フィッシュマンズ茂木欣一、「LONG SEASON」を語る|奇跡のような“35分16秒”はどのように生み出されたのか? (2/3)

誰も聴いたことのない音楽を作っているという実感

──作業はどのようにスタートしたんですか?

茂木 最初にみんなでスタジオに入って、アレンジのアイデアを出し合って。これはすごく覚えてるんですけど、HONZI(Key, Violin, Accordion Organette20, Cho)が「LONG SEASON」のキーになる「タラララ タラララ」っていうピアノのフレーズを突然弾き始めたんですよ。それを聴いた瞬間、「これは絶対いい作品になるぞ!」と思ったんです。HONZIが手弾きしたピアノのフレーズを忘れないうちにMIDIに打ち込んで、その音源をベーシックにして演奏した記憶があります。それと同時に、みんなで全体の構成も考えました。僕らは普段、五線譜を使わずに、佐藤くんの歌詞の上にコードだけ書いて、それをもとに演奏していたんですけど、さすがにこれだけ長い曲だから、ある程度構成を考える必要があるよねって。まっさらな紙に横線を引いて、大まかな展開や分数を書き込んで、それをみんなで共有するようにしました。

ワイキキビーチで作業をする佐藤伸治(Vo)と柏原譲(B)。

ワイキキビーチで作業をする佐藤伸治(Vo)と柏原譲(B)。

──まずは、ざっくりと全体の構成を決めて。

茂木 そうですね、A・B・C・Dみたいな感じでパートに分けて。僕らの中でAパートと呼んでいる部分に関しては、ほぼほぼ決まってたんですよ。Aパートっていうのは、実際の音源で言うと出だしからドラムとパーカッションのセッションに移行するまでの生演奏のパートですね。あとは後半から終盤に向かうDパートの展開もなんとなく見えていたから、最初に生演奏のパートをまとめてレコーディングして。それ以外のパートは完全に未知でした。

──生演奏のレコーディングで何か印象的だったことはありますか?

茂木 今みたいに編集でサクサク直せる時代ではなかったので、とにかく緊張しましたね。今までにないような構成で、小節数も自分たちで独自に決めたものだったので、ここは16小節だけど、次は12小節で展開を変えようみたいな(笑)、そういう作業をメンバー3人とサポートメンバーのHONZI、関口“ダーツ”道生さん(G, Cho)の5人で真夜中に延々やってからレコーディングに臨みました。でも、15分近く延々演奏するわけだから、途中で自分がどこを叩いているのかわからなくなっちゃうような瞬間もあって。確かあのときは、植田さんが「あと何小節」って書いたプラカードを掲げてくれたような……。

植田 それ、佐藤さんがやってました。

茂木 佐藤くんがやってたのか! つまり佐藤くんは歌ってなかったんだ。それは演奏するのが難しいわ(笑)。佐藤くんの歌も一緒に録音してたと思い込んでた。

植田 回線の問題で歌は別録りにしたのかもしれませんね。佐藤さんは後日、ワイキキビーチで歌録りをしてます。

茂木 そうだったんだ。でもプラカードに書かれていたことは覚えますよ。「あと何小節で『くちずさむ歌はなんだい?』に!」みたいなことが書いてあった。生演奏のパートはヴィヴィッドスタジオっていう、わりと広めのスタジオで録音したんだよね。部屋を暗くして。

茂木欣一(Dr, Vo)

茂木欣一(Dr, Vo)

植田 茂木さんは、まん丸いマイク1本で録音していました。

茂木 そうそう! マイクの数はすごく少なかった。

植田 茂木さんの前に、バボちゃんみたいなバレーボールくらいの大きさのマイクが置かれて(笑)。ZAKさんに音が被らないように気を付けてと言われた気がします。

茂木 要は演奏を間違えられないっていうことだよね。間違えたら最初からやり直しなんで。

──めちゃくちゃテンションの高い現場ですね。

茂木 でも僕らは普段からそういうレコーディングをしていたから。あくまでも生演奏のグルーヴにこだわっていたし、簡単に編集で直すようなこともしなかった。時間の移ろいにしたがって、ちょっとずつグルーヴやノリが変わっていくことがあっても、僕らはそういう部分をむしろ大事にしていたんですよね。ただ「LONG SEASON」に関しては、演奏時間が長いから、いつもに比べて緊張感はありました。でも、それ以上に「今、僕らはめちゃくちゃ面白いことにトライしてる!」っていうワクワク感のほうが強かったです。緊張しつつも、笑顔で演奏した記憶があって。誰も聴いたことのないような音楽を自分たちが今、作っているんだという実感がありましたね。

ワイキキビーチの内観。

ワイキキビーチの内観。

ワイキキビーチの内観。

ワイキキビーチの内観。

ゲストミュージシャンの選出基準は?

──「LONG SEASON」にはASA-CHANG(Per)、佐藤タイジさん(G / シアターブルック)、UAさん(Cho)、MariMariさん(Cho)といったゲストが参加しています。ゲストの人選はどのように決めたんですか?

茂木 まずASA-CHANGに関して言うと、僕らの数少ないミュージシャン友達だったんです。当時は、ほかにBuffalo Daughterぐらいしか音楽仲間がいなくて。僕ら本当に閉じてたんですよ(笑)。ASA-CHANGとは当時、彼がピアニカ前田さんたちとやっていたピラニアンズというバンドのセッションに呼んでもらったことがあったり、昔からすごく近しい関係で。何よりも凄腕のパーカッション奏者なので、「LONG SEASON」という作品に面白い色付けをしてくれるだろうなという確信みたいなものがあったんですよね。

──ASA-CHANGとのレコーディングでは1対1で向き合って演奏したそうですね。

茂木 あのレコーディングは刺激的でしたね。ASA-CHANGは、ああいうインプロビゼーションっぽい演奏に慣れてるから、僕が彼のプレイに触発されるような感じでした。

──演奏はアドリブで?

茂木 完全にアドリブです。自分的には夏休みに花火をやっているような感覚というか、そういうイメージを思い浮かべながらドラムを叩きましたね。ASA-CHANGが現場にいろんなパーカッションを持ち込んで、次々面白いアイデアを繰り出してくるので、僕も負けじと自分ができる限りのプレイで懸命に応戦して。

──あのテイクはいつ聴いても鳥肌が立ちそうになります。

茂木 いい緊張感がありますよね。ドラムの演奏に関しては、当時よく聴いていたBOREDOMSからの影響があるかもしれませんね。口ずさめるようなリズムパターンなんだけど、聴いた人の脳裏になんらかの映像を呼び覚ますような、そういうパートにしたいなと思ってました。

茂木欣一(Dr, Vo)

茂木欣一(Dr, Vo)

──佐藤タイジさんの参加は当時、ちょっと意外に感じました。これはどういうつながりで?

茂木 当時、シアターブルックの「ありったけの愛」という曲が巷でよく流れていて、タイジさんは気になる存在だったんですよね。ボーカリストとしてはもちろん、ギタリストとしてもすごいという認識がメンバーの中にあったんで、それで声をかけさせてもらって。

植田 確か佐藤さんが「ギター対決をやろう!」って言い出したんだと思います。

茂木 そうだそうだ。僕とASA-CHANGがアドリブでセッションしたり、“対決”みたいなテーマがあったよね。それでタイジさんには、関口さんとギターで対決してもらって。タイジさんも、すごいギターを弾いてくれましたね。

──UAさんはどういう経緯で?

茂木 UAはもともと大阪時代にHONZIのルームメイトだったんですよ。確かZAKとも昔から知り合いで。当時UAがスタジオの近くに引っ越してきて、それで声をかけたんじゃないかな。

植田 佐藤さんが引っ越しを手伝ったみたいです。洗濯機を運んだり(笑)。

茂木 そうだったんだ(笑)。Aパートの最後に女性コーラスを入れたいねという話になっていて。これはメンバーによってバラバラだと思うんですけど、僕の中ではPink Floydのアルバム「狂気」に入ってる「The Great Gig in the Sky」という曲の女性ボーカルをイメージしていたんです。だったらUAにお願いしようって。確か「情熱」がヒットした直後ぐらいじゃないですか?

──そうです。「情熱」が1996年6月リリースなので。

茂木 UAはとにかく明るくてテンションが高かったですね。僕らは3人ともシャイだったんで圧倒されちゃって(笑)。

──歌入れについて、イメージのようなものは伝えたんですか?

茂木 いえ、特には。フィッシュマンズの現場では、参加してくれる人に、なるべく細かい指示を出さないようにしてるんですよ。あんまり明確なイメージを伝えすぎると、その通りになっちゃってハプニングが起きないから。そういうのはもったいないと思っちゃうんで、UAにも自由に歌ってもらいました。UAはスタジオに1人でこもって歌入れしてましたね。プレイバックを聴いたら、言葉にならないような感情を見事に声で表現してくれて、すごいシンガーだなと思いました。

──UAさんのエモーショナルな歌声とMariMariさんのみずみずしい歌声のコントラストも絶妙ですね。

茂木 Mariの声もいいですよね。彼女は佐藤くんの生活に欠かせないパートナーだったし、フィッシュマンズの一番近くにいたシンガーだったので。そういう意味でもMariの声が作品に入ってるのは僕らにとって、すごく自然なことだったんです。ちなみに「空中キャンプ」の1曲目に入ってる「ずっと前」のイントロのコーラスはMariの声をサンプリングして使ってるんですよ。確かデモテープに入ってた声をそのまま使ったんじゃないかな。

「LONG SEASON」の販促用フライヤー。

「LONG SEASON」の販促用フライヤー。

──そうだったんですね。

茂木 あと、「LONG SEASON」にはもう1人ゲストがいるんですよ。当時ディレクターだったフジパシフィックの森本(正樹)くん。僕とASA-CHANGの打楽器対決が終わったところから始まるCパートに口笛が入ってるんですけど、あれは森本くんなんです。

植田 ちゃんとオーディションをしたんですよ(笑)。そしたら森本さんが一番口笛がうまくて。

茂木 それで「森本くん、よろしく!」って(笑)。Cパートに入ってる佐藤くんの「パー パパパパパパー」っていうコーラスは、佐藤くんががんばって1人で録音したはずなんですよ。僕はそこの録音には立ち会ってないですね。植田さんは見てるのかな?

植田 見てないです。自宅で作業していたと思います。

茂木 Cパートに関しては、佐藤くんがほぼ1人で作ってましたね。それでひと通りのレコーディングが終わった感じです。