×かりそめ(SDR A&R 石崎裕士氏)
×校長(スターダストプロモーション マネージャー 藤井ユーイチ氏)
インタビュー
これまでの歴史を大切にしつつ新しい場所にたどり着くために
──現在の10人体制になってから「indigo hour」が完成するまでの流れの中で、新しくなるために大きく舵を切った印象があります。どこを新しくして、どこを変えないのか、そのあたりをスタッフの皆さんはどのように考えているのでしょうか?
かりそめ どうなんすかね。毎回変わってはいるじゃないですか。6人時代の「MUSiC」「playlist」(ともに2019年発売のアルバム)あたりからスキルや表現力が評価されるようになりましたけど、9人になってから作った7枚目(2022年発売の「私立恵比寿中学」)のときは、グループが変化していくということを、メンバーもスタッフも、おそらくファンの方も意識したと思うんですよ。僕はスタッフとしてずっと関わっているので、よくも悪くも「私立恵比寿中学ってこうでしょ」というイメージが自分なりにあって。もしかしたら自分も「変われない要素」を持ってる人になってきてるなと。そんなとき、みるくさんに新しく入ってきてもらって……その時点でもう「さいたまスーパーアリーナを目指す」という目標を決めていたので、数年かけてのこの10人でのイメージを作っていきたい。そのうえで作る新しいアルバムは、決して放棄するというわけじゃないけど、みるくさん主導でイメージを具現化すると決めてました。A&Rとしての判断はそういう感じです。
──従来のスタッフが持っている「私立恵比寿中学ってこうでしょ」から離れた視点でアルバムを作ろうと。
かりそめ はい。変えていくかどうかでいうと、それはもう多少の痛みを伴ってでも、というスタッフの判断があったと思います。その答え合わせはこれからかなと。
校長 我々がこれまでやってきたことは、今の時代には合わないのかなと思っていて。ここまでにしかできなかった。それは本人たちにも言ってますけど、であればまた別の形を作らないと。同じアイドルでも10年前と今では、若い子たちの憧れの対象が変わってきていると思うんです。ちゃんと今の若い子たちに憧れられる存在にならないと、どんどん規模が小さくなっていく。同じことを繰り返すってのは緩やかに死んでいくだけなので、だったら変えるべきところは変えようと。それで既存のファンが半分くらい離れてビジネス的に立ち行かなくなれば失敗ということになるし、もちろん痛みを伴うことなんだけど、「Summer Glitter」以降、Spotifyの数字が変わってきていたり、明らかに新しいところからお客さんが入ってきていることは今のところ可視化されているんです。
──今年でもう結成15周年ですし、このタイミングで新メンバーの転入(加入)がうまく作用しているなと感じます。しかし「ここまでにしかできなかった」というのはなかなか重い発言ですね。
校長 私立恵比寿中学を知ってくれている人たちには「すごいことをやっているよね」という評価をいただいていて、それはうれしいんですけど、今はまだ「ファンだけが評価している状態」だと思うんです。ロックフェスに出るのが一番難しかった。ロックフェスでおなじみのバンドに曲を書いてもらっていて、その曲が評価されていたりするから、こっちは「今の彼女たちならいける」と思ってるんだけど、ファン以外には刺さってるように見えなくて、あまり戦えた感じがしない。
──そんなタイミングで、新たな視点でグループを作っていくべく白羽の矢が立ったのがみるくさんと。こういうふうにしてほしいという具体的な話はあったんですか?
川崎みるく いえ、そういうのはまったくなかったんですけど、校長が「またこの10人で戦えると思うんですよね」と言ってくださったことは覚えています。どんなアーティストも長く続けていると、いいときも悪いときもあって。いろんな時期がある中で、中心にいるスタッフが「今すごくいい状態だよ」と言っているときにこのチームにジョインできたことはすごくうれしかった。私、仕事ではロックアーティストの担当が多いですけど、そもそもアイドルファンなんです。女性アイドルのオタクです(笑)。
──(笑)。グループが大きくなっていくには同性、同世代のファンをいかに拡大できるかが大きいと思うので、その点では心強いドルヲタ視点かもしれませんね。
みるく 2年ほど前にK-POPのアイドルを担当することになって、そのときは韓国のアイドル界隈の研究をしました。それで今度は日本のアイドルを担当するということで、今の日本のアイドル研究をめちゃくちゃして。そのうえで、私立恵比寿中学が次にどこを目指していけば、これまでの歴史を大切にしつつ新しい場所にたどり着くのか。それを分析してプレゼンさせてもらいました。アルバムの楽曲はそこから逆算して、じゃあどういう曲が必要なのかを考えて作っているんです。
バズるために曲を作るのか?
──今は「バズってなんぼ」みたいな風潮が音楽シーンにもあるように思いますが、そのあたりは意識しますか? 私立恵比寿中学と同じスターダストプラネットにも、TikTokをきっかけに大きくバズった超ときめき♡宣伝部がいますけど。
みるく 一時的にバズるということは私は意識していないです。私立恵比寿中学がもともと持っている面白さに対するメンバーの解像度というか、表現力の高さはすごいなと思っていて。それをバズることで消費されたくない。クオリティの高い音楽をクオリティの高い状態でしっかりお届けすれば、このメンバーであれば広く届けることができると思っているので……きれいごとかもしれないですけど、一過性のバズりは考えていないです。
校長 この話はね、僕らの会社ではどの会議でも必ず出てくるんですよ。バズるために曲を作るのか?って。みんなその話をするんだけど、正解がわかんないんだよな……。
かりそめ 何が正解なのかわからないからこそ、よりシビアに数字で見なきゃいけないところもあるし。
校長 同じスタプラ所属のいぎなり東北産はバズることを意識した曲を作って、ちゃんとバズったんですよ。また次に同じような構成の曲を作って、それもいろんな人が踊ってくれたりしている。でもまだ正解はわからなくて……だからFRUITS ZIPPERはホントにすごいなって話になっちゃうんだけど(笑)。
──FRUITS ZIPPERが昨年行った東京体育館のワンマンは僕も観に行きましたけど、いわゆるこれまでのアイドルファン層とはまったく違う、10代の女の子やその保護者と思われる大人の人、というお客さんが多くを占めている印象で、それで東京体育館が満席になっていて。いわゆるアイドルファンとは別の「外のお客」をつかんでいるなという印象でした。
みるく 新しいアーティストで、そこを目的に始めるのであればやり方も違ったと思いますけど、私立恵比寿中学はやっぱり15年という真面目に積み重ねてきた歴史があるグループだから、その歴史と音楽的な部分を一番大事にしたいなというのは、途中から入った身としてはめちゃくちゃあります。
校長 まだ音楽で売れたいと思ってるんですよ、俺たち(笑)。正当にしっかり評価されたい。そこはすごく重要で。
10人での最適解が見つかってきている
──みるくさん参加後の楽曲は、新しい要素を取り入れつつ、どこか懐かしさを感じる要素もちりばめられていますよね。そのあたりはどのくらい意識しているんですか?
みるく 「CRYSTAL DROP」は90年代の邦楽っぽいニュアンスを入れていたり、「Summer Glitter」も「楽園ベイベー」っぽいねと言ってくださる方がいますよね。一番トガってるかもしれない「BLUE DIZZINESS」も、ジャージークラブのリズムって実は日本人には比較的馴染みのあるあるものだと思うんです。新しい要素を感じる曲も、かけ離れたものではなく、どこか馴染みのあるものとの掛け合わせで作っていて。急に宇宙に飛んでいったようなものではないというか(笑)。
かりそめ 「BLUE DIZZINESS」のような曲も、最初の段階で「K-POPが売れてるからK-POP風をやりましょう」と言われていたら、たぶん僕らは断っていたと思うんですよ。
──トラックはシンプルなループ構造なのに歌はすごく起伏がありメロディアスで、単に「今流行りのジャージークラブをやってみました」では終わらない、漏れ出てくる私立恵比寿中学っぽさのようなものを僕は感じていいなと思ったんですが、それはもしかしたら彼女たちがどんな人たちかを知っているからそう感じるだけで、私立恵比寿中学をまったく知らない人からしたら「K-POPっぽい曲」で止まってしまうかもしれないなとも思いました。
かりそめ 端的に言うとその通りで、もちろんリスクもあると思います。でも改めて10人それぞれの声のキャラクターが濃いなと。これだと単純に何かのパクリみたいなことにはならないですね(笑)。
──アルバムのリードトラックを3曲にして3部作で見せるというアイデアも新しいですね。
みるく 3部作にするというアイデアは制作を始める最初の段階であって。最後を明るくしようとは決めていたものの、どういう明るさがいいのかでけっこう悩みました。
──結果「TWINKLE WINK」になった決め手は?
みるく それは「オケラディスコ」を観て。なんとなくふんわりあったイメージがあって、「オケラ」を観たときに「こういうところで鳴らせるブチ上げソングが欲しいな」と思ったときに方向性が定まりました。全体を通して、ただ底抜けに明るいわけではない、どこか憂いのある明るさにしたくて。結果、3曲通していいリード曲になったなと思います。
──メンバーがこのアルバムをどう解釈しているかについては別途話を聞いていますが、インタビューだと新メンバーは遠慮や場慣れのなさもあってか、どうしても発言が少なくなってしまうんですよね。仲村さんは話を振るとだいたい変な返しをしてくるのでインタビュアーとして助かりますけど(笑)、桜井さんはちょっと遠慮がちですね。
みるく 音楽的なベクトルで言うと、桜井さんが一番この新しい感じに馴染んでいたというか、実はけっこうみんなを引っ張ってたところがあるんじゃないかなあ。ほかのメンバーが苦戦しているところをサラッと歌えたり。そういうところはみんなに刺激を与えてると思うし、表現力の新しい部分では引っ張っていってくれたのかなと思います。
校長 今までずっと「言葉がはっきり聞こえるように歌いなさい」と教えられていたところから、「日本語だけど英語っぽく聞こえるように」と指示を出されたとき、桜井はナチュラルボーンにできちゃう。いい意味でまだ染まりきってないんでしょうね。
──アルバムを聴いて、改めて低学年メンバー5人は逸材だったんだなと感じました。
校長 俺もそう思ってますよ。いいメンバーがそろってくれたなって。
かりそめ いや、すごいですよ。今回は歌割もほぼみるくさんベースで考えてもらったんですけど、すごく新鮮ですね。「まだこんな見せ方があったのか!」って。過去曲のパート割を考えてきたここ2、3年はけっこうしんどかったんですが、このアルバムに入っている1年分の楽曲は全員が主役みたいな形にできているのかなと。それは10人での最適解が見つかってきているんだという感じはしますよね。
校長 今の私立恵比寿中学は何者にでもなれるグループだと思うんですよ。売れてちゃんと本人たちに還元したいですね。それに尽きる。
公演情報
私立恵比寿中学 15th Anniversary Tour 2024 ~the other side of indigo hour~
- 2024年4月20日(土)千葉県 市川市文化会館 大ホール
- 2024年4月21日(日)埼玉県 大宮ソニックシティ 大ホール
- 2024年4月29日(月・祝)宮城県 仙台銀行ホール イズミティ21
- 2024年5月12日(日)福岡県 福岡市民会館 大ホール
- 2024年5月25日(土)新潟県 新潟テルサ
- 2024年5月26日(日)神奈川県 カルッツかわさき
- 2024年6月1日(土)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
- 2024年6月8日(土)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
- 2024年6月15日(土)茨城県 水戸市民会館 グロービスホール
- 2024年6月16日(日)東京都 NHKホール
- 2024年7月6日(土)???
- 2024年7月15日(月・祝)栃木県 大正堂くろいそみるひぃホール 大ホール
- 2024年7月21日(日)東京都 TOKYO DOME CITY HALL
- 2024年7月27日(土)大阪府 NHK大阪ホール
- 2024年7月28日(日)大阪府 NHK大阪ホール
プロフィール
私立恵比寿中学(シリツエビスチュウガク)
2009年夏に結成された、スターダストプロモーションのアイドルセクション・スターダストプラネットに所属するアイドルグループ。2012年5月にシングル「仮契約のシンデレラ」でメジャーデビュー。“転校”(脱退)と“転入”(加入)を繰り返し、2018年1月に真山りか、安本彩花、星名美怜、柏木ひなた、小林歌穂、中山莉子の6人体制となる。“開校”10周年を迎えた2019年は、3月に5枚目のアルバム「MUSiC」、6月にメジャー通算13枚目のシングル「トレンディガール」、12月には6枚目のアルバム「playlist」をリリースした。2020年10月より安本が悪性リンパ腫の治療のため休養するが、翌2021年4月に寛解を発表し活動を再開。また同年1月からは7年ぶりの新メンバーを募集するオーディションが行われ、5月に桜木心菜、小久保柚乃、風見和香が新メンバーとして転入。さらに2022年、「未確認中学生X」をコンセプトにしたオーディションを経て10月に桜井えま、仲村悠菜の2名が加わった。同年12月に柏木が卒業し10人体制に。2024年2月に現体制初のオリジナルアルバム「indigo hour」をリリース。4月から7月にかけて全国ツアー「私立恵比寿中学 15th Anniversary Tour 2024 ~the other side of indigo hour~」を行う。
私立恵比寿中学 (@shiritsuebisuchugaku) | Instagram
エビ中/ebichu (@ebichu_official) | TikTok
※記事初出時、KennyDoesの表記に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。