 火曜ドラマ「あなたのことはそれほど」の主題歌として選んでいただけた際は、行く先々のスピーカーから自分たちの楽曲が聴こえてきて、そわそわしたものを感じていました。でも夏以降は大きな活動もそこまでしていなかったし、特に最近は制作が忙しくて内向きな作業が多かったこともあって。そう言った中で僕らを指名していただいたのはありがたいことですね。僕自身、ちょっと驚きました。

──コラボを受けて曲を書くということを、東野さん自身はどう受け止めていますか?

企画の趣旨を音楽という土俵で表現できなければ、コラボレーションの意味ってないと思うんです。そして数あるアーティストの中から神僕を選んでもらったからには、僕らであることの意味も作品の中に込められていないといけない。自分が言わないようなメッセージを発してしまっては、自分たちである必要がなくなってしまう。企画の趣旨を正しく理解すること、自分であることの意味を曲に込めること、これら2つの要素って場合によっては相反するもので、自分なりに噛み砕いて表現することの難しさをたびたび感じています。特にこういった大きなタイアップのときは初めて僕らの音楽に触れる人も多いと思っていて。ミュージックビデオでマスクを被っているし、一見、コミックバンドのように捉えられてしまうかもしれないんですけど、今回いただいた「挑戦」というテーマを受けて僕らなりに、僕らが作る意味を導き出せたと思うし、僕らだからこそ成立する作品になったと思っています。

「メルシー」の意味

──リクルートの新企画「Follow Your Heart & Music」の「挑戦」というテーマを受けて、東野さんはまずどんなことを思い描きましたか?

神様、僕は気づいてしまった「メルシー」MV撮影時の様子。

「挑戦」って言葉を聞いたとき、まず思い浮かぶのは「新しいことを始める」ことだと思うんですけど、僕は一番やっかいな敵が自分自身だと思っていて、そいつとどう向き合っていくのかが神僕というバンドで提示すべき挑戦だと結論付けました。端的に言うと、嘘偽りなく今の自分を認めること。こんなことを言ってばかりいては世の中から「お前まだそんなこと言ってんの?」って呆れられるかもしれませんが、そういった風潮があるからこそ、自分を偽ってしまったり、抑圧したりすることで対外的に平穏を保っていたりする。「自分と向き合うなんて今更」って笑われるかもしれませんけど、僕はあえて「そろそろ自分を受け止めようよ」って言いたくて。

──新曲「メルシー」の歌詞でつづられている「自分を救えるなんて他でもない 本当の自分じゃないのか」「いつかの僕等へ帰ろう」といった言葉は、自分自身を対象とした「挑戦」を表しているわけですね。

はい。「挑戦」という言葉は進学した学生や、新社会人のための言葉であると錯覚しやすいですが、本当の自分を受け止める行為はどんな人にも当てはまると思うんです。時が経てば経つほど、自分と向き合うという行為は億劫になるし、「大人になってみっともないこと言い出すのはしょうもない」と幼さを大義名分にその場の感情をうやむやにしてしまう。

──楽曲のタイトルに「メルシー」という言葉を選んだのはなぜですか?

「メルシー」はフランス語で「ありがとう」って意味なので、ストレートに読み解けば感謝の言葉なんですけど、僕が表現したかったのはその語源に当たるラテン語。英語で慈悲を表す「Mercy」の語源でもあるそうです。自分自身に対しての慈しみと言うか、“今日この瞬間を赦す”というような救いが少しでも生きづらさを軽減するんじゃないかとこの言葉をタイトルに冠しました。

「こんなものさえなかったら
昔の自分はもっと救われたんだろうな」

神様、僕は気づいてしまった「メルシー」MV撮影時の様子。

──先ほど「自分という壁、自分という敵とどう向き合っていくのか」と話していましたが、東野さんはどんなときにご自身を敵だと感じますか?

人間は社会的な生き物なので、生きていくうえで「認められたい」という承認欲求が必ず生じると思うんです。ただ一方で「いい歳して、そんなの声に出して言えないな」って本心をごまかしてる部分もあって、「認めてもらいたい。もっと愛されたい」という感情を正しく誰かに伝えることができない。そんな付け焼き刃な感情で茶を濁してしまったときほど「敵ってのはどこの誰でもなくて、自分自身なんだよな」と思うし、「こんなものさえなかったら昔の自分はもっと救われたんだろうな」と常々考えています。

──アーティストとして活動することで承認欲求はある程度満たされているのではないかとも思ってしまうのですが。

自分でも考えすぎだってことはわかっているんですけど、不安って考えれば考えるほど増えていくものじゃないでしょうか。曲や詞を書くことは頭脳労働であるうえに、僕はどうしても考えすぎてしまうクセがあって。だから吐き出すことで報われている実感はみじんもなくて、むしろいっそう深い沼に沈んでしまっている気がしています。