歌モノは“子供の頃の夢”
──当時のことを少し振り返ると、1999年発売の「FF8」で初めてボーカル入りの主題歌(「Eyes On Me」)が収録され、「FF9」はその流れを汲んだ作品です。1987年から「FF」の音楽を手がけてきた植松さんにとって、ボーカル入りの主題歌を入れることに対する思いはどのようなものでしたか?
植松 僕と言えばインストのイメージがあるかもしれないけど、もともと歌モノを聴いて育ったし、学生時代に好きに曲を書いてたときは歌モノを作ってたんだよね。「いつかヒット曲を書けるような作曲家になれるかな」という思いがあって音楽を始めていたから、「FF」でボーカル入りの曲が作れることになって「やっと子供の頃の夢が叶うぞ」という気持ちでした。
白鳥 そんな中で私を選んでくださったんですね。
植松 はい。僕は当時のスクウェアの中でも年長者だったから、僕の言うことは基本的に反対されなくて、好きな方をボーカルに選ぶことができた(笑)。もし僕がもっと若者だったら、きっとレコード会社とのタイアップみたいな話になったと思うけど、「FF」の音楽に関してはそういうことはなくて、本当にやりたいようにやらせてもらいました。
──「Melodies Of Life」は、白鳥さんのキャリアの中でどのような曲になりましたか?
白鳥 私にとって節目の楽曲ですね。今は歌手活動55年目ですが、「Melodies Of Life」をレコーディングしたのはちょうど30周年のタイミングで、この曲を歌ったことでそれまでとは違う自分の立ち位置が生まれたと感じています。手探りだったけど、思い切ってやってみてよかったなって。
植松 ゲーム音楽のコンサートでも白鳥さんが出てきたときの反応は違いますもん。すごい歓声と拍手が沸くでしょ。
白鳥 そうですね。植松さんとご一緒するオーケストラコンサートのときなんて、私が出て行った瞬間に「おー!」となって。自分のコンサートではあまり経験したことがなかったような盛り上がりに、歌うこっちが鳥肌立っちゃう感じ(笑)。最初は「こういう中で私歌えるの?」って不安になることもあったけど、みんなの熱量と愛情があふれ出ているだけなんですよね。だから私も、しっかりカッコよく歌わなきゃ、と思っています。
植松 ゲームに限った話ではありませんが、最近はリメイクも多いからね。「FF9」もリマスター版が出て、当時プレイしていた人たちの子供も楽しんでいるんですよ。そうするとまた「Melodies Of Life」を聴いてくれる。ゲーム音楽のすごいところ、というかラッキーなところって、聴き手の世代が受け継がれていくことだなと僕は感じてます。だいたい音楽って、その時代にヒットしたとしてもすぐに忘れられちゃうんですよ。でもゲームは10年、20年経ったときにリメイクされたり、掘り起こされたりしますから。
──ただ、そこには音楽に対してある程度の普遍性が求められるのではないでしょうか。
植松 僕が流行の音楽を作れないタイプなのがよかったのかな(笑)。サウンドが新しいと10年経ったら「もう古いよ」と思われちゃうかもしれないけど、僕は好きなようにしか作れないから。リズムにしてもシンセサイザーの音色にしても、流行り廃りをまったく意識せず、シンプルなメロディで勝負するというのは音楽を始めてからずっと変わらないかもしれない。
心の中の師匠エルトン・ジョン
──数あるボーカリストに楽曲を提供してきた植松さんは、白鳥さんの歌にどのような魅力を感じていますか?
植松 「白鳥さんが歌うとこうなるだろうな」というイメージが自分の中にありますね。例えば「FF10」の「素敵だね」は線の細い島唄の歌い方が得意なRIKKIさんにお願いしていますが、もし白鳥さんに歌ってもらったらきっと包み込まれるような感じになって、また印象が変わるだろうな、みたいな。歌ってもらったときに温かくなるか、ちょっと切なさが出るかは人の生まれ持った声によるところもありますから、白鳥さんの魅力は唯一無二なものだと感じています。
白鳥 そんなこと言っていただいてうれしいです。
植松 ではあとでお小遣いを……(笑)。
白鳥 もう、小銭くらいしか持ってませんよ(笑)。
──白鳥さんは「Melodies Of Life」を最初に聴いたときに、どういう特徴を感じましたか?
白鳥 最初に曲をいただいて、歌ってみたときに「エルトン・ジョンみたいな曲調だな」と思ったんですよ。
植松 ええ! 僕、大好きなの。エルトン・ジョン。
白鳥 なぜそう思ったのか言葉にするのは難しいけど、作り込み方にそう感じたのかな。けっこう難しい曲だなって。
植松 難しかったですか?
白鳥 はい。エルトン・ジョンの曲と同じで最初に聴いたときのアタリはいいのに、歌ってみると難しい。そこがすごく似てました。
植松 エルトン・ジョンは今でも大好きなアーティストなので、絶対にどこか影響を受けてると思います。メロディではなくて、表現したい雰囲気とかムードみたいなものは、エルトン・ジョンのバラードが土台になっているのかも。昔流行っていたエルトン・ジョンやCarpentersのバラードに、僕はどこかの神経がやられてると思ってますから(笑)。でも、なんかうれしいな。僕の心の中の師匠であるエルトン・ジョンを感じてくれて。
レコードで音楽に向き合う姿勢
──今作はアナログレコードでリリースされますが、お二人は世代的にもレコードへの思い入れが強いのかなと思います。
植松 思い入れはすごく強いですよ。世代的に、僕らが若い頃はレコードしかなかったわけですから。
白鳥 私もそう。
植松 50年ぐらい前はLP1枚2000円とか2500円でね。当時の2500円なんて、なかなかたいしたものですよ。僕は中学校の頃からお小遣いを全部LPにつぎ込むタイプだったので、少ないお小遣いの中でどの1枚を買うか、レコード屋でめちゃめちゃ悩んでました。
白鳥 やっぱりジャケットがカッコいいのが欲しかったなあ。
植松 そう! ジャケ買いっていうのがあってね。よくジャケットを見て買ってましたよ。
──そうなんですね。
植松 あと僕はいまだにレコードは買い集めているけど、若い頃はお金に困ると売っちゃってね。昔大学の後輩が中古レコード屋をやってたから、査定してもらったら「植松さんだから1枚50円で買い取ってあげますよ」って(笑)。それでも当時は1枚50円でもけっこう高く値が付いたほうだった。
──こうして取材をしていると、アーティストに限らず多くの関係者がいろいろな事情でレコードを手放してきたという話を聞きます。
植松 金銭的な問題だったり、場所的な問題だったりね。でも僕はアナログレコードで音楽を聴くのが今でも大好きで、音楽に向き合う姿勢が変わるんですよ。レコードって、針を落としたらもうじっとしてなきゃいけないでしょ。針が飛んだらレコードに傷が付いちゃうから、放っておけないんです。だから近くに腰かけてジャケットを眺めるしかない。
白鳥 わかります。レコードって“ながら”で聴くものじゃないですよね。私も何かしながらじゃなくて、レコードを聴くときはじっと聴いてました。ジャケットを眺めて、クレジットを覚えてね。「ああ、こういう人が演奏してるんだ」ってずっと見てた。
植松 そう。「放っておけない」と言うとデメリットに聞こえるかもしれないけど、丁寧に針を落として聴く行為って、音楽を大切にすることなんじゃないかと思っています。今は便利になって走りながらでも音楽が聴けるし、料理しながらも音楽が聴ける。音楽が非常に身近になったのはいいことではありますが、音楽と向き合う意識や姿勢に関してはレコードを聴いてた頃からだいぶ変わった気がしています。
──植松さんが2022年にリリースした「Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album」もアナログレコードでした。購入者の中には、グッズとして購入したものの、まだプレーヤーで聴いたことがないという方も多いのではないかと思います。
植松 だとしたら、ぜひレコードに針を落とす経験をしてほしいですね。面白いと思いますよ。あの溝に物理的に音が記録されているの、なんか不思議じゃないですか。びっくりすると思います。
白鳥 わかります。モノとして不思議だけど、すごく魅力的ですよね。「FF9」は「Melodies Of Life」はもちろん、それ以外の植松さんが作った音楽がとても素晴らしいので、今回のアナログ盤の発売を機に、ぜひまたゲームと一緒に音楽を楽しんでもらえたらなと思います。私はまだクリアできてないけど(笑)。それと機会があればまたコンサートのような場で、皆さんの前で「Melodies Of Life」を歌うのをすごく楽しみにしています。
植松 自分のバンドでライブをやるとき、「Melodies Of Life」は大概レパートリーに入るんですよ。だから意識はしていないけど、相当自分でも気に入っているんでしょうね(笑)。そういうお気に入りの曲を皆さんに25年も聴き続けていただいてすごく感謝していますし、こうやって25年ぶりに新たな装いでリリースできてすごくうれしいです。これからも皆さんに聴き続けてもらいたいですね。そんなに悪い曲じゃないと思うから。
白鳥 私もいい曲だと思いますよ(笑)。
植松 ありがとうございます。
プロフィール
植松伸夫(ウエマツノブオ)
作曲家。SMILE PLEASE 代表取締役会長。1986年にスクウェアに入社。ゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズ、「魔界塔士Sa・Ga」「クロノ・トリガー」などのBGMを担当。2004年に退社後、SMILE PLEASEを設立する。数多くのゲーム音楽を手がけ、2020年リリースの「FINAL FANTASY VII REMAKE」ではテーマソングの作曲を担当。この曲を収録したアルバムは「日本ゴールドディスク大賞・サウンドトラック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。ゲーム音楽の作曲活動以外にもオーケストラによる世界ツアーを制作総指揮し、グローバルに活動の場を広げている。近年ではソロおよびバンド演奏、朗読ライブなど、さまざまな形式での演奏を盛り込んだ「植松伸夫 conTIKI SHOW」を開催し、演奏活動も注目されている。
植松伸夫 (Nobuo Uematsu) -con TIKI- (@UematsuNobuo) | X
Nobuo Uematsu Official (@nobuo_uematsu_official) | Instagram
白鳥英美子(シラトリエミコ)
1950年生まれ、神奈川県横須賀市出身。1969年5月にシングル「或る日突然」でトワ・エ・モワとしてデビュー。「空よ」「虹と雪のバラード」「愛の泉」など数々のヒット曲をリリースし、「NHK紅白歌合戦」にも2度出演するが、トワ・エ・モワは1973年6月に惜しまれつつ解散。1974年11月にアルバム「旅立つ日によせて」でソロデビューする。1987年にはCMのために歌唱し、反響を呼んだ「AMAZING GRACE」のカバーを収録したアルバム「AMAZING GRACE」をリリース。1990年から放送されたテレビアニメ「楽しいムーミン一家」ではテーマソングや挿入歌の歌唱に加え、ナレーションも担当した。2000年には「FINAL FANTASY IX」の主題歌「Melodies Of Life」の歌唱を担当し、ゲームファンの間で話題を呼ぶ。2011年にはトワ・エ・モワとして38年ぶりとなるオリジナルアルバム「Bouquet de Fleurs」を発表した。最新作は2025年5月リリースのソロベストアルバム「白鳥英美子のヴォイスヒーリング ~アメイジング・グレイス~ベスト」。