もしCHiCOがアイドルだったら……

──続いての「イバラヒメ」はかなりの異色だと思いますが。

あははは。確かに異色ではあります（笑）。

──これがBURNOUT SYNDROMESの熊谷さんが作詞作曲された曲ですね。

熊谷さんの頭の中を覗きたいくらい、すごい変化球な楽曲をいただきました。熊谷さん的には「もしCHiCOがアイドルだったら」という体で作ってくださったようで、それを聞いたときに「かわいい系の曲なのかな？」と思ったんですけど、いざ曲を聴いてみたらネジを回されて永遠に踊り続ける囚われたアイドルの姿が描かれていて（笑）。物語が見えてくるサウンドも含め、本当に面白い曲になりました。

──CHiCOさんのボーカルもすごいですよね。オペラのようなアプローチが垣間見られる瞬間もあって。

熊谷さんからいただいた歌のイメージが2つあって。1つはエリー・ゴールディングの「BURN」のような、あまり声を張らず、軽やかで伸びやかに歌うイメージ。もう1つが裏声でスタッカートのように歌うオペラで使う歌唱法だったんです。それを聞いたときは「なんて難しいリクエストなんだ！」って思いましたけど（笑）。

──どちらもこれまでやったことのないアプローチだったわけですか。

そうですね。私はどちらかというとパワー系の声を張った歌い方をしてきたので、軽やかに伸びやかに、というのがかなり難しくて。ただ、オペラの歌い方に関しては昔、「魔笛」（モーツァルト作曲のオペラ楽曲）を面白がって勝手に練習していたことがあったんですよ。「これ歌えたら自慢できるかな」と思って（笑）。

──あははは。それをまさか生かせるときが来るとは。

そうそう。そんな日が来るとはまったく思ってなかったんですけど、今回生かすことができました。過去の自分に感謝しましたね。とはいえ、レコーディングはかなり難しくて、何度も何度も歌いましたけど。

──曲のラストには無垢な子供のような声色で歌われているパートもありますよね。

あそこだけはちょっと幼く歌おうって決めたんですよ。歌詞がひらがなになっているし、物語上ではアイドルである主人公の子供時代の言葉という解釈もできるので。幼く歌うことでこの曲が持っているちょっと不気味な感じがより表現できたかなって思います。でもホントに熊谷さんはすごいなって思いました。バンドマンなのにバンドマンっぽくない曲を作られるところが。ディレクターをはじめ、スタッフ陣もみんな驚いてましたね。

私は誰のためにいるんだろう？

──3曲目は、CHiCOさんの憧れの方である諌山実生さんが作詞作曲を手がけたバラード「駅」です。

諌山さんのSNSを拝見したら、ほかのアーティストに楽曲提供をした話を書かれていて。「これ、もしかすると私にも可能性があるかも！」と思い、ダメ元でお願いさせてもらったんです。その際、諌山さんの曲が昔から大好きで、今の自分の歌い方の基礎を形作ってくれたものでもあるというメッセージもお送りさせていただいて。結果、お引き受けいただき、本当に素敵なバラードを作ってくださいました。

──この曲のボーカルにも今まであまりなかった表情が出ているなと感じました。

そうですね。最初はリスペクトを込めて、大好きな諌山さんの歌い方にかなり寄せて歌っていたんですよ。でも、そういう歌い方は諌山さんだからこそできるものだから、やっぱりCHiCOとしての歌い方で臨んだほうがいいよなと思ったんですよね。あまりハキハキ歌わず、ちょっとボソボソ歌うような雰囲気で歌ってみたことで、諌山さんが描いてくださった世界観にグッと引き込まれる表現ができたんじゃないかなと思っています。

──そこにも難しさはありましたか？

難しかったです。チコハニでもボソボソ歌うような曲はあったんですけど、それとはまた違ったアプローチが必要だったので。もともとバラードを歌うのが好きだし、EPの曲の中では比較的、苦労はしなかったほうではあるけど、表現のさじ加減みたいなところはけっこう考えましたね。ゆったりたっぷり聴かせるバラードも今まであまり歌ってこなかったので、これもまたすごく新鮮な気持ちでレコーディングできました。この曲が歌えて本当にうれしかったです。

──次の「たがため」は、こちらもCHiCOさんにとっての憧れの人である福岡晃子さんが作詞作曲された1曲です。

これは直接お話をさせていただく中、ライブの中盤のちょっと休憩できるようなタイミングで歌える楽曲にしてほしいですというリクエストをさせていただいて。もちろんアーティストとしてのCHiCOも感じてほしいんだけど、それを形作っている本当の自分というか、私の日常を切り取ったようなほんわかした部分にフォーカスした曲になったらなあと思ったんですよね。なので、普段の私の一面が垣間見える仕上がりになりました。

──相当リアルに感じる歌詞ですよね。

はい（笑）。最近うれしかったこと、腹が立ったこと、イヤだったこと、困ったこと……いろんなお話をさせていただきました。月末になるとマネージャーから交通費の精算を急かされるので頭が痛いですとか、部屋がなかなか片付けられない性格でとか、APEXというゲームをよくしますとか。

──APEXのキャラクターである“カタリスト”というワードも出てきますもんね。

そうそう。福岡さんもAPEXを知っていたみたいで、ちょっとびっくりしました。日常のCHiCOをリアルに切り取りつつ、そこにアーティストとしての繊細な面も盛り込んでくださいましたね。

──サウンドも含め、牧歌的な印象のある曲ですけど、「誰のためのわたしなんだろう」というフレーズはちょっと気になりますよね。そういう感情になることがあるんですか？

昔はけっこうあったんですよ。チコハニとしてデビューして以降、自分の居場所みたいなものを自覚する間もなく、気持ちの整理がつかないまますごいスピードで階段を昇っていってしまった感覚があって。そこで「この歓声って私に向けられてるのかな？」「私は誰のためにいるんだろう？」みたいなことをふと考えてしまうことがあったんですね。その感覚は5年目くらいでなくなったんですけど、例えばお風呂に入っているときとか寝る前とか、ふとしたときにいろんなことが頭の中をぐるぐる駆け巡ってしまうときって今でもある。それはきっとほかの皆さんも一緒だと思うんです。そういった人にちょっとでも寄り添えたらいいなと思って、今回はそういう言葉を歌わせてもらいました。

──ボーカルはすごく素朴というか、素のCHiCOさんが感じられますね。

楽しげに、体を揺らしながら歌いましたね（笑）。「となりのトトロ」の「さんぽ」みたいな、ルンルン気分で歌える曲はもともと好きなので、そういう楽曲をソロとしてのレパートリーに加えられたのがすごくうれしいです。

こういう女の子になれたらいいな

──そしてラストは渡辺翔さん作曲の「Prelude Romance」。作詞はCHiCOさん自ら手がけていますね。

実はこの曲、ソロプロジェクトが始動したくらいのタイミングですでにあったんですよ。いつかいいタイミングで出せたらいいなと思って、ずっと温めていました。ただ、今回収録するにあたってアレンジしていただいたことで、雰囲気がけっこうガラッと変わったんです。なので、それに合わせて歌詞の内容も改めて方向を変えて。デモの段階では内気な受け身女子を主人公にしていて、「あなたがエスコートしてくれたら私も勇気が出るのにな」みたいな内容を考えていたんですけど、今のアレンジになったことで大胆な女子を主役にしました。

──ホーンがたっぷり入ったゴージャスなアレンジですもんね。

そうそう。舞踏会のような光景が浮かぶきらびやかなサウンドの中に入ったら、素朴で内気な女子は消えちゃう！と思って（笑）。そこから悩んで悩んで、最終的な歌詞を書き上げるまでに1カ月くらいかかりました。

──この歌詞の内容はCHiCOさんのリアルを反映させるというよりは、フィクションとして紡いでいった感じですか？

そうですね。どっちかというと「こういう女の子になれたらいいな」という自分の理想を込めたというか（笑）。私は恋愛に限らず、友達との出会いやお仕事に関しても受け身になってしまいがちなんです。だから何かをきっかけに大胆に変身する女の子をカッコいいなと思うんですよね。大胆にふるまう女性が出てくる恋愛ものの映画とか、芯の強い女性が出てくるディズニープリンセスの映画をヒントにしながら物語を作っていきました。

──中盤、曲が終わったかと見せかけて、またバーンとサウンドが弾けていくギミックがあったりして、とにかく気持ちが上がる曲になっていますね。

めちゃくちゃ豪華で、めちゃくちゃ楽しい曲です。ただ、この曲はサビのキーが意外と高いんですよ。にもかかわらず明るくパーンと弾けた声色を出さなきゃいけないので、これも歌うのがすごく難しかったですね。もしかするとライブでは一番苦労するかもしれない。レコーディング同様、気を張ってがんばって歌いたいと思います。

──本作のリリース後、初のソロワンマンライブ「LAWSON presents CHiCO 1st Zepp Live 2024 “PORTRAiT”」が大阪と横浜で開催されます。楽しみですね。

チコハニで立ったことのあるZepp Osaka Baysideと、今回初めて立つKT Zepp Yokohamaの2公演。本当にたくさんの方に観てほしいなと思っています。ソロとしていくつかのイベントに出演したことで、ソロのライブスタイルの理想がだんだん明確になってきているところもあって。それを踏まえていろんな曲も織り交ぜながら楽しいセットリストを考えたので、ぜひ楽しみにしていてください！