「Fate/Grand Order Original Soundtrack Ⅵ」芳賀敬太&毛蟹インタビュー(聞き手:田中美海) (2/2)

TYPE-MOON史上最大の戦いに添える曲

──「ミクトラン」にはTYPE-MOONで“最強の存在”とされているORTが登場します。ライナーノーツには、ORT初戦の曲「膨張する太陽 ~ORT1~」について「頭で考えるより体でぶつかっていった感覚」と書かれていました。

芳賀 ORT戦は「FGO」史上というか、TYPE-MOON史上最大の戦いだったのでそうならざるを得なかったというか。これまで「FGO」が長く続いてきた中で、物語の終盤に向けて盛り上がる曲や使ってない音を取っておかなければいけないという考えがあったんです。でもORT戦はそれをガバッと出さないと乗り越えられませんでしたね。

──芳賀さん的にもORTは強かったという。

芳賀 強かったですね。何度も水晶化しました(笑)。

田中美海

田中美海

──ありがとうございます。あと印象に残ったのが「ミクトラン」に登場するカマソッソの曲「最後の勇者」で。本当に泣ける曲だなと。この曲のタイトルはどなたが付けたんですか?

芳賀 これは奈須ですね。「ミクトラン」の曲のタイトルは基本的には奈須が付けてくれています。

──「最後の勇者」はカマソッソの過去のエピソードを踏まえて作られたんでしょうか?

芳賀 シナリオを確認した時点で、こんなことがあっていいのかとモルガン級の衝撃はありました。さらに奈須から直接話を聞いてイメージを補強してから曲を作りました。

──プレイした当時はまだ曲名を知らなくて、サントラのクレジットで初めて「最後の勇者」と知って。曲とタイトルのマッチ具合が素晴らしくて、奈須先生と芳賀さんのタッグが本当に素敵だなと改めて思いました。

芳賀 ありがとうございます。カマソッソは本当に苦しい思いをしたキャラクターですよね。すべてを忘れていることも地獄だし、思い出してももっと地獄だし。そういう思いを込めて、民として王を讃えるぐらいの気持ちで曲を作りました。

──この曲を聴いて、泣きながら戦ったことを思い出しました。「ミクトラン」の通常戦闘曲である「スペクタクル・エイジ ~BATTLE 16~」は、サウンド的に新しい音を入れたそうで。

芳賀 発注のときに「明らかにヤバい章が始まったというのをわからせたい」と聞いて。加えて「最後の勇者」はこの曲のアレンジバージョンにしてほしいという話も聞いていたので、そこにもつなげられるように考えつつ作りました。自分が作ってきた「FGO」の曲の中ではこんなにキャッチーなものはないなと思っています。劇伴というよりは歌メロくらいのつもりで作って、リズムもこれまで封じていたものを解禁して、強いエネルギーが感じられるように意識しました。

──「ミクトラン」は通常戦闘から難易度が高くて、それが曲にも表れているなと。

芳賀 確かに。雑魚キャラも無敵(「FGO」内での敵の攻撃を防ぐ効果)を使ってきたりね(笑)。

毛蟹 ちなみに自分が気になっていることで、少し話題は変わるんですけど、第6.5章あたりからブラスの音が増えたなと感じていて。

芳賀 あれ、実はブラスの音じゃなくてブラスっぽいシンセを重ねているんだよね。生っぽくない迫力のある音をいつもよりも大きく出していて。

毛蟹 それが芳賀さんが今まで封じてきた手の1つってことですか?

芳賀 そうですね。ORT戦やデイビット・ゼム・ヴォイドの曲はシンセと生音を重ねて、普段のイベントではやらない、というかできないような表現をやっていて。

──それほどORT戦がハードだったと。

芳賀 そうですね。

──ほかに毛蟹さんが第6.5章、第7章で気になった曲はありますか?

毛蟹 サントラには入ってないんですが、テスカトリポカの宝具BGMが気になっていて。スパニッシュで、今までになかったテイストだなと。

芳賀 スパニッシュ的な曲はちょいちょいやってきてはいるんだけどね。「Fate/EXTELLA」とかで。

毛蟹 ただ、ここにきて思いっきりプリミティブに振った印象を受けました。

芳賀 それは「淡々とした感じにしたい」という要望があったからかな。宝具BGMはテスカトリポカ戦の曲「始まりの黎明」をアレンジしたもので、その「始まりの黎明」はストイックにずっと同じストロークが続いていくことで、黎明、夜明け前の世界、そして太陽が昇るという流れを表現していて。

──宝具BGMにテンションが上がるファンも多いと思うので、宝具BGM集がリリースされてもいいのではないかと思いますが、いかがですか?

芳賀 今のところ予定にはないのですが、ご要望は承りました!

田中美海

田中美海

田中美海

田中美海

“水着カーミラ構文”の「伍越同舟」

──あとは2021年に「FGO」内で行われた期間限定イベント「昭和キ神計画 ぐだぐだ龍馬危機一髪! 消えたノッブヘッドの謎」のCMソングである「伍越同舟」が印象に残っていて。イベント内のメインキャラである坂本龍馬のイメージソングとして完璧だなと感じました。

毛蟹 「FGO」の曲としてはこれまでほぼなかったと思うんですけど、男性ボーカル曲なんです。今回は坂本龍馬のイメージなので男性ボーカルがいいのではとプロデューサーの方に相談しました。

──そうだったんですね。歌詞も素晴らしいです。テキストで歌詞を見たときに初めて英語の部分に込めた意味がわかるというか。

毛蟹 「FGO」の坂本龍馬という人間のことを考えると、「castaways」に“守護者”、「anywhere」に“理想郷”とか、80、90年代J-POP的な匂い、雰囲気を狙って、ちょっとひねったルビを振ってみるのはありなのかなと思って。ただ「FGO」には英語と日本語を混ぜて話す水着カーミラがいて、「FGO」ファンの間で「伍越同舟」は“水着カーミラ構文”と言われたのを見かけました。

毛蟹 「ぐだぐだ龍馬危機一髪!」の発注は確か「巨大ロボ」とかそれくらいだけでしたよね?

芳賀 まあ、おおまかな状況説明としては「巨大ロボがバトルをします」という話だったね(笑)。

毛蟹 そこからの龍馬の哀愁あふれる「伍越同舟」にたどり着けたのは我ながらファインプレーだったなと思います(笑)。

──その発注内容からこんなに泣ける曲が生み出されたのは驚きです。「ぐだぐだ龍馬危機一髪!」の曲制作は、芳賀さんが作曲には参加しておらずラセングル(「FGO」の開発・運営を行っている会社)のサウンドチームに託したそうですが、まるっとイベントの曲を外注することで何か変わったことはありますか?

芳賀 毛蟹さんをはじめ、たまにサポートしていただくことはこれまでもあったのでそこまで感覚は変わっていないのですが、僕自身としては自分で作るよりも人にお願いするほうが大変だなと思います。

──それはイメージを伝えるのが?

芳賀 そうですね。「優しく」とひと言伝えても、人によってそのイメージから出てくるサウンド感ってまったく違うので。「ぐだぐだ龍馬危機一髪!」の曲を託したことで、そういった伝え方の部分で理解が深まったところはあるのかなと。あとはプレイヤーにとっても新鮮かもしれませんね。僕がかなり独特なサウンド作りをしているので、普段と違う感じを楽しんでもらえたのではないかと。

田中美海

田中美海

「FGO」の音楽はあらゆるものを内包してくれる

──前回も少し話題に出ていましたが、2021年に「FGO」内で行われた期間限定イベント「カルデア・サマーアドベンチャー! ~夢追う少年と夢見る少女~」では、「去年とは違うキャンプ」という、これまた難しい発注が届いたそうですね。

芳賀 メインの楽器を変えてみたり、キャンプのイメージを変えてみたり、うまくごまかせたなという感想しか出てこない(笑)。

毛蟹 キャンプや和風というテーマだけで新しい曲を作り続けるのは限界がありますよね(笑)。

芳賀 第2部 第5.5章の「地獄界曼荼羅 平安京 轟雷一閃」のときにもう和風ネタを出し尽くしていいと思ったけどそんなことなかったですね。実は「Fate/Samurai Remnant」でも和風の曲を作っているので、最近はだいぶ苦しいです(笑)。なのでもう、自分の曲に似ている分には気にしない。ただでさえ使える音や楽器が決まりきっているので、2音くらいしか違わない曲ができてもしょうがないよねという気持ちです。

毛蟹 僕の場合は芳賀さんほど曲数を作っていないので、アイデアの枯渇感を感じることはまだ少ないです。アレンジだけの作業も多いので楽器の組み合わせで差分を作ったりします。例えばキャンプのイメージだったらジャンル的にはカントリーやアコースティックっぽいものが多かったりするんですけど、笛の音が入っててもいいかもなとか。

──最後にお二人にお聞きしたいのですが、音楽面から見た“FGOらしさ”って言葉で表すとどういうものですか?

芳賀 TYPE-MOONの曲に関しては、作品ごとに「この作品の曲はこういう感じにしよう」と話し合いがしっかり行われてから作るんですよね。「FGO」の場合だと「RPGらしく」というところから入っていって、そのテーマをTYPE-MOONの作品として表現するとどうなるかを、10年間積み重ねてきた感じですかね。

毛蟹 「FGO」は「Fate」シリーズの集大成みたいなところがあると思うんですけど、だからこそ「FGO」の音楽はあらゆるものを内包してくれる宇宙のような懐の深さがある気がします。何をやってもOKではないですけど、それに近いような空気感はあるなと。全然毛色が違う曲が同じ作品内で同居していることが奇跡だと思います。

田中美海

田中美海

プロフィール

芳賀敬太(ハガケイタ)

サウンドクリエイター。TYPE-MOON創設者の1人で「Fate/stay night」をはじめとした「Fate」シリーズの音楽や、「月姫」「魔法使いの夜」といった同社の音楽制作にも携わっている。スマートフォン向けRPG「Fate/Grand Order」では、メインコンポーザーとして数多くのゲーム音楽を手がけている。

毛蟹(ケガニ)

LIVE LAB.所属の作詞、作曲、編曲家。ギター、ベース、ドラム、鍵盤や民族楽器も扱うマルチプレイヤーでもある。ReoNaをはじめ、さまざまなアーティストへ楽曲を提供しているほか、スマートフォン向けRPG「Fate/Grand Order」のCMソング、BGMなどの制作に参加している。

田中美海(タナカミナミ)

神奈川県出身。2012年に開催された「『Wake Up, Girls! AUDITION』第2回アニソンヴォーカルオーディション」に合格し、声優ユニット・Wake Up, Girls!としてデビュー。声優としての主な出演作はテレビアニメ「プリパラ」「賭ケグルイ」「ハナヤマタ」、スマートフォンゲーム「Fate/Grand Order」など。