マンガで音を表現するということ

──「BECK」は演奏シーンの躍動感や野外フェスティバルのリアルな情景描写が読者を引き込む作品だったと思います。マンガの中で音を表現するとき、先生はどんなことを考えていたんですか?

ハロルド作石

すっかり昔のことなので、当時どんなことを考えていたか……(笑)。でもおそらく、読んだ人がどんな音なのか想像できるように、余白を残すことを気を付けていたんじゃないかなと。「俺がこう思ってるんだから、読者もこう思えよ」というふうにはしたくなかったので。

──ライブや野外フェスのシーンには、先生が実際に遊びに行かれていたときの経験がそのまま生かされている?

そうですね。実際に「FUJI ROCK FESTIVAL」の小さなステージですごい数の観客が盛り上がっているのを見たりして、そこから広がっていった妄想と言うか。マンガを描くということは、「編集されていない体験から、編集したものを出す」ってことじゃないですか。でも取材した体験を描くとなると、どうしても“取材しました感”が出ちゃうんです。単純に生活の中でやってきたことの中から凝縮されたものが出ているから、今おっしゃったような感想をもらえるんじゃないかなと思います。

──なるほど。先生はそもそも、音楽をテーマにしたマンガを描こうとずっと構想されていたんですか?

それが全く(笑)。本当にたまたま、ですね。たまたまだけで今までやってきたので。

──純粋な音楽ファンだったからこそ生まれた作品なんですね。

結果的にはそういうふうになるかもしれないです(笑)。

CDを買ってこそ「手に入れた」と思える

──今、ご自宅にCDは何枚くらい所有されているんですか?

そんなにないですよ。際限なく増えていってしまうので、「ここからここまで溜まったら処分する」と決めていて。その代わり、カブったり何枚も買い直しているCDもあるんですけどね。

──わかります。輸入盤と国内盤どっちも欲しい、とか。

そうそう(笑)。僕は海外アーティストの作品の場合は、必ず国内盤を買うようにしてます。ライナーノーツまでちゃんと読みたいから。

──YouTubeや音楽配信サービスを使用されることは?

ハロルド作石

YouTubeでもチェックはします。でもそれで「いいな」と思ったら、やっぱりCDで所有したくなるんですよね。古い感覚なのかもしれませんが、ダウンロードとかストリーミングだと「手に入れた」と思えなくて。ストリーミングサービスについては周囲からよく聞くんですけど、なんなのかいまいちわかっていなくて。定額制でいくらでも聴けるってことですよね?

──そうですね。インターネットに接続すれば、用意されたラインナップの中からいつでもどこでも音楽が楽しめる、という。

ふーん、なるほど。今日初めて全貌がわかりました(笑)。僕、外出するときはスタッフが誕生日プレゼントでくれたiPodを必ず持っていくんです。なのでiTunes Storeで曲をダウンロードしたりはするんですけど……僕の場合はCDを買ってこそ、アーティストに対して「買いました」って言える気がするんです。歳上の知り合いには「カセットテープじゃなきゃ所有した気にならない」って人もいるし、これはもう世代ごとの慣習ですよね。若い子が音楽を聴かなくなったという意見もありますけど、僕はそうは思わなくて。音楽は若い世代もみんな聴いているけど、単純にその聴き方が変わったんでしょうね。まあ僕も、きちんと環境を整えて登録してみたら、来月からストリーミングでしか音楽を聴かなくなるかもしれないです(笑)。

──(笑)。上京してからは毎週のようにCDショップに行っていたとのことですが、今もよく足を運ばれるんですか?

最近は機会も減りましたけど、試聴しに行ったりしますよ。やっぱり自分の好きなものだけだと、新しい情報がなかなか入ってこないので。ラジオを流し聴きしているときも、いいなと思った曲をShazamで調べて買いに行ったり。

──では、最近オススメのアーティストを教えていただけますか?

この夏はサンダーキャットとWhitneyをかなり聴きました。日本のバンドだとリーガルリリーかな。「the Post」というアルバムがすごくよくて。はっとする言葉がちょくちょく出てくるし、「商品です」って感じじゃなくて本当に言いたいことを言っている感じがいいですよね。

「BECK」の合唱シーンに僕はいません

──お忙しいとは思いますが、この夏はフェスに行ったりはされましたか?

Foo Fightersが観たくて「SUMMER SONIC」に行きました。ある番組の対談企画でSuchmosとお会いしたんですけど、彼らのライブは独自のスタイルがあってすごくよかった。最近日本のバンドを見ていると、こういう(腕を大きく振る)動きをやる人たちが多いじゃないですか。それも1つの楽しみ方だとは思うんですけど、SuchmosはMCで「ノリ方は自由だ」と言っていて、そうだよなあと。かと言って、僕が最近のバンドの楽しみ方を知らないだけな気もするんですけどね。

──何を楽しみにライブに行くのかも、人によって違いますもんね。では先生の場合はコール&レスポンスなどは……

しないです(即答)。

──あはは(笑)。

ハロルド作石

人に合わせながら何かをやるってことが、基本的に好きじゃないんでしょうね(笑)。ただ、その光景を見ていて「あ、俺のレッチリがこんなに受け入れられてる!」とか「若い世代はこの曲が好きなんだな」みたいな喜びはありますよ。

──「BECK」には大合唱が巻き起こる感動的なシーンもありますが……

あの中に僕はいないということですね(笑)。

──(笑)。最後に、先生にとって音楽はどんな存在ですか?

単純にすごいなって思わされますね。音楽って「耳から音が入ってきて感動する」という、とてもダイレクトなものじゃないですか。怒っているときに激しい音楽を聴けばフラストレーションが解消されるし、疲れているときには癒されたり、励まされたりもする。マンガとか映画とか、世の中にある創造されるものの中でもっともダイレクトに人を感動させてくれるものだと思います。

ハロルド作石(ハロルドサクイシ)
1969年3月16日愛知県出身。1987年、「そうはいかん」で講談社第17回ちばてつや賞優秀新人賞を受賞。同年週刊ヤングマガジン(講談社)にてデビュー。1989年、同誌に「ゴリラーマン」を連載、主人公の強烈なインパクトが話題になり、大ヒットになる。同作は1990年に第14回講談社漫画賞の一般部門を受賞した。1996年、プロ野球を舞台にした「ストッパー毒島」を経て、1999年月刊少年マガジン(講談社)で「BECK」を連載開始。バンドマンの青春ストーリーが音楽好きのハートを鷲掴みにして大ヒット。2002年、コミックスの特典としてトリビュートアルバムが作成され、2004年にはアニメ化。アニメ中の主題歌、BGMには人気ロックバンドの曲が多数使用された。同作は2002年に第26回講談社漫画賞少年部門を受賞。現在、週刊ヤングマガジンにて「7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT」を連載中。
ハロルド作石
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2018年11月16日更新