視聴者参加型の楽曲プロジェクト・MILGRAM -ミルグラム- DECO*27×山中拓也|同世代の2人が企てる“音楽裁判”

音楽プロデューサーのDECO*27と、「Caligula -カリギュラ-」シリーズなどで知られるゲームクリエイターの山中拓也。普段は異なるジャンルで活躍する同年代の2人がタッグを組んだ新プロジェクト・MILGRAM -ミルグラム-の第3弾CD「アンビリカル」が発売された。

MILGRAM -ミルグラム-は音楽、映像、ボイスドラマなどを融合させた視聴者参加型のプロジェクト。ユーザーはMILGRAM -ミルグラム-の看守となり、順次公開されていく楽曲とミュージックビデオから囚人の罪を推理および観察し、「赦す」「赦さない」の審判を下す。また、ビジュアル、映像、楽曲アレンジ面にはDECO*27が立ち上げた会社・OTOIROのメンバーも多数参加しているほか、キャラクターボイスは天海由梨奈、堀江瞬、相坂優歌ら豪華声優陣が担当。さまざまなジャンルのプロフェッショナルたちが一堂に会したプロジェクトとしても注目を集めている。

音楽ナタリーではこの企画の成り立ちや、2人がMILGRAM -ミルグラム-に込めた思い、そして第3弾CD「アンビリカル」をはじめとする楽曲の制作過程について話を聞いた。

取材・文 / 杉山仁 撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)

ユーザーが楽しめることを最優先に

──お二人といえば、山中さんがプロデューサーおよびディレクターを務めた2018年発売のゲームソフト「Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-」でDECO*27さんがStorkの楽曲「Love Scope」を担当したことも記憶に新しいですが、最初に接点ができたのはこのときですか?

DECO*27

DECO*27 そうですね。そのときにレコーディングスタジオで会ったのが初めてでした。

山中拓也 その後、ゲーム媒体の取材でお互いの音楽論について話し合う中で、同世代だということも知りました。

DECO*27 ただ、しばらくはそれっきりだったんですよ。

山中 そうそう。その間に僕はフリーランスになって、彼はOTOIROを立ち上げて、お互いに環境が変わりましたよね。2019年の始めに公開された「乙女解剖 feat. 初音ミク」のMVを観たときに、僕にはそれがOTOIROという会社のポートフォリオのように感じられて、「このポテンシャルを僕なりに作品に生かさせてもらったら、楽しいものができるんじゃないか」と思ったのを覚えています。

DECO*27 一緒に食事に行く機会があって、仕事のことや、いろんな話をして。そのときに、「何か一緒にやりたいね」という話になりました。よくある社交辞令的な感覚で。

山中 でも、僕はそれが社交辞令の言葉だと思われるのは嫌だったので、その場でMILGRAM -ミルグラム-のもとになるアイデアを出したんです。「じゃあ、こういうのがあるよ!」と。もともと、MILGRAM -ミルグラム-のもとになった企画はゲームにしようと考えていたんですが、「乙女解剖」のMVやリスナーの皆さんのコメントを見る中で、「これを音楽と連動したものとして進めてみてはどうだろう?」と考えていたんです。そのほうが、より現代的で面白いことができるんじゃないかと。ボカロ曲のコメント欄って、いろんな人がMVに対しての考察や解釈をしていますよね。でも、通常は答え合わせがあるわけではありません。それなら、そこに終わりを用意してあげることで、1つの物語になるかもしれないと思いつきました。

DECO*27 その話を聞いてすぐに、僕が音楽を担当して、akkaがキャラクターデザインを担当するイメージが見えたので、僕もその場で「俺はやる!」と伝えました。

山中 そこから、お互いがこの作品を通してやりたいことのイメージを伝え合って、協力して進めていくモードになりましたね。

──プロジェクトを始めるにあたって何か意識していたことはありますか?

DECO*27 MILGRAM -ミルグラム-は基本的に「ユーザーに楽しんでほしい」ということを一番に考えているプロジェクトなので、例えば公式アプリなどに関しても、無料で楽しめないところに重要な要素は置かない、という形にしようと思っていました。

山中 せっかく同い年の2人が集まって「楽しいことをしよう」と始めたものなので、商業性はできるだけ排除しているんです。例えば、本来なら投票券をCDに入れたほうが売り上げ自体は上がると思いますが、「それはやめよう」という話をしたりもして。

DECO*27 それに、コンテンツのテーマ自体が重いので、触れられる門戸を開くことで気軽に参加してほしいとも思っていました。人によっては罪を真剣に考えて、「自分の家族や友達、恋人に同じことをされたら赦せるか?」と悩んでくれる人もいると思いますけど、同時に、「曲がよかったからこの子を赦しちゃおう」という人もいていいと思っています。

囚人を増やし、作業量はどえらいことに

──具体的なシステムや物語の構成、音楽と物語の兼ね合いについてはどうでしょう?

山中 僕は「作り手の心情を理解するために曲を聴く」というのは、音楽への理解を深めるアプローチだと思っているんです。MILGRAM -ミルグラム-のシステムはそういう動機から生まれたもので、その仕組みを生かすために「人が罪を犯した理由を、曲から読み取ってもらう」ことを思い付きました。特に今は、SNSなどを通して世の中で起きている犯罪にいろいろな人がコメントしていますよね。そうやって、普段はなんとなく怒ったり悲しんだりしている事件に対して「じゃあ、自分はその犯罪のどこに悲しんでいるんだろう? 怒っているんだろう?」ということをより深く考えてもらう機会ができたら面白いんじゃないかと。例えばMILGRAM -ミルグラム-には12歳のアマネ(CV:田中美海)というキャラクターが登場しますが、世の中には「子供だから赦す」という人もいれば、「子供だからといって赦さない」という人もいるはずです。でも、それをきちんと言語化して「自分はこういうふうに考える人間だ」と思う機会って、実はなかなかないと思うんですよ。MILGRAM -ミルグラム-ではそんなふうに、キャラクターの罪を通してユーザーが自分自身に向き合ってもらえたらと思っています。

──その結果、ユーザーが下すジャッジの意味がとてつもなく重いというのがMILGRAM -ミルグラム-の特徴の1つですね。

DECO*27 そうですね。ただ、皆さんの審判によってキャラクターたちがどうなるかについては僕らはまだ提示していないので、今は純粋に楽曲を聴いてもらって、考察をしてもらって、自由に判断してもらえたらうれしいです。

左からDECO*27、山中拓也。

──もともとの構想にDECO*27さんの意見が加わって変化した部分もありますか?

山中 もちろんです。「Caligula -カリギュラ-」でお仕事をしたときも、彼は最初の設定をより膨らませて曲を作ることがすごくうまい人だなと思って。同時に僕の発想がDECO*27に普段の1人での楽曲制作とは違うインスピレーションを与えているという感覚があったりもするので、お互いに影響し合っているような気がします。

DECO*27 例えば、最初はキャラクターごとに1曲作って、シーズン1〜3の中で1番まで、2番まで、フル尺と徐々に公開するつもりだったんですけど、何を間違ったのか、僕が「最初から全部フル尺で出そう」と言ってしまって(笑)。これは大変でした。

山中 それに、もともと罪を背負っているキャラクターは8人だったんですよ。

──最終的には2人増えて10人になっていますね。

DECO*27 僕が「MILGRAM -ミルグラム-をかき回すキャラクターを入れてほしい」とお願いしたのがきっかけでした。

山中 「僕も大変だけど、そっちも大変だよ!?」と思いつつ(笑)。でも、実はそこで加わった2人がとてもいい働きをしてくれていて。今ではこの2人がいないと成立しない存在になっていると思います。その結果、お互いに作業量としては地獄を見ることになりましたが……(笑)。「お金に見合うものを作ろう」という商業的な価値基準で作られていないこのプロジェクトの性格が、そのリミッターを外してくれた気がしています。コストに見合わないからあえてやってやろうという気持ちで。

クレイジーなプロジェクト

──しかも、MILGRAM -ミルグラム-の物語はユーザーの選択によって変化していくわけですから、作り手のお二人でさえも結末はわからないですよね?

DECO*27 これはもう、地獄です(笑)。

山中拓也

山中 (笑)。一応僕のほうでは全パターンの結末を想定していて、僕らの中で「こうなったら作りやすいな」と思っているストーリーもありますが、実際にどうなるかは本当に皆さん次第ですね。

DECO*27 それは曲も一緒で、各キャラクターの投票後に次のシーズンの楽曲制作を始めるのですが、“赦す”“赦さない”のどちらに転んでもいいように両パターンのアイデアは考えていたりします。

山中 MILGRAM -ミルグラム-はそういうクレイジーなプロジェクトなんです(笑)。それに付き合ってくれる相手を見つけられたのは本当にうれしいことでした。また、最初にゲームにしようとしていたときは、「囚人の罪を知ったうえで赦せるのか」「愛した人が赦せなかったらどうするのか」というふうに“罪と愛”をテーマにしていました。ですが、DECO*27の楽曲で表現するにあたって「愛以外のいろいろな感情を罪と組み合わせる」という形に拡張して。もっと現代的に、視聴者の近くにあるようなものにシフトしました。どのキャラクターについても、ジャッジする人によって“赦す”“赦さない”が変わるような、視聴者の性格や環境、育った家庭などによって判断が分かれる状況をたくさん挙げていって、その罪の擬人化をするような感覚でキャラクターを考えました。一見どこか似ている罪であっても、その罪が起こった状況や情状酌量の余地などによって、まったく違ったキャラクターにもなるというか。

DECO*27 僕はキャラクターが上がってくるのを見て、エグいことをするなぁ……と思いました。「これから、このキャラクターの曲を書くのか……」と。でも、囚人たちには罪を起こすに至るまでのストーリーがあって、それがキャラクターによってさまざまなんですよね。

──取材にあたって資料を見させていただいても、かなり細かいところまでキャラクター設定が作り込まれていて、それぞれの人柄がリアルに浮かんできたのが印象的でした。

山中 僕の場合、キャラクターを二次元の存在として捉えられるのは嫌だという気持ちがあって、「あくまで実在する人間が、二次元の見た目でいるだけだ」ということにこだわっているんです。それもあって、実際に存在する人間としてキャラクターを作る、というのが自分の中のルールとしてあって。資料には彼らの生い立ちも書き込むようにしています。なので、MILGRAM -ミルグラム-でも物語の舞台はファンタジーの空間ではありますが、キャラクター自体は皆さんの隣にいてもおかしくないものにしたいと思っていました。そのため、この作品では魔法で人を殺したりはしないんです。