先祖返りした「君が代」
──特に「千秋楽 - 雅楽・盤渉調古典曲をモチーフとした独自楽曲 - 」は素晴らしいですね。雅楽の古典楽曲の本質を伝えつつ、今のリスナーにも響く新しいポップスとして再構築されていて。
褒めてもらえるとうれしいね。この楽曲、実は雅楽奏者の稲葉明徳氏が30年ほど前から温めていたアイデアがもとになっているのだ。今では“千秋楽”は演劇や相撲などの最終日を示す言葉だが、千数百年前から存在している雅楽の楽曲の題名で、もともとは朝廷主催の行事などの最後に演奏されていた曲の名前なのだ。雅楽に携わっている人たちは誰でも知っているが、一般的に「千秋楽」という楽曲が存在することを知っている人はほとんどいない。そこで稲葉氏は「千秋楽」に現代的なコードを付けてみたんだ。そのあと、吾輩に「この曲に歌詞を乗せて、力士の引退セレモニーなんかで閣下が歌うといいと思うんですよね」と提案してくれて、少しずつ制作を進めてきて。それが今回のアルバムでようやく日の目を見たというわけだ。つまり本物の雅楽の演奏家から「こういうことをやってみませんか」と提示してもらったわけで、「ぜひ閣下に歌ってほしい」と指名してくれたのは光栄であるし、非常にやりがいのあることだったな。
──古典音楽の演奏家の方々にも「日本古来の音楽を今の音楽リスナーに聴いてほしい」という気持ちもあるでしょうし。
うむ。そういう意味ではギブ&テイクかもしれないね。四十、五十代の演奏家は子供の頃からポップスを聴いて育っているわけで、「雅楽、古典以外の分野でも足跡を残したい」「自分なりの“生きてきた証”を何かの形で」と思っている人も多いであろうから。そういう意味でも「千秋楽」を収録できてよかったし、この曲を発表できる立場に立てていることもうれしいね。
──「君が代」も同じく稲葉明徳さんの編曲ですね。
そう、これも「千秋楽」と同じような過程で制作されたのだ。やはり稲葉氏が「君が代」に現代ふうのコードを付け、思いのほかさわやかな仕上がりになったものだから「どこかで披露できないだろうか」と考えていたようで。「千秋楽」を制作しているときに「じつはもう1つ、ネタを持っていて」と提案してくれたというわけだな。
──すごい大ネタですよね。
そう。「君が代」は日本人なら誰でも知っている楽曲だが、改めて音楽的に見つめ直すことは吾輩にとっても非常に新鮮だったな。
──「君が代」の音楽的な成り立ち自体、あまり知られてないと思います。詞が古今和歌集から来ていることも知りませんでしたし……。
それには諸説あるのだがね。もちろん明治維新後に作られたわけだが、古今和歌集の詞に手に加えたという説もあるし、さらに調べてみると外国人が制作に参加したという話もあって。「君が代」はもともとオーケストラで演奏される楽曲だが、和楽器でアレンジしているのも興味深いのではないかな。先祖返りしたと言うか。稲葉氏の篠笛も素晴らしいしね。
世界中の楽器を取り入れた
──そのほかの楽曲についてもいくつか聞かせてください。まず「今も翔ぶ - From The New World - 」はドヴォルザークの交響曲(第9番)「新世界より」のメロディにオリジナルの歌詞を加えた楽曲ですね。
「新世界より」は世を忍ぶ仮の父親がすごく好きだった曲で、家で年がら年中かかっていた。今回のアルバムのコンセプトにも合うと思ったのだが、すでにある日本語の歌詞「遠き山に日は落ちて」「家路」をプリプロダクションで歌ってみたところ、どうもピンとこなくて。考えてみればクラシックの楽曲に歌詞を乗せるのは自由だし、吾輩の中でしっくりくる言葉を選んで歌詞にしてみたというわけだ。編曲を依頼した杉浦哲郎氏は以前、杉浦フィルハーモニーオーケストラというユニットをやっていて、そのCDで吾輩がシューベルトの「魔王」を歌ったことがあって。一昨年にも彼がやっている音楽デュオ・スギテツに参加して、「くるみ割り人形」と「蠟人形の館」をマッシュアップさせた楽曲(「くるみ割り『蝋人形の館』orchestral special re-mix」)も制作したので、気心は知れていたのだ。「今も跳ぶ」はオーソドックスな弦楽カルテットのアレンジにしたくて、「杉ちゃんなら面白くしてくれるかな」と。最初は意外と普通のアレンジだったから「吾輩は何が来ても大丈夫だから、ひと捻りしてほしい」と連絡したら、「新世界より」の第2楽章のテーマの裏で第4楽章のメロディを奏でるという編曲になって戻ってきて。こんなアレンジは彼以外には思い付かないだろうし、いやあ、彼でよかった。
──さらに「Zutto」は「WHEN THE FUTURE LOVES THE PAST~未来が過去を愛するとき~」の収録曲を再アレンジした楽曲です。楽器の組み合わせが面白いですよね。
二胡とリュートだからな。リズムはタブラだし(笑)。すべてユーラシア大陸の楽器だから、リュートが中近東に起源を持つことを考えると、同じアジアの楽器としてくくれるかもしれない。世界中の楽器の音をシミュレーションしながら組み合わせを考えたのだが、実に面白かった。プリプロ段階の、“コンピュータ プログラミング”のデータ上では「なかなかよいブレンドではないか」と思っていても、実際にその“あまり馴染んだことのない楽器”でこのフレーズが弾けるかどうかはわからないということはあったけどね。楽器の音域や演奏時の運指の問題なのだが、そこはプレイヤーの人々と話し合いながら決めていった。例えばリュート演奏者の金子浩氏は「ポップスの楽曲で演奏したことはほとんどない」と言っていたが、もちろん楽器の特性は熟知しているわけで、レコーディング現場で「こういうフレーズはどうですか」と提案してくれて。餅は餅屋だからね。
──卓越したプレイヤーの演奏がたっぷり聴けるのもこのアルバムの魅力ですよね。「故郷」における、小春さん(チャラン・ポ・ランタン)のクロマティックアコーディオンも素晴らしいです。
すごいだろう。アコーディオンという楽器の存在はよく知っていても、演奏をじっくり聴く機会はそれほどないと思うんだ。小春嬢とは今まで接点はなく、“レコーディング プロデューサー”のアイデアで依頼することになったのだが、演奏のうまさ、アコーディオンの迫力に感銘を受けたよ。メロディ、ハーモニーを1台の楽器で演奏できて、リズムがなくても気にならない。音域も広いし、楽器の構造上、倍音がすごく出るらしいんだ。これ、重ね録りはしていなくて、一発録りだからね! 今回のアルバムの制作ではいろいろな楽器に触れることができて、発見も多かった。世界中の楽器を取り入れているから、チューニングは大変だったけど。ピアノの調律にしても、楽曲によって441Hzだったり442Hzだったりするので。
こんなにてんこ盛りのアルバムに
──CDジャケットのイラストを手がけたのは鉄拳さんですね。
いいだろう、このジャケット。諸君も知っての通り、鉄拳君はパラパラマンガの依頼が殺到していて非常に忙しいのだが、以前「何か面白いことをやろうよ」と話したことがあり、「閣下の依頼は断れません」と引き受けてくれたのだ。もともと彼の作品は郷愁を誘うところがあり、昭和の雰囲気もあるので、「うただま」のコンセプトにぴったりだった。わずか2~3日ですべての絵を仕上げてくれて、どれも素晴らしかった。それにしても今回のアルバムはすごい人、異才、奇才が大集合しているな(笑)。
──前作「EXISTENCE」には芥川賞作家の羽田圭介さん、コラムニストのブルボン小林さん、マンガ「テラフォーマーズ」の原作者・貴家悠さんが作詞家として参加しました。閣下のもとにはさまざまなジャンルの才能が集まるんでしょうね。
そうだな(笑)。今回のアルバムも当初は「全曲、歌とピアノだけでもいい」という話だったんだ。それではつまらないというので「あれもやろう、これもやろう」と制作していたら、こんなにてんこ盛りのアルバムになって。いい作品になって、よかった。
──今年は「EXISTENCE」「うただま」という両極端のアルバムを発表したわけですが、来年以降の作品のアイデアもあるんですか?
頭の中にはな。いつかは全曲、純和楽器によるオリジナルアルバムも作ってみたいし、ゲームやCMのために歌った楽曲を集めた作品も出したい。やりたいことはたくさんあるのだが、時間がかかることもわかっているので、徐々にやっていくよ。
- デーモン閣下「うただま」
- 魔暦19(2017)年11月8日リリース / アリオラジャパン
-
初回生産限定盤 [CD+DVD]
3888円 / BVCL-844~5 -
通常盤 [CD]
3024円/ BVCL-846
- CD収録内容
-
- 少年時代
- 砂漠のトカゲ
- 見上げてごらん夜の星を
- 千秋楽 - 雅楽・盤渉調古典曲をモチーフとした独自楽曲 -
- Interlude - 人 -
- やつらの足音のバラード
- 今も翔ぶ - From The New World -
- Zutto(新録self cover曲)
- Interlude – 地 –
- 故郷(ふるさと)
- 君が代
- toi toi toi - うただま編 -
- Interlude - 天 -
- 初回生産限定盤DVD収録内容
-
- 「少年時代 ミュージックヴィデオ」
- 「toi toi toi !! (「Eテレ0655」より)」
- 「砂漠のトカゲ(「Eテレ2355」より)」
- 「デーモン閣下『うだだま』を語る」
- デーモン閣下(デーモンカッカ)
- 魔暦前14(1985)年にロックバンドの姿を借りた“悪魔集団”聖飢魔IIの歌唱・説法方として地球デビューした“悪魔”。魔暦前10(1989)年に発布した大教典(アルバム)「WORST」でハードロック / ヘヴィメタル界では初となるオリコンアルバムチャート1位を記録し、「NHK紅白歌合戦」に出場した。魔暦前9(1990)年に初のソロアルバム「好色萬聲男」をリリースし、魔暦7(2005)年にはデビュー20周年を記念したベストアルバム「LE MONDE DE DEMON」を発表。魔暦9(2007)年からは女性アーティストの名曲を歌った異色のソロアルバム「GIRLS' ROCK」シリーズ4作で話題を集めた。魔暦19(2017)年3月に約5年ぶりのソロアルバム「EXISTENCE」を発表、同年11月にニューアルバム「うただま」をリリース。また、和の伝統芸能との共作活動は30年間にわたって展開中で、純和楽器と朗読劇の新機軸追求シリーズ「デーモン閣下の邦楽維新Collaboration」は19年目で公演数75回に至る。上海万博では文化交流大使を執務した。広島県がん検診啓発特使や早稲田大学相撲部特別参与などとしても活躍している。