100%受け身を貫く姿勢
──セルフカバーの2曲以外、近田さんは作詞作曲を手がけていない。編曲に至ってはすべて外注。完全に神輿に乗った形ですね。
そう。スタジオに呼ばれて歌うだけ。高齢者アイドルだよ(笑)。
──さすがに、選曲の段階では近田さんの意向が働いてるんですか?
選んでない。全部川口さん。合議制ってダメなんだよ。自分が誰かをプロデュースするときも、何かで揉めたら最終的には俺が決めるってやり方でやってきたから。だって、音楽を作るときに大事なのは、数字じゃなくて感性じゃない? この成分が何%多いといい曲になるとか、そういうことじゃないから。最後は主観のぶつけ合いになるわけじゃない?
──その割り切りが大事であると。
とにかく自分が受け身であるときは、100%受け身を貫く。反対に、自分が仕切るときは100%仕切るっていう。さっき話に出たジューシィの曲を書いたときもそう。アレンジは窪田晴男に任せたんだよ。
──ビブラトーンズ時代に同じ釜の飯を食った後輩ですね。
で、窪田が「せっかくなので近田さんにハモンドオルガンをお願いします」って言うから演奏したんだけどさ、全然俺の好きなようにやらせてくれなくて。「ちょっと違います」みたいに、20回ぐらいリテイクさせられて。挙句の果てに、できあがったCDを聴いたら、俺のハモンドが全然聴こえやしないんだよ。
──ミックスの段階でボリュームを下げられた(笑)。
作詞したのも作曲したのも俺なんだよ。でも、あの現場ではアレンジャーのあいつのほうが偉いんだから。それと一緒で、今回は川口さんに任せた。そのスタイルは、音楽の仕事を続ける中で、ずっと変えずに貫いてるかもね。CMソングの場合なんかはさ、主体が俺じゃなくてクライアントじゃん。そうしたら言われたこと、なんでもやるよ。実際、俺は疑問に思っても、結果としてクライアントの判断のほうが正しかったという経験が多いし。
──ここのところ近田さんが楽曲提供する際に作るデモテープの中身がすごいって話を聞いたんですが。なんでも最近のデモは鼻歌だけしか収められていないっていう(笑)。
そう。風呂場でアカペラでメロディだけ歌ったのを録音してるんだけど、それで通用しなくちゃダメじゃん? 俺、ずっとプロとして仕事してきてるわけだから、完パケに近いデモテープなんて簡単に作れるんだよ。でも、そんなの渡すと、そのイメージから脱却できなくなっちゃうじゃん。
──なるほど。物は言いようという感じもしますが(笑)。
それで、レコーディングの現場に行ったらピンポイントで指示を出すんだよ。そのアドバイスによって、その曲が絶対よくなるのはわかるから。するとみんな、「近田さん、すごいな!」って尊敬するわけ(笑)。
「ラストアイドル」で炎上
──その近田さんとは180度違って(笑)、今回のアルバムに楽曲を提供した人たちは、完璧にアレンジが仕上がった状態でトラックを納品しているんですよね。
そう。今回、完パケたオケをもらってるから譜面がないのよ。しょうがないから、歌入れの前に、全部地道に譜面に書き起こしたよ(と、手書きの譜面を見せる)。
──すごい(笑)。今どきの若い歌手はみんな譜面を読めないから、デモ音源の仮歌を聴いてメロディを覚えるというのに、近田さんはまるで逆なんですね。
「ここで転調して、こうなるんだな」みたいな展開を理解して、頭の中に鍵盤を思い浮かべながら歌う。まったくロックとはほど遠いボーカリストなわけ(笑)。俺、感覚じゃ歌えないのよ。
──暗算するときに、目をつぶってソロバン弾く真似する人みたいですね。
そうそう。譜面に起こしてみて驚いたね。意味があってこういう構造になってるんだなって。アカデミックな感覚のアレンジができてるわけよ。いわゆるメロディメーカーじゃなくて、ちゃんとした音楽家ですよ、みんな。今は完璧なデモテープ作んないと食っていけないよね。俺のあんなのは、絶対に許されない(笑)。
──このアルバムは、秋元康さんが詞を書き下ろした「ご機嫌カブリオレ」で幕を開けます。年端もいかないアイドルが歌うような曲を、67歳が嬉々として歌うこの悪ふざけ感(笑)。
俺が四十代の頃、ホンダのビートに乗って東京で引っかけた女の子を横浜までお持ち帰りしてた、あの感じをよくつかんでるよ。さすが秋元康だね。俺はいつもあいつの詞についてひどいことばっかり書いてるのにさ(笑)。
──ちなみに、「ラストアイドル」ファミリーのGood Tearsの楽曲「へえ、そーお?」をプロデュースしたのも、秋元さんとの縁からなんですよね。
秋元から話が来て、何も考えずに「いいよ!」って即答したの。あの世界もなかなか経験がないからさ、自分に向いてるかどうかわからなかったけど面白かったよ。
──先方から具体的な要望はあったんですか?
全然なかった。だから好きに作ろうと思って。曲調は、ドナ・サマーの「I Feel Love」みたいなミュンヘンディスコっぽい感じがいいんじゃないかと。それと、ちょうどその頃、政治の話題が盛り上がってたじゃん。そういう歌詞にしたらもっともらしいかなと思って。
──いわゆるモリカケ問題とか、福田前財務事務次官のセクハラ騒動とかですね。
ただ、すぐに話題が風化しちゃって、今聴くと「福田って誰だっけ?」みたいに思っちゃうんだけど(笑)。そこを考慮しなかった反省はある。
──安倍政権を揶揄する歌詞については、ネット上で炎上も起こりましたが。
ああいうふうにケチョンケチョンに批判されたりすること、あんまりないじゃん。だから楽しかったよ。あんなもので心が傷つきゃしないということがよくわかったね。
──それ以外の大半の収録曲は、ハロー!プロジェクトの楽曲で知られる若き作詞家、児玉雨子さんが歌詞を書いています。
そう。彼女の書いた歌詞については、「考えるヒット」で何度か取り上げるぐらい評価してたからね。つばきファクトリーの「低温火傷」なんか、タイトルからしてすごいじゃない。アイドルグループのシングルなのに。それで、頼んでみたら、二つ返事でOKしてくれて。
──児玉さんが作詞した表題曲「超冗談だから」は、近田さん本人が書いたかとしか思えないぐらいに、近田さんっぽい歌詞ですよね。ビブラストーン時代を彷彿とさせます。
みんなにそう言われるんだよ(笑)。児玉さんは、どう考えても俺のこれまでのことなんて知ってるわけがない。まだ24歳だし。嗅覚って言うのかな、何か感じたのかもしれないね。「この人、いい加減なんだろうな」みたいに(笑)。
──「今夜もテンテテン」は、非常にゴージャスなシティポップ風のアレンジが印象的です。郷ひろみの「ハリウッド・スキャンダル」、野口五郎の「グッド・ラック」といった70年代後半の歌謡曲を思い出させます。それから、筒美京平さんがハルヲフォンのために書いた「闇にジャック・ナイフ」という楽曲も。
「今夜もテンテテン」は確かに筒美京平さんっぽいよね。今回、実は京平さんにも曲を書いてくれって頼んだんだよ。でも、先方の都合が悪くて実現しなかったんだけど。
──近田さんは、79年のソロアルバム「天然の美」で、その京平さんをはじめ、井上忠夫、加瀬邦彦、山口洋子といった歌謡曲畑の作家を全面的に起用していました。
今度のアルバムは、「天然の美」の路線を狙ったわけじゃないんだよ。やっぱさ、歌謡曲とJ-POPは目的が違う。J-POPには、歌いやすさは必要ないんだよ。それこそ、カラオケ行って点数見て、誰が一番うまいか競い合うためのツールという部分があるから。そういう意味で、「超冗談だから」なんかはそういうタイプの曲だと思う。変な転調が入ってるしさ。どうやって音を取るんだよ、みたいな。
GarageBandは最高
──譜面を書き起こした甲斐もあって、近田さん、うまく歌えてますよ。
今回、何が一番の売りかって言ったら、声の若さだよ。こんなに若くていいのかって思っちゃうよ。シンガーとしても自信が付きました。
──最後の「ゆっくり飛んでけ」は、のんさんの作詞作曲。レコーディングには、彼女自身がギタリストとして参加しています。
いいギター弾くんだよね。こういうボブ・ディランっぽい曲って歌ったことなかったから、新鮮だったよ。意外とそれらしく歌えて、よかったなと思った。
謎のレコーディング、START!#近田春夫 #のん #ソレイユぽ pic.twitter.com/ixW9uqQODo
— 近田春夫PROJECT2018 (@PROJECT20182) 2018年7月23日
──唯一の生演奏となるこの曲では、15歳のガールズシンガー・それいゆを擁するバンド、SOLEILがバックを務めています。
いつもはボーカルを担当しているそれいゆちゃんが、ここではドラムを叩いている。それいゆのドラムはいいよ。吹奏楽部でパーカッションをやってたから、ちゃんと譜面が読めるんだよね。彼女、このレコーディングのとき14歳だったんだよ。すごいよね。
──そして、この曲では近田さんがハモンドオルガンを弾いています。
ハモンドオルガン、昔から国産メーカーでいろいろ似たのが出てたけど、どうしても納得できる音のものがなかったの。でも、最近やっと満足する音色に出会えてさ。それが、iPhoneに付いてるGarageBandってアプリのハモンドなんだよ。俺はハモンドの音色に関して専門的にうるさい人間だけど、その俺が、本物のハモンドをしのぐと認めるほど素晴らしい音色なんだ。しかも、タダなんだから。
──活躍中で弾いてるハモンドも、音源はiPhoneなんですね。
そうだよ。iPhoneに小さなキーボードをつなげば、ハモンドそのものの音でライブもできるんだから、便利な時代になったよな。
──しかし、「近田春夫38年ぶりのソロアルバム」というニュースを聞いたときは興奮しましたけど、その後、「楽曲はほとんど他人が書いてます」と知らされたときは、「大丈夫かな」と思って、正直、だいぶテンションが下がりました(笑)。
そりゃみんな思うよね(笑)。誰も期待してなかったんじゃない?
──でも、いざ聴いてみたら素晴らしい内容で。
蓋を開けたらびっくりだよ。俺も、ここまで素晴らしい詞と曲とアレンジと演奏がそろって、「この充実感は何よ!?」って思ってる。まさに超冗談だよ!(笑)
- 近田春夫「超冗談だから」
- 2018年10月31日発売 / Victor Entertainment
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[CD] 3000円
VICL-65050
- 収録曲
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- ご機嫌カブリオレ[作詞:秋元康 / 作曲:大河原昇 / 編曲:APAZZI]
- 超冗談だから[作詞:児玉雨子 / 作曲・編曲:AxSxE]
- 0発100中[作詞:児玉雨子 / 作曲・編曲:鈴木豪]
- ミス・ミラーボール[作詞:児玉雨子 / 作曲・編曲:山本健太郎]
- ラニーニャ 情熱のエルニーニョ[作詞・作曲:近田春夫 / 編曲:鈴木豪]
- 途端・途端・途端[作詞:児玉雨子 / 作曲・編曲:禎清宏]
- 夢見るベッドタウン[作詞:児玉雨子 / 作曲:葉山博貴 / 編曲:坂東邑真]
- ああ、レディハリケーン[作詞:楳図かずお / 作曲:近田春夫 / 編曲:WIDESHOT]
- 今夜もテンテテン[作詞:児玉雨子 / 作曲・編曲:坂東邑真]
- ゆっくり飛んでけ[作詞・作曲:のん / 編曲:岡田ユミ&SOLEIL]
- 近田春夫「昼の雑談&サイン会」
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11月3日(土・祝)
東京都 タワーレコード渋谷店 4FイベントスペースSTART 16:00
- 近田春夫(チカダハルオ)
- 1951年、東京生まれ。慶應義塾大学在学中からプロミュージシャンとして活躍。1972年に自らのバンド、近田春夫&ハルヲフォンを結成する。1978年には歌謡曲をパンキッシュなアレンジでカバーしたアルバム「電撃的東京」をリリースして話題を集める。1985年にヒップホップレーベル「BPM」を立ち上げ、“プレジデントBPM”名義でラッパーとしての活動をスタート。1987年には人力ヒップホップバンド・ビブラストーンを結成し、以降精力的なライブ活動を展開した。CMソングも多数手がけており、森永製菓「チョコボール」や日本コカ・コーラ「爽健美茶」、TOTO「ウォシュレット」など1000曲以上のCMソングを世に送り出している。またミュージシャン以外にも、雑誌「週刊文春」での連載「近田春夫の考えるヒット」の執筆や「タモリ倶楽部」をはじめとするテレビ番組への出演など、多岐にわたる活動を行っている。現在は元ハルヲフォンのメンバーによるバンド「活躍中」のボーカル&キーボード奏者として活躍中。2018年10月には38年ぶりとなるソロアルバム「超冗談だから」を発表した。