各レーベルがプッシュする次世代アーティストたちを紹介する企画「Coming Next Artists」。新人アーティストへのインタビューとは異なるコンテンツを展開するコラムでは、各分野で活躍する音楽好きの著名人へのインタビューや音楽制作の裏側に迫るレポートなどを展開する。
連載コラムの第3回にはマンガ家のハロルド作石が登場。言わずと知れた、バンドマンの青春ストーリーを描いた大ヒットマンガ「BECK」の作者である彼は、いちリスナーとしてどのように音楽を楽しんできたのか?「BECK」連載時のエピソードも交えつつ、ざっくばらんに音楽への思いを語ってくれた。
取材・文 / 大橋千夏 撮影 / 佐藤類
ディープな趣味の友達が「お前これ知らないのかよ」って
──先生の音楽の原体験ってどんなものでしたか?
子供の頃、家にあった童謡のレコードなんかをかけて踊っていたのが最初かな。それから、姉の部屋から聴こえてくるRCサクセションや甲斐バンドの音楽を「いいな」と思い始めたのが中学生の頃。高校に入ると友達がバンドを始めたりして、当時流行っていたヘヴィメタルを聴くようになりました。でも、本格的に掘り下げていくようになったのは高校卒業後、マンガ家としてデビューするために上京してからなんです。
──そうなんですね。
高校生の頃は「オジー・オズボーンの『罪と罰』(原題:『The Ultimate Sin』)。これはいいアルバムだ!」とか「Guns N' Rosesの『Appetite for Destruction』。これもすばらしい」みたいな感じで(笑)、作品単体で聴いていたんですね。それが東京で出会ったディープな趣味の友達に「お前これ知らないのかよ」なんて言われて、「なんだよそれ!?」って池袋のタワーレコードとかWAVEでどっさりCDを買い込むようになって。それを仕事中にずっと聴いて、寝る前にもライナーノーツを「ふむふむ」って読み込んで。それでもしばらくするとまた「お前あれ知らないの!?」って言われるものだから、「マジっすか」とCDショップに駆け込むという(笑)。そんな感じで、「このアーティストに影響を与えた音楽は」「そもそもロックとは何なんだ」ということを深掘りしていくようになりました。
失敗が許されないときに聴く2枚
──現在はどんな環境で音楽を楽しまれていますか?
基本的にいつも仕事場にいるので、昔ながらのコンポとスピーカーでCDを聴くことが多いですね。レコードをいちいちひっくり返していたら、原稿が遅れてしまうので(笑)。聴くジャンルもその時々によってバラバラで、1日のプレイリストをまとめてみてもなんの脈絡もないものが並ぶんじゃないかな。
──マンガ家さんは常に高い集中力を求められると思うのですが、特に気合いを入れたいときに聴く音楽ってあるんでしょうか?
例えば失敗が許されないカラー原稿を描くときなんかは、Led Zeppelinの4枚目(「Led Zeppelin IV」)とマイルス・デイヴィスの「Kind of Blue」、この2枚を必ず聴きます。作品から漂う緊張感がすごいから、聴いてると「失敗できないぞー!」って鼓舞されるんです。ペン入れをがんばらないといけないときは、クリス・コーネルがRage Against the Machineのメンバーと一緒にやっていたAudioslaveの作品を聴くことが多いですね。「やるぞ」というモチベーションに持っていくのにぴったりで。
──逆にリラックスしたいときはどんな音楽を?
疲れているときはやっぱりゆったりした音楽がいいから、ナタリー・マーチャントやThe Bandを聴いて癒されます。自宅に帰ってからは、目を休めるために外の景色を眺めながらミルトン・ナシメントというブラジルのシンガーの曲を聴いたり。月を見ながら聴いたりすると本当に心地いいんですよ。疲れたときにはオススメです(笑)。
「BECK」連載中はほとんどロックを聴かない時期も
──本当に幅広いジャンルを聴かれるんですね。先生は「BECK」のイメージもあってロック畑の人だと見られがちだと思うのですが。
もちろんロックは好きですけど、実は「BECK」を描き始めてからロックはほとんど聴かない時期があったんですよ。連載中はどうしてもどこかで仕事って意識があったし、連載後は「俺はもうロックに対するものはすべて出し切った」という感覚だったので。連載が終わった頃はジャズばかり聴いていました。
──そうなんですか。
マイルスの作品と、彼と演奏したことのあるミュージシャンの音楽を中心に。マイルスの「In A Silent Way」というアルバムが大好きなんですけど、綿密に音が積み重なったものより、ああいった少し空間のある音が好きなんです。
──なるほど。やはり「BECK」連載前とあとでは、音楽の聴き方や関わり方も変わっていきましたか?
それはあります。ライブを観に行くにしても、やっぱり連載前のほうが純粋に楽しめていたと思うし。当時は「単純に好きで聴いていたときが懐かしいな」って思ってましたね(笑)。
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マンガで音を表現するということ
2018年11月16日更新